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シロガネの草子

我が身をたどる姫宮 其の九 ~薔薇と命のス―プ~


高畠華宵挿絵 『奔流』  





高畠華宵 『薔薇』

『薔薇は美しく散る』

草むらに 名を知れず

咲いている 花ならば

ただ風を 受けながら

そよいでいれば いいけれど

私は薔薇のさだめに生まれた

華やかに激しく生きろと生まれた

薔薇は薔薇は 気高く咲いて

薔薇は薔薇は 美しく散る


高畠華宵 『夢の花園』

どの星が めぐる時

散ってゆく 私なのだろう

平凡な 人生は

かなわない 身だけど

私は薔薇の 命をさずかり

情熱を燃やして生きてゆくいつでも

薔薇は薔薇は 気高く咲いて

薔薇は薔薇は 美しく散る

私は薔薇の 命をさずかり

情熱を燃やして生きていくいつでも

薔薇は薔薇は 気高く咲いて

薔薇は薔薇は 美しく散る


・・・・大宮様はローブ・モンタントの和装版である小袖に袴姿で皇嗣邸にお越しになられました。その装いは、茜色地に亀甲文の中に菊を入れた南部絞りの小袖に古代紫のお袴をお召しになられていらっしゃいました。

参考・紫根で染めた南部絞り

真っ白い厚化粧を施した眼鏡の奥から、心なしか、探るような目付きで辺りを見回して、

「新年を迎えるのに相応しい室礼だこと。清ちゃんがよく目を光らしているからでしょうけど、こちらの皆さんもとても気を配っているのが、よく分かるわ」


栗原玉葉口絵

何時も職員の働きに目を配っていらっしゃる妃殿下の事を、毎度の通り皮肉混じりに仰りながら部屋のなかの調度品をご覧になられていました。


堅山南風 『牡丹』

丁度お福茶を運んで来た、老女の花吹雪にも

「ありがとう、花吹雪さん。無理をさせて申し訳なかったけども、おかげで新年早々こちらのお部屋で清らかな気持ちになりますよ」


甲斐庄楠音 『女』

と、仰りました。大宮様のお言葉に花吹雪は、

「恐れいります。勿体ないお言葉を頂戴致しまして、畏れ多い事で御座います。これも常日頃より君様がお心を配っていらっしゃる、証でございます」

と、手慣れた感じに返答しました。

「でもね、少しは気を抜く事も覚えた方が良いと、思いますよ。何時も気を張っているようでは、表の職員は大変でしょう。聞いていますよ、朝の会議の事・・・・」


「ホホホ・・・・毎回憶測でイロイロと書かれて清ちゃんは難儀な思いをしているわね」


皇室に関しての事は週刊紙まで良く読まれていらっしゃる大宮様は大層ご機嫌良くにこやかな表情でそう言われましたが、花吹雪は黙って深くお辞儀をすると、部屋を出て行きました。

大宮様は誠に慈愛に満ちた温かいお目で、初孫の白菊夫人をご覧になられて、


「急に来てしまって、白菊ちゃんはさぞ驚いたでしょう。本当にご免なさいね」

「いいえ、おばば様。でも急にこちらにこられて、何かご用はありましたの?おもう様達は皇居へ行かれても、私一人と言っても完全に一人になるわけではないのに」

「まぁ、白菊ちゃん。まだ体調は万全て無いと、聞いているし、ちょっとでもお気丈さんになられるよう、ばばが元気の出る、スープを持ってきたのよ」

それは大宮様お手作りのスープでした。大宮様はそのスープが大層ご自慢でいらして、親しい人が体調が悪いときくと、必ずご自身でスープをお作りになられて、側近を通じて、届けさせたり、また、孫の宮様方が、風を引かれたと聞くと、ご自分で様子を見に行かれがてら、そのスープをお持ちになられるのでした。

夫人も何度か、おばば様お手製のスープを飲まれた経験がありますが、かなり濃厚なお味でどんな材料が使われているかは、孫の夫人も詳しくは分かりません。

「ねぇ白菊ちゃん、そのスープを飲みながら、少しお話をしたいのだけど、大丈夫かしら?疲れているのなら、ソファーで寝たままでも構わないのよ。ばばの前で遠慮なんかいらないわ」

「おばば様、お気遣いありがとう。お話は出来るわ。でも寝ながら話何て・・・・いくらなんでも、恐れ多いわ」

「そんな風に思わないの。白菊ちゃん。朝から大変だったでしょう。のんびりなさい。そうしてくれれば、ばばも気が楽だから」

「遠慮しないで」

確かに白菊夫人は早朝から起きて支度を手伝い、疲れていたのは事実です。困惑しながらも、大宮様のお言葉に甘えて、ソファーのある洋間へと大宮様とご一緒に行きました。これからの事をキチンと大宮様にお伝えしなければならないと思いました。しかしこれからの先の事は自分でも、靄が掛かってどう進めば良いか分かりません。


小林古径 『淡紅』


それでも目の前の問題は片付けなければなりません。


上村松園 『月佳美人』

その問題というのは、例え反対されても夫婦生活は精算するということです。


栗原玉葉口絵 『霜月の頃』

夫人は夫である、葛(かつら)氏をまだ愛しています。しかし自分が側にいれば、葛氏は夫人に依存してどんどん駄目になって行くのは、目に見えています。


栗原玉葉 『美人図』

そして夫人も夫への愛故に、まるで草つるが絡み付き断ち切れない有り様となり、夫への愛が例え冷めても、絡み付いたその草つるは、そのまま巻き付いたまま逃れようとしても、追い掛け、かの『定家葛』のように我が生涯その身に絡み付いたまま・・・・


橘小夢

生涯を終えるのだろうかと思うのです。


それだけでなく自身の墓石にも巻き付き未来永劫、あの世でも愛欲地獄へ共に墜ちる所まで墜ちてしまうのだろうと思うと夫人は戦慄を覚えるのです。


鰭崎英朋 『有明』

参考・能の『定家』

皇室という窮屈な環境から、出たく思っていましたが、それでも皇族として産まれ、その虚時を持ち続けている、夫人にとって、それは耐えられない事であり、誇りが許しません。


甲斐荘楠音 『雪女』


内親王の結婚相手として相応しくないとさんざん言われていました。そう言われる度にますます意地を張りそして凄まじい執念で、結婚をし、皆を見返す気持ちで夫人は葛氏の将来に賭けたのです。


北野恒富 『道行』

それは誤りであったのは、間違いのない、事実です。それは夫人が身を持って知った逃れられない事実でした。


甲斐荘楠音 『花の乙女』

内親王の結婚相手に必要なものは、愛だげではないと、夫人は身を挺して世に示したのでした。ある意味皇室と国民の限界を知らしめたのです。


鰭崎英朋口絵 『深川染』

葛氏の子を身籠らずにいるのは、天の助けでした。


甲斐庄楠音 『白百合と女』

もし子供が出来ていたら、夫人はこうして帰国は出来なかったでしょう。


上村松園


恐らく精神の限界を超えるまで、夫との夫婦生活を維持する事になったていたと夫人は思うのです。

それにしても葛氏は良い結婚相手と一緒になったものです。世間知らずで一途で頑固で、すっかり自分に惚れ込んだ内親王と出会ったのですから。こうして離婚した後も、色々と将来の事を気遣ってくれる人の良い元内親王と結婚出来たのです。


人生の勝ち組とはこういう人間なのでしょうか。


(私は結局、あの人の人生の踏み台に使われていた。でもそれを責める権利は私にはない。私も彼を利用したのは事実なのだから)


栗原玉葉口絵

(愛だったのかそれとも単なるエゴだったのか・・・・私達は己のエゴを互いに押し付けていただげではなかったか)

現在落ち着いている心境から見るに、自分達は狐と狸のばか試合のような夫婦だったと思うのです


池田蕉園 『美人図』


大宮様と夫人がソファーに座ると、丁度良い案配に、ソファーの前のテーブルに大宮様が連れて来られた典侍と白浜の仕人の手によって大宮様お手製のスープが運ばれて来ました。

参考・イメージ画像

スープは洒落た花が描かれたハンガリー産の磁器のスープ入れに入れられて、同じハンガリー産のスープカップで飲むのです。

参考・ハンガリーの磁器


そのスープカップから濃厚な匂いを感じながら、夫人はおばば様特製の心のこもったスープを口に運びました。その様子を大宮様はご覧になられて、

「どうかしら、元気が出てくるでしょう?」

様々な味のする何時飲んでもどう言い現せば良いか分からない、謎に満ちたスープをゆっくりと飲んだ、夫人は

「はい、有り難うございます。懐かしいお味ですわ」

と、そつなく答えました。


栗原玉葉 『朝』

「そう、嬉しいわ。このスープは、ばばしか、味が出せないの。もう年だから、こうして白菊ちゃんに飲んで貰う機会もそうは無いでしょう」



と、やや寂しげに仰りました。

夫人は何時にない、大宮様の言葉に、自分のせいで、祖母宮にも迷惑をかけたとすまない思いで、

「まぁそんな心細い事を仰って・・・私のせいで、お心を痛められたのは、お詫び致します。でも何時までもご機嫌良く、ご気丈さんでお健やかでならしゃって頂きたいと、おもう様達皆も思っておりますわ」

孫の夫人の言葉に

「さぁどうかしら?早く武蔵野の御陵に入って欲しいと思っているのではないかしら」


そう仰りそっぽを向いてしまわれました。そんな大宮様に対して夫人は、

「誰がそんな事を思っているでしょうか?皇室にお上がれにならしゃって六十年以上、おじじ様と共に、皇室にも国民にも一生懸命お尽くされた、おばば様ではありませんか」

そして声を落として

「おじじ様やおばば様の築いてこられた皇室の威信を傷付けてしまったわたくしの方が、何の価値も無い不用な人間なのです」

その言葉を聞いて大宮様は大層驚いて

「白菊ちゃん、そんな風に言ってはいけないし、思ってもいけないわ!誰が不用だと思うものですか!色々と喧しく噂を立てられても、気にしては駄目よ。白菊ちゃんの心の中を知っているわけでは無いのたから」

「白菊ちゃんも良く分かっているでしょう・・・・大袈裟な記事を書いて、売るのが、週刊紙と言うものよ。雑音は気にしないで」

「おばば様・・・・ありがとうございます。わたくしのせいで、どれだけご心痛をお掛けしたか、こうして間近でお目もじして、おばば様のお心が良く分かりましたわ。だから余計に本当に申し訳ないことをしてしまいました」


上村松園 『うつろう春』

「わたくし達夫婦は、未熟でした。わたくしが皇族故に世間になられていないのは、分かっていました。いえ、分かっているつもりでしたわ。自惚れていたのです。それでも何とかやってゆけると」

「恐れながら、院におかれても、大宮様にも折角、お信じになられて、根無葛氏とわたくしの結婚をお認め頂いたのに、結婚早々から、このような有り様となり、お詫びの言葉も見付かりません。お許しください」

最後の言葉をいう頃には白菊夫人の目には涙が溢れておりました。


栗原玉葉口絵 『のどか』

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コメント一覧

abcdefghij
@dankainogenki ありがとうございます。御所の物語ですので、拙いながら、雅な感じを出して書き進めております。
dankainogenki
平安時代にタイムスリップした気分です。
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