へんど
四国産の筆者は、最近の遍路イベントに些かの違和感がある
子供の頃、門前に遍路者が立ち鉦を鳴らし読経を始めると、胸にかけられた首掛け袋に一合ほどの生米や小銭を入れた
両親から人浚いやから”へんど”には近づくな、と、教えられた、菅笠に白装束を見かけると本気で隠れたものだ
物心の着いたころに、遍路者には難病伝染病罹患者が多く生活不能者なので物乞いをしながら八十八ヶ所を巡礼しているのだと説明された
そういわれれば故郷に八十八ケ所寺は近在しなかったので巡礼者ではなく単なる世捨て人、物乞いの類だったのだろう
香川県出身で無類の商売上手であった天才空海は現会社組織で例えるなら日本各地に営業所、支店なる寺を建立した
熱心な宗教心のある方には申し訳ないが、各地においてオプションをつけながら建立したと思われる
例えば指させば温泉が・・池が・・・泉が・・・
地元の民ならぼんやりとでも、どこそこには、水源があるぐらいは子供でも熟知している・・・
更に人集めの工夫が成され、季節の植物を植えたり、建築、庭園等を施し、美術品、仏像等を設置して拝観料を徴収した
現代ならばさしずめ有料コミュニケーション場を説法という付加価値をつけ公開したのだ
いつの時代にも世渡り上手が居て社会に貢献していれば別にケチをつける気は、さらさらない
世の中の推移は、価値観を逆転させる
故郷に在住の実姉でさえ全朱印を収集し悦に入り、霊感商法にハマり一粒ずつ丹念に集めて念珠を作り筆者に送ってくれたりしている
空海真言宗のエライのは宗派を問わないところだ
流石に目の付けどころが外の宗派寺とは違い宗教心(イベント経営)の真髄をついている
歩くのは健康によろしい
八十八ケ所を巡回すれば徒歩数がとてつもなく広がり森林浴も出来る
障がい者、高齢者向けには、QOL(生活の質の向上)を予感させる車両での観光ツアーもしているようだ
満願成就とか目的のある旅は楽しいのかもしれないし、その由来なんて今更どうでもえ~~のかも
辛気臭い事象など完全無視して、せ~ぜ~、四国の景色を堪能されて下さい。
へんど - 遍路または反吐(へど)が転訛したもの。四国各地で使用される言葉。不治の病などを持った人が、世捨て人となって、お遍路さんをしながら巡る姿を指す言葉から転じた。また本来の遍路とは全く別に、信仰心の無い者がその怠惰な生活態度から半ば「職業遍路」化して「お接待を受ける」ことに名を借りた物乞いのみで生計を立てる行為がこう呼ばれる。お接待を行う遍路道沿いの信徒たちから軽蔑を受けた。
乞食(こつじき、こじき)とは、
- 本来は仏教用語で「こつじき」と読む。比丘(僧侶)が自己の色身(物質的な身体)を維持するために人に乞うこと。行乞(ぎょうこつ)。また托鉢。十二頭陀行(じゅうにずだぎょう)の一つで、これを清浄の正命と定める。もし自ら種々の生業(なりわい)を作(な)して自活することは邪命であると定める。
- 上記の事項が転じて、僧侶でない者が路上などで物乞いをすることも乞食(こじき)と呼ぶようになった。ただし、現在は差別用語(放送問題用語)とされたため使用することはできなくなり、ホームレスと言い換えられることが多い。