てつがくカフェ@いわて

てつがくカフェ@いわてのブログです。

てつがくカフェ@いわて 広告文アーカイヴ ④

2013-06-24 11:40:19 | アーカイヴ

                                                                              2013/03/16

第5回てつがくカフェ@いわて 【ーみやこ編ー】

 

<テーマ>

『<喪失>の言葉/<和解>の言葉』

 

 本州最東端に位置するここー岩手県宮古市。2年前、宮古市も広範囲に渡る甚大な被害を及ぼした千年に一度と言われる大災害―「東日本大震災」―そして大津波に襲われました。現代社会の象徴であるコンピューター、携帯などの情報技術、電気、ガス、水道などのライフライン、車、バス、電車などの便利な交通網に慣れ親しんだ私たちは、荒れ狂う大地のうねり、全てを呑み込む津波の脅威、その破壊力を目の当りにして全くなすすべがありませんでした。当時私たちはこうして「問う」自由さえ奪われた渦中の当時者でした。

 あれから2年、皆さんはそれぞれの具体的な生活の中で、何に心を痛め、何に慰められ、何に憤りを感じ、何を諦め、何を見つけてきたのでしょうか。私たちは生き<残された>者であり、均等に与えられる時間という大きな流れの中にいます。絶対に回帰してこない者/物たちと向き合い、愕然とするしかなく、全身でそれを嘆き悼む時、言葉にならない激情が身体中を駆け巡ります。私たちが大事なものを喪失した時に話す言葉。その言葉を話す主体から<和解>の言葉を語る主体へと変わる(変えられる)時、喪失した物/者たちと<和解>へ歩み出るとき、何か違った祈りにも似た風景のようなものが見えてくるような気がします。

 今回宮古市でのてつがくカフェのテーマ『<喪失>/<和解>』に込められたものは、決して失ったものを受け入れて、折り合いをつけよ、と強制しているのではありません。行方不明者という切実な問題、福島県住民の怒りや絶望、被災者の今後の不安な生活を考えると、そもそも和解どころではない、一生かけても受け入れ難い事態が生じています。無理に和解しないことが人生の本質でさえあるかもしれません。和解することの善悪や真偽を問うのではなく、「そもそも和解とは何か」、また「和解しようとする主体はどういう言葉で語るのか」、それを考えてみたいと思います。

 言葉を失い、にも関わらず<再び>語り出すとき、何が起こるのでしょうか。内にある私的な言葉にならない感情に形を与え鋳直し続けること、そしてそれを差し出すこと、伝える言葉を獲得していくこと、争いの後に架ける言葉を探していくこと。和解という仕草は、何か、恋人‐親子関係のようなねっとりとした親密な関係から獲得される文法ではなく、そのような関係から一歩踏み込んで(出て)、何かちがう思考を促す性質を持っているような気がします。理解できない不条理な出来事に身も魂も引き裂かれて茫然と立ち尽くす時、それでも失ったものを、妥協でもなく、諦めでもない、祈りに近い和解(=海)への言葉にしていく行為とは・・・。

 それを今回皆さんとこの宮古の地でカフェりながら語ろうと思います。 
                                                         (文章:加賀谷昭子)

※第4回目は番外編ということで私(加賀谷)が希望していた宮古市で開催させていただきました。
ファシリテーターは、強い牽引力のある岩手のメンバーの八木晧平(岩手大学農学研究科兼音楽ライター)さんにお願いしました。


てつがくカフェ@いわて 広告文アーカイヴ ③

2013-06-24 11:10:21 | アーカイヴ

                                                                     2012/07/22

 

第3回 てつがくカフェ@いわて -シネマ編―

 

<テーマ>

『声の届き方』(制作:伊藤照手)から「届く」こと

 

 2011年3月11日に発生した東北太平洋沖地震と地震に伴って発生した津波により、福島第一原子力発電所1~4号機はすべての電源を失い、大量の放射性物質が大気中に放出されるという未曽有の悲惨な大事故が起きてしまいました。現在も福島住民の方々は長期にわたる避難生活を余儀なくされています。まだ酪農水産物の一部出荷規制など、周辺地域の深刻な状況が続いています。

 そんな中、昨年11月13日仙台市定禅寺通りで<反原発ウォーク・デモ>が行われました。今回取り挙げる伊藤照手さん制作の映画は、その<反原発ウォーク・デモ>に対する仙台市民の反応のインタビュー記録(今年1月実施)です。そこに登場するのは様々な層の市民の方々の率直な反応です。反原発、親原発はもちろん、原発という高度な科学の専門性が絡むことが原因で、態度決定すること自体に躊躇している方々など、リアルで多様な声が記録されています。それはそのままタイトル通り「声の届き方」を象徴しているように思います。

 では、親原発にしろ、反原発にしろ、二者択一的な態度決定のパフォーマンスを声高に叫べば叫ぶほど、そこに一種の怖さを感じる人がいるのは何故でしょうか?また発信しているメッセージが、意図と真逆に受け取られたり、その逆で、伝えようとしてなくてもうまく伝わったりするのは何故でしょうか?そして自身の思いやメッセージを伝えるために、なぜ<デモンストレーション>という表現手段を取るのでしょうか?

 このインタビュー記録は、私たちが日常的には信じて疑わないけれどもコミュニケーションに内在している本質的な問題を呈示しているのかもしれません。

 シネマてつがくカフェでは、監督論や映画の技術の優劣を論じ合うのではなく、映画の中にある普遍的なテーマを抽出し、そこに問いを立ててみなさんで議論することにその趣旨があります。また、自身の態度が決定されてから、その主張でもって相手を説き伏せることに目的があるのでもありません。立場に固着し思考停止するのではなく、その動機や根拠を問い直し、自由に話し合い、もう一度自分自身の言葉で捉えなおす作業に意義を見出します。

 皆さん、ご承知のように、関西電力大飯原発3・4号機(福井県おおい町)の再稼働が始まり、それに反対するデモも各地で行われています。この状況の中で、通算3回目のてつがくカフェ@いわては、シネマてつがくカフェのスタイルをとり、みなさんでデモに関する映画をてつがくしてみたいと思っています。

                                                            (文責:加賀谷昭子)

※この回は映画を作成した伊藤照手さん(当時東北大学)とその制作に関わったご友人にお越しいただき、カフェに参加していただきました。ファシリテーターは岩手大学農学研究科の八木晧平さんでした。その様子は2012年7月23日付けの岩手日報、8月17日付けの朝日新聞で知ることができます。

 


てつがくカフェ@いわて 広告文アーカイヴ ②

2013-06-24 10:42:50 | アーカイヴ

                                                                                       2012年 3月10日

第2回 てつがくカフェ@いわて

 

<テーマ>

■ あなたにとって<故郷>とは?

 

 今回のテーマは「故郷」です。故郷とは単なる「土地」か、幻想か。それとも「今、ここの自分」にとって大切なものなのか。

 盛岡を故郷とする人にとって、「故郷の盛岡」とは何でしょうか。岩手川や石割桜などの自然、盛岡城跡やちゃぐちゃぐ馬っこなどの歴史・文化。もし、これらのどれかが消えてしまったら、寂しさや違和感がありませんか。以前。桜山神社の参道整備計画で生じた問題には故郷についての問題が含まれていたのではないかと思います。

 2011年3月11日、大きな地震がありました。津波が街を流し、原発は爆発しました。住み慣れた土地の変わりようを目の当りにし、離れることを余儀なくされる人々がいます。これまでのこと、そしてこれからについて人々が向き合うとき、「故郷」の問題が浮かび上がります。

 同年6月26日、平泉が「世界文化遺産」に登録されます。「平泉を岩手のシンボルに!」という言葉も聞かれます。しかし、平泉という一つの地域が岩手県という全体に結び付くことは、実はとても不思議なことに思います。また、世界にHIRAIZUMIとして発信されること、観光の対象となること、これらは平泉町住民にとって、あるいは日本人にとって、どのような意味があるのでしょうか。

 故郷とは単なる土地のことでしょか。市町村合併の結果、故郷の名前が変わってしまったとき、寂しさを感じた人も多いと思います。故郷の風景、故郷の思い出、故郷の味・・・・。これらの言葉に違和感がなければ、故郷には土地だけではない、他の意味があるように思われます。

 故郷とは、定住を前提とした場所なのかもしれません。子どもの頃に歩いた畦道、カエルの合唱、キンモクセイの香り・・・・故郷と言われて思い出す、私たちの身体に基づいたこれらの記憶も、故郷に関連があるのかもしれません。

 故郷とは幻想に過ぎないのでしょうか。今回は、岩手県山田町役場(建設課建築住宅係)で勤務され、現在仮設住宅の運営を担当されている横田龍寿さんに、ご自身の故郷・山田町の現状を語っていただき、みなさんと<故郷>について考えてみたいと思います。
                                                         (文責:山田修司)

 

※第2回目の広告文は、当時岩手大学の学生だった山田修司さんに作成していただきました。カフェの様子は2012年3月11日付けの岩手日報で知る知ることができます。

 

 

 

 


てつがくカフェ@いわて 広告文アーカイヴ ①

2013-06-24 09:50:06 | アーカイヴ

                                                              2011年12月10日
第1回てつがくカフェ@いわて

<テーマ>

 
善意」とは何か?


 東日本大震災の発生から、9か月が経とうとしています。この間、私たちは深い悲しみに向き合うと同時に、今まで当たり前とされていた生活様式やものの見方に対し、「本当にこれでいいのか」と疑問を抱かざるを得ない状況に、何度も直面してきました。そして、それらの疑問のほとんどは今も答えが出ないまま、頭の中に残りつづけているのではないでしょうか。
 
 そのような中、かつてないほどの「善意」が、国内にとどまらず世界中から被災地(者)に向けて発せられたことの、私たちが目にしてきた事実のひとつであると思います。被災地でのボランティア、物資の提供、チャリティー・イベントの開催、「がんばろう」「絆」といったメッセージなど、形はさまざまですが、実に多くの人が「自分にできることを」と何らかのアクションを起こしていました。
 
 しかし一方で、そうした「善意」が必ずしも被災地(者)の実情をくみ取っておらず、需要と供給のミスマッチが生じたとの報道も聞かれました。この話から連想されるのが、私たちが日常的に遭遇する「ありがた迷惑」「大きなお世話」「偽善」といった事態です。他人からの「善意」に対し、たとえ迷惑でもありがたく受け取らなければならない、と義務感を感じたり、他人への思いやりを「お節介」「偽善」と受け取られそうで、行動にブレーキをかけたりした経験が誰しもあるのではないでしょうか。そして、これに近い感情の抑制が、今回の震災における「善意」の送り手と受け手にも、数多く生じていたのではないかと思います。
 
 そもそも「善意」とは、行う人を主体とする概念であり、「他人のためを思う心。好意」と定義されています。他者を対象とする以上、分からない部分は想像力で補うしかなく、祖語が生じるのは仕方のないことだといえます。しかし、良かれと思ってさえいれば、受け手がどう思うかに関わらず「善意」として成立するのでしょうか。あるいは、相手のことを全く思いやっていなくとも、結果として受け手のためになればそれは「善意」となり得るのでしょうか。こうした問題について皆さんとともに考えたいと思います。
 なお今回は特別に、今回の東日本大震災による約40mを記録した津波で、曾祖母、お母さま、お子さまを一騎に亡くされ、現在も保育士を続けておられる宮古市田老地区の佐藤梨里さん
をゲストに迎え、被災者の立場で発言していただくことにしています。

                                                                          (文責:吉田美紀)

 

 ※第1回てつがくカフェ@いわての広告文は当時岩手大学の学生だった吉田美紀さんが作成してくださいました。岩手で初めてのてつがくカフェということで、岩手日報の取材を受け、多数の参加者でのてつがくカフェとなりました。その様子は2011年12月11日付けの岩手日報で知る事ができます。ファシリテーターは@せんだいの西村高宏さん(東北文化学園大学准教授)、グラフィックは近田真美子さん(東北福祉大学講師)にお手伝いいただきました。