92の扉

2015年9月で一旦休止しましたが、細々再開しようと思うので、よろしければ、扉を開いてみて下さいね!

映画「神様のカルテ」

2011-08-29 | 映画・音楽・書籍等
悲しむのは、苦手だ。

確かに医者になった。けど、毎日迷っているよ。これでいいのかを。



 信州松本を舞台に描かれた小説「神様のカルテ」を原作とした映画「神様のカルテ」が一昨日に公開されたので、代休をもらった今日、シネマライツ8で鑑賞してきました。

 ウチの場合、既に原作を読んでからの鑑賞となったばかりか、原作以前のリアル夏川先生のお話を聞いていることによる先入観等もあると思いますし、週末松本人として過ごしているため信州松本に慣れ親しんでいるので、松本を知らない人とは異なる解釈をしている場合もあるかもしれません。そのあたりを考慮し、観点を分けて感想を書いてみたいと思います。


■ 映画「神様のカルテ」として

 2時間を越えるやや長めの映画は、胆のう癌患者(安曇さん)の終末医療をめぐる話に、地域医療の現場と先端医療の医局をめぐる主人公・栗原一止の進路、そして一止の住む下宿・御嶽荘の住人であった学士殿の門出という大きな3つの流れを軸に進んでいきます。

 危惧された櫻井翔さん演じる主人公・栗原一止ですが、夏目漱石を敬愛し話し方が古風で周囲からは変人扱いされる一方、「悲しむのは苦手」で「毎日迷いながら生きている」という部分を、ゆっくりとした「昼行灯」的なキャラクターという解釈で熱演されていたと感じました。

 栗原の妻、ハルを演じた宮崎あおいさんは、癒し&芯の通ったキャラクターを上手に演じていたように思います。しっかりとした仕事を持ちつつ夫を支える、ある意味では理想(ファンタジー)の存在という位置付けが、果たして女性にどこまで受け容れられるのか、少し疑問もありますが…

 他の登場人物もそれぞれに存在感を出していましたが、面白いなぁと思ったのは「三段活用」みたいな役回りで演出されているように思える部分ですかね。

▼悩みながら生きる若手医師・一止▼進路をアドバイスしてくれる先輩医師・砂山(要潤)▼目指すべき将来像となりそうなベテラン医師・貫田(柄本明)

▼新人看護士・水無(朝倉あき)▼優秀で冷静な主任看護師・東西(池脇千鶴)▼クールビューティ看護師長・外村(吉瀬美智子)

 ただ、砂山次郎は一止の目指す医師の方向とは少し異なるようだし、外村看護師長はせっかくの凄腕部分が目につかないのが残念な感じ。そういう意味では砂山次郎の目指す先は貫田部長よりも高山教授(西岡徳馬)という違いがあるのでしょう。

 一方、貫田部長先生や東西主任はなかなかの存在感で、いい味(らしさ)を出しているように思いました。

 あと、登場人物だけでなく、「三段活用」らしく思えるのがロケーション。

▼常勤医師を持たない島々の診療所▼24時間365日対応の本庄病院▼先端医療を受け持つマンモス信濃大学病院

 これら対比も印象的に描かれていたように思います。

 対比と言えば、社会の「現実」と向き合う一止の職場「本庄病院」と、安らぎの場でありモラトリアムやどこかファンタジックに思える下宿「御嶽荘」との対比も良い感じだったように思います。これは特に学士殿が御嶽荘を出ていく時の男爵や一止とのやり取りが象徴的でした。

 もっとも、男爵と学士殿と一止や榛名姫とのこれまでの交流があまり描かれていないので、門出の桜のシーンには少し唐突感もあって、やや説得力が弱いかもしれません。もちろん想像させられる表現もあるのですが、走馬燈とかフラッシュバック的に短く複数の回想シーンを入れてくれても良かったのでは、と思いました。

 また、想像という意味では、ウチは間借りの下宿をしていた友人がいるので、こういう下宿の様子はノスタルジックな感覚を伴ってイメージしやすいのですが、一般的なアパートやワンルーム・マンション暮らしの経験しかない人だと、御嶽荘での暮らしというのは想像しにくいかもしれませんねぇ



■ 原作小説「神様のカルテ」と映画「神様のカルテ」

 夏川草介先生による原作小説「神様のカルテ」を映画化されたこの作品、かなりオリジナルを重視した映画づくりで、随所に原作の魅力的な台詞やエピソードが織り込まれているのですが、映画の枠に収めるためか、深川栄洋監督の思いもあるのか、組み替えられた内容も多くなっています。

 全般的に感じるのは、医療小説ではなく人間ドラマ(その舞台にたまたま医療現場も重なる)であるという趣旨で描かれているのに対し、深川監督は医療におけるリアルも随分と追求されているように思えました。ウチは医療現場の人間ではないので、どの程度リアルなのか実際のところは分からないのですが、やはり話題作かつ映像作品ということもあって、より慎重に描写したということかもしれません。

 また、原作では明示されていない「神様のカルテ」という言葉が、映画では安曇さんの台詞で明示されていたことも大きな違いだったように思います。これはこれで一定の解釈として理解できるので、原作を知らずにこの映画を観るならば説得力は高まっているのかもしれません。でも、映画はこれで完結しているので良いのかもしれませんが、ウチ的には原作のように明示されない方が「人間、生きている限り現在進行形」を感じることが出来て良かったと思いますし、これに関連して安曇さんからの手紙が一止への「人生の先達」からのメッセージになっていた原作に較べると、映画では「神様のカルテ」への礼状レベルに簡略化されていたのが物足りなく思えました。

 登場人物で言うと、原作の一止はそれなりに口も達者で軽妙さを感じさせる(これは夏川先生ご本人のイメージを重ねてしまうこともあるのでしょうが)のに対し、深川監督や櫻井翔さんの選択した役作りは軽妙さや感情表現を抑え、変人というニュアンスを「昼行灯」っぽく演出されていたことに大きな違いを感じます。

 一止と言えば、原作で描写されるお酒好き(特に日本酒)という側面がかなり削ぎ落とされていたのは残念ですね。ただ、原作では「九兵衛」となっている日本酒居酒屋が、そのモデルとなっている「厨 十兵衛」が映画できっちり登場したのは素晴らしいと思います。惜しむらくは、日本酒居酒屋店主と一止との適切な距離感でのコミュニケーションが映画では全く登場しないのは、ウチ的には勿体ないと感じました。あと、日本酒も(確か御嶽荘のシーンで恐らく佐久のお酒と思われる一升瓶がチラっと見えるくらいで)殆ど出てこないのが残念でした。

 ところで、原作では同期だった砂山次郎が先輩として登場している上、原作の黒い野獣にような大男でどこか抜けた面を感じさせるキャラクター設定が、イケメンの要潤さんになってすっかり別人状態。辛うじて水無さんに惚れる点や、やたら砂糖を投入する砂山ブレンドが原作を踏襲しているというところでしょうか。逆に言うと、原作ではこうした点が砂山先生のキャラクターを際立たせていたのに対し、映画でこれを踏襲した意味がわかりにくい気がします。

 また、原作では古狐先生と大狸先生という名コンビだった本庄病院のベテラン医師が、映画では合体して「古狸」先生になっているのも印象的でした。確かに映画の枠を考えると、ベテラン医師を一人に絞るのも手法だと思いますが、砂山先生を先輩にしたことも合わせ、もしも小説「神様のカルテ2」をベースに続編を作るとしたら、大きな課題になりそうです。(逆に言うと、これらは「続編は作ったとしても敢えて原作は踏襲しない」という布石かもしれませんが…)

 その他、細かい部分では安曇さんの名前が「安曇清子」から「安曇雪乃」に変わっているとか、原作で雲乃上先生として登場していたのが高山秀一郎先生にあたるのかなぁ(とする映画化にあたってのネーミングセンスが面白い)とか、せっかく原作で地味ながら台詞の中でも切れ味を感じさせてくれていた外村看護師長が映画では目立たないとか、原作で登場する四柱神社や深志神社に較べて映画では地味で鄙びた神社(ロケ地は三郷の三柱神社だそうですが)扱いになっている等の違いがありました。

 そして何より大きく違うのは、原作では登場しないラスト・エピソード。確かに、映画をハッピーに持っていくための貴重な数少ない「はっきりと明るい」エピソードですが、ある意味では原作の流れとの決別宣言とも取れるように思います。それにしても、夏川先生ご本人のこともあるので、このエピソードは最初からシナリオにあったのか、ちょっと深川監督や脚本の後藤法子さんに経緯を訊いてみたい気もしますよ。



■ 信州松本と映画「神様のカルテ」

 原作では9月から12月にかけての話を、ロケのスケジュールの関係もあるのか映画では9月から10月の出来事として描かれており、安曇さんの誕生日も12月20日から10月20日に繰り上がっています。

 この影響を大きく受けているのが北アルプスの眺めではないでしょうか。原作の12月であれば既に北アルプスは白くなっており、初冬の凛とした空気も相まって北アルプスの絶景も見やすい時期となるのですが、ロケの時期は悪天候に悩まされたのでしょうか、せっかくの北アルプスの眺めがモヤっていて、原作に描かれたような素晴らしさ、地元信州松本にいれば感じられる景色が映画では少しインパクトが弱くなっているのが残念です。

 もっとも、監督もそれは意識されているのか、映画では取って付けたような安曇野~北アルプスを俯瞰するカットを入れていますが、何となく病院屋上でのロケよりも後の11月くらいに撮ったのではないかという感じを受けました。

 面白かったのが信濃大学の扱いで、まるで都会の大病院のような描写には少し苦笑してしまいます。でも、前述の本庄病院や島々の診療所との対比のために、敢えてそういう描き方になっているんでしょうね。

 ナワテ通りや松本城、蟻ヶ崎~宮渕あたりを思わせる町並みなど、地元にとって馴染み深い景色もたくさん登場しました。原作で登場した深志神社や四柱神社の代わりに鄙びた三柱神社がロケ地として使われたのは、前述の病院の三段活用における本庄病院レベルにイメージを合わせるためでしょうか。

 そうそう、街中を走る松電バスもといアルピコバスの行き先表示LEDに「信濃病院」の文字があって、何となくロケ協力&ぷち宣伝が微笑ましく思えますよ。

 原作の「駅前の古い百貨店」は映画での印象はないのですが、しっかり文明堂のカステラ(参考)はCMのフレーズと共に登場しているのも印象的でした。もっとも、原作の一止と同様、西国出身のウチとしては、あのCMには馴染みがないんですよねぇ

 日本酒居酒屋「厨 十兵衛」さんもバッチリ2回登場。日本酒や料理の描写が無かったのは残念ですが、時折見掛ける「扉の開け方を間違うお客様」には良いプロモーションかもしれません。あと、エンドロールにも「厨 十兵衛」さんが出ていてニヤリとさせられましたが、他に映画のスタッフさんか何かで○○十兵衛さん(○○は読み取れず)がいらしたのも目を惹きました。また劇場に行く(もしくは DVD を購入して再鑑賞する)機会があったら、再確認したいと思います。




 シネマライツで映画を見るのは、「岳 -ガク-」を観に行った時に続いて2回目。平日午後とは言え、地元・松本を舞台とした話題の映画で公開からまだ3日目で、上映開始直前の時間帯だったこともあり、座席はスクリーンを見上げる感じとなる2列目です。

座席は B-9 スクリーンから2列目 中央の2列目を選ぶか、サイドだけど少し後ろを選ぶか、なかなか悩ましかったです…


 館内ではロケに使った「御嶽旅館」の看板やロケ地となった病院の白衣の展示やパネル展などもありましたよ。

白衣や「御岳旅館」の看板 パネル展




トラックバック先:
日の出工房:「『神様のカルテ』(監督:深川栄洋)」(2011-09-15)

関連記事:
「神様のカルテ2」(2010-10-09)
「神様のカルテ」(2009-09-21)

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2 コメント

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外村、東西、水無は映像化してくれて良かった(笑) (ゴマ)
2011-09-15 22:25:47
 ついにこちらにも「神カル」の記事が出ましたね。TB&コメありがとうございます。

「三段活用」という分析は面白かったです。

 ボクは映画と小説は別物だと思っていて、原作を読んだあとで映画化されたものを観るなんて経験は今回が初めてなんです。

 深川監督の演出は、必ずしも原作どおりではなく、さまざまなアレンジが施されていましたね。それがかえってよかった部分もあったけど、どうでしょ、ボク的には原作のままで映像化してほしかったなぁと思う部分も多々ありました。まぁ、原作を知らなければ十分見ごたえのある映画でしたけどね。

 東西は本当にイイ女だ。ますます惚れましたね。

 ところで原作者(夏川さん)は、映画の出来栄えをどう感じているんでしょうね。

 軽口で「今度、十兵衛に行ったら水無がいたところに座り込もうぜ」って妻に言うと、即座に「バカじゃないの?」と思いっきり白い目で見られました。

 全国には絶対同じこと考えているヤツがいると思うんだけどなぁ。(爆)
返信する
■ ゴマ さん (kuni@管理人)
2011-09-16 03:04:31
> ボク的には原作のままで映像化してほしかったなぁと思う部分も多々ありました。

やはり思い入れの深い街、思い入れの深い小説だったりするので、そういう感覚はウチもありますよ。

でも、やはり映画となると原作者ではなく監督の作品になるので、現実世界や原作世界から離れるのも、やむを得ないのかなぁと…


> まぁ、原作を知らなければ十分見ごたえのある映画でしたけどね。

某中学生からも同じ感想を言われました(^^;)


> 東西は本当にイイ女だ。ますます惚れましたね。

池脇千鶴さんの東西主任はハマリ役でしたね。
池脇さんはNHK朝ドラ(だったかな?)の頃のイメージが強かったので、配役を聞いた時は「東西主任?水無さんの間違いじゃないの?」と思ったものですが、実際には東西主任にぴったり合っていたと思います。

逆に外村さんが物足りなく思えたのですが、考えてみたら外村さんは「神様のカルテ2」の方が良い味を出していた気もするので、「神様のカルテ」だと目立たなくても仕方ないのかなぁ

> ところで原作者(夏川さん)は、映画の出来栄えをどう感じているんでしょうね。

それをここで書くことは出来ませんから、是非とも酌み交わしながら直接訊ける機会を作れると良いですね!

> 軽口で「今度、十兵衛に行ったら水無がいたところに座り込もうぜ」って妻に言うと、即座に「バカじゃないの?」と思いっきり白い目で見られました。

「俺が砂山次郎で」の一言が足りなかったのでは?(違)

> 全国には絶対同じこと考えているヤツがいると思うんだけどなぁ。(爆)

きっかけはともかく、これを機会に信州松本や日本酒に親しんでくれる人が増えると良いなぁと思います(笑)
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