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シロガネの草子

今年の『新年祝賀の儀』も『新年一般参賀』もダメよ~ダメダメ


《日本エレキテル連合》
新年明けましておめでとう御座います。本年も当ブログをご訪問頂きありがとうございます。

~まだまだ書き加え等をします~


高畠華宵 《中秋の庭》

新年そうそうから皇室の話題が多くですがどれも“ダメよ~~ダメダメ”です。一部では“いいじゃないの~~”という声があるそうですが、ダメです。いけません。


『新年祝賀の儀』では女性皇族はまたまたティアラ無しのお出ましと相成りました。情けない有り様。コロナ化を考慮したととの両陛下の暑い御思し召しとの事ですが、両陛下がコロナ化で感染ももろともせずに、患者のところにお見舞い(リモートでも)されたとか、そうゆうお話は聞いたことがありません。

シロガネの記憶違いであったらよいのですが・・・・。

もうコロナとは共存してゆくしかないでしょう。それに新年はめでたいものです。昨年は悪しきことがあっても、それを一新して改める意味があるのですから、やはりティアラは必要なのです。格式を整えるだけではありません。

ティアラは美しい美術品なのです。ましてや女性皇族のティアラは皆、コロナ前に製作されたのですから、ティアラには何の罪もないのです。


高畠華宵

ウクライナとロシアとの戦争とコロナと物価高で日本よりも大変な思いをしているヨーロッパの王室では、もう式典では華やかなティアラを身につけております。

こんな妙な心遣いをしているのは日本の皇室くらいでしょう。もう・・・・

『ダメよ~~ダメダメ』




『三笠宮崇仁親王』
百合子妃殿下御談話(オーラルヒステリー)より

彬子様
やはり戦争が終わった時というのは、ほっと遊ばされましたか?

妃殿下
やっぱり爆弾が落ちてこないことは、ありがたいなと。どこに落ちるかわからないですよね。落ちて、火災が起きた時に、火じゃなくて煙が大変でね。もうちょっと煙が上がったら私たち、よく分からなかったわね。防空壕がなければ三人だめだったでしょうね。

彬子様
やはりそこからすぐに元通りというわけにはなかなかまいりませんから、本当に大変でございましたね。

妃殿下
元通りになることはなかなか考えられなくて、どういう生活になるかさっぱり分からなかった。それで、進駐軍の指示で、伏見様以下は全部、元皇族におなりになって、三宮だけが残ったわけですけどね。残ったのは名ばかりで。皇太后様(貞明皇后)も、お倉に火が入りましたね。

彬子様
お預けになったティアラもそこで。

妃殿下
そう、そこで火傷してしまいまして真珠がぶらぶらしてました。

彬子様
そのティアラを確か、エチオピア皇帝が・・・・

妃殿下
皇帝がおいでになった時に、本当の皇后様のティアラは遊ばされなくって。ちょっとまだ戦争後で、そんな御気分にならないし、それで私のはどうかって、勢津君様やなんかがおっしゃったみたい。ところが、真珠のぶらんぶらんがみんな火傷して、もう真珠の形でなかったものですから、すぐ慌てて御木本に出して、すぐ綺麗になったのですけど、費用は三笠宮でした。

全員
(笑い)

妃殿下
本当に大変でした。

彬子様
そうでございますよね。戦後の時でございますしね。

妃殿下
まだ歳費が少ない時でしたしね。家がなくて、ほとんど防空壕で過ごしている時ですから。

彬子様
ダイヤモンドはそんな被害はなかった?

妃殿下
いえ、本当に細かいダイヤがついていたんだけど、それはいくつかが火傷して、使い物にならなくて。御木本で立派にまた戻りましたけど、費用は(笑い)

彬子様
推して知るべきでございますね。・・・・


その時、香淳皇后に御貸した百合子妃殿下の第2ティアラ。現在は久子妃殿下にお世襲されていらっしゃいます。




今年も百合子妃殿下がお元気にお出ましになられたことはめでたいことであります。

『新年一般参賀』

敬宮殿下が初めて一般参賀。小説のネタになりそうな出来事がありましたね~~


それに対して・・・・

『いいぢゃないの~~~』

と・・・・


『ダメよ~ダメダメ』

と意見が別れていますが、勿論ダメダメです。両陛下の御子といっても、皇太子でも無い、皇嗣でも無い皇位継承権も無い、たかが内親王が天皇陛下より国内外より皇嗣と認められた皇嗣殿下より目立つ場所に立つとは何事でしょうか。

天皇誕生日なら天皇ご一家ということで、御三方のみのお出ましならそれでよいでしょう。御三方なら何の問題も無いですよ。

しかし両陛下を始め皇族方がお揃いの時にはキチンとした序列を守って頂かなければなりません。例え国民の人気が高いからといって・・・・

『いいじゃないの~~』

ではダメです。序列は大切です。昔から言われていますが敬宮様は何か障碍かなにか自閉症があるらしい・・・・とささやかれています。又それを公言している方々もいらっしゃいます。シロガネは障碍や自閉症説は信じていませんでしたが、今回の事を見ると、やはり何かそうなんだと思うようになりました。

自閉症は千差万別です。適切な教育を受ければ、普通に暮らすことも出来ますし、又極軽いと本人や周りも気付かないままということもあります。

上皇陛下の姉宮でいらした、照宮成子内親王の追悼集と言うべき、『皇女照宮』を読みまして、内親王のご教育係の文章を読みまして、その教育に如何に苦心していたのかと書かれていました。

しかし照宮様は生来の怜悧(れいり)なご性質で、よく会得されたと書かれています。


照宮成子内親王

当時の傅育掛長 藤井種太郎の文章の一部から・・・・

・・・・まず劈頭に感じたことは、君側にお育ちになった姫宮としては、大臣初めすべての人間は首を下げるものだ、自分は尊いものだ、という観念をほとんど生得的に持っておいでになることである。これをまず打破せねば一人間として、特に一女性として将来御降嫁にならせられるに定まっている内親王としてご謙徳を欠かせられることになる。しかし、これを如何にご養育せばよいか、これが余の頭に深刻な問題となったが余には当初見当がつかなかった。

・・・・内親王の皇居ご訪問は日曜日に限り、それもご昼食を頂かれて後、呉竹寮にご帰寮のこととしたことは、当初私にはその意味も分からず、むしろこれまで両陛下のお膝元にお育ちになった御親子の自然の情をあまりに無私したものの如くに思われたが、まもなくそこに深慮の存することを知った。


女子学習院中期へご進学された照宮様

おもうに、この問題は、ご養育についての最も難しき、しかして最も肝心なる問題であった。私は何とかして宮様に、人間には社会的尊賎を超えた、人間としての尊卑が存することのご納得を得て、幼き宮様が人間の真の尊さに志ざせられるにいたらんことを願った。これはいわゆる身分の卑しい小供にはかえって会得しやすきことであるが、特別のご身分がらの宮様には至難のものであり、これを強ゆることはお可哀想であるとさえ当時の私には思われた。

しかし宮様の御徳のためと思って寮に奉仕するもの一同は心を合わせてこれに心がけた。宮様は怜悧なご性質で、ご学業は何の課目にも優秀であらせられたのであるが、この難題もついにはよく会得遊ばされたことは、次々にお預かり申し上げた御妹宮様の御心事にならって、この難題を自然にご会得遊ばされたことを持って証せられる。



シロガネは今回の『新年一般参賀』を見まして、両陛下のお手元で育てられた敬宮殿下のご教育は失敗であったとそう思いました。


香淳皇后御絵 《小兎》

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コメント一覧

名無しの通りすがり
敬宮殿下はご自分のティアラはお持ちではありません。
ティアラ着用の一般参賀をご覧になりたいのであれば、宮内庁に敬宮殿下のティアラ作成の予算を計上するようにとご進言なさってみてはいかがでしょうか?
それとも、敬宮殿下だけティアラ着用なさらない映像をご覧になりたいのでしょうか?
何かと建築費に高額な予算割振りもあり、中々装飾品にまで予算が取れないのではと推測します。
黒田さまのティアラはあくまでも黒田さまの私有物。
私は女性皇族の皆さまが敬宮殿下の事にもお心遣いなされたのかもと心暖まるお気遣いだと拝見させて頂きました。
ティアラが無くても凛となされておられる女性皇族の方々だとお見受けします。
傍観者
傍観者です。勿論傍観者の意味は理解しておりますので、事実を客観的にお伝えします。

私の知る限りでは、2022年3月を中心に、イギリス テレグラフ、ロイヤルセントラル、タトラー、そしてタイムズにまで悠仁様の剽窃問題が報道されております。

引用に関しては予め主催者側から厳しく制限されており、弁解の余地はありません。

イギリスメディアもいつ取り下げと謝罪があるかを注視していたようですが、未だにないことに呆れているようです。
知的所有権に敏感な海外では決して大袈裟なことではなく、皇室たるものそこはきちんと対処の必要があります。

客観的に見て日本国民として、極めて恥ずかしく残念に思っています。
海外在住ですが剽窃の記事見た事ない。
初めてコメントをさせていただきます。
傍観者様は『傍観者』の意味を理解されているのでしょうか?
傍観者と最初に断っておきながら、言葉巧みにあれやこれやと言葉を羅列して、結局は秋篠宮皇嗣家を批判しているのを見ると『ブログ荒らし』なのかと勘違いされてもおかしくないですよね。
時間がないと思っているのは天皇家であり、皇嗣家には御嫡男の悠仁様が控えており時間はございますよ。

大袈裟に剽窃等とおっしゃいますが、中学生が引用という言葉を忘れた、或いは知らなかっただけでしょ?それをいつまでもグダグダと、見苦しいです。

主様失礼いたしました。
和蘭
ヨーロッパの王室はこんなご時世でもティアラをつけています。日本の皇族もティアラを・・などとよその王室を引き合いに出すと、ヨーロッパの王室は長子相続になってきてますから、日本の皇室も長子相続を、という話に太刀打ちできなくなってしまいます。他国の王室の話は持ち出さず、日本には日本のやり方があるんです!で通した方がいい。
Unknown
シロガネ様
たびたび申し訳ありません。


傍観者さま
双系継承の学説は残念ながら存じません。
ただ男系は性染色体でつなぐので父から息子が必要条件、女系の場合はミトコンドリアでつなぐので母から娘が必要条件でしょう。日本はここまで男系できたので、それを守るのが合理的というものです。
Y遺伝子を基本にすれば天皇家の血筋はきりなくひろがる。そうはいきません。かならず男系で繫がれなくてはなりませんから。
皇室のY遺伝子をもっている、つまり天皇家から分かれた後ずうっと男系でつないできた家の男子は現在百人以上いらっしゃる、と研究者が発表していたはず。心強いかぎりです。

直系長子継承が万が一通った場合、愛子内親王の不登校その他の不始末がとりざたされるでしょう。すべてがあきらかになったとき愛子内親王が残れるかどうか? たぶん残れないと思いますが、すると佳子内親王殿下が継承することになりますね。

それとなぜいつも欧米を例にもってくるのでしょう? 著作権の問題でいえば、愛子内親王の御堂関白~の作文も検討されることにあいなりましょう。

不毛な議論になりますのでここで終わりにしたいと思います。お付き合いきただきありがとうございました。
傍観者
シロガネ様
シロガネ様のブログをこのような主張に使わせていただいたことに、感謝とお詫びを申し上げます。
我が身をたどる。。は当初から、他にはないオリジナリティに富んだ作品として大ファンを自負しております。
今後とも一読者としてイデオロギーは離れ、ワクワクしながら続きを待ちたいと思います。
傍観者
太公望様
知的論争としては極めて面白いと思います。
私は史学科の出身なので仰ることはよくわかりますが、本当に仰ることがただしいのでしょうか。
最近の学説では男系、女系でもない双系継承が注目されていますがご存知でしょうか。
継体天皇以来これは事実で、少し勉強なさっていただければおわかりと思います。
これが我が国の中国、朝鮮半島と異なるアイデンティティなのです。
y染色体説に関しては失礼ながら噴飯ものです。
それならば平家、源氏の子孫も同じ染色体を持っているので、皇位継承権者は無限に広がってしまいます。
ひいてはイギリスのようにDNA鑑定を求められるようになってしまうでしょう。
いまでも秋篠宮家のDNA鑑定を求める声は高いですが、私はそれに与しておりません。
天照大神を持ち出されるのであれば、宮内庁は天照大神を皇室第一代と認めているのですから、その孫への継承という歴史は当然女系ということになります。
どうか男系男子派の歴史に名を借りた主張に惑わされず、客観的に真偽を見極めていただきたいです。
しかし私は傍観者ですので、現在の二波に分かれた論争を危惧しております。
何よりも現在世界最古の王室である皇室の存続を何よりも重要と考えている点では、皆様と変わるところはありません。
今後も傍観者として客観的に正しいと思われることを偏りなく主張したいと思います。
最後に悠仁様の受賞に関しては主催者側は当初は訂正を認めておりませんでしたので、漏れを認めることも基準から外れ、賞外になることはあきらかで、皇室特権と言われることは仕方ないと考えます。
海外はこうした知的所有権には極めて敏感なので、我が国の継承権第2位の方がこれを侵害したことには極めて残念に思います。
太公望
シロガネ様
牡丹様
ありがとうございます。

傍観者さま
一般参賀の並び順への答えは牡丹様のコメントを、失礼ながら代わりとさせていただきます。
また、皇嗣殿下の立場が曖昧とお書きですが、立皇嗣の礼を挙行し内外に宣明しています。皇嗣殿下は押しも押されもせぬ次代であらせられます。その証拠に海外のニュースではcrown princeと表記されています。
また悠仁親王殿下のエッセイを剽窃云々というのは、それこそミスリードです。参考文献に漏れがあった、ときちんと公表しコンテストの主催者側も納得しているのですから。

日本の皇室と他国の王室は成り立ちがまったく異なります。この辺はご自分で勉強なさってください。
天照大神との契りとか秘儀に近いものもございます。
また、女系になるとヨーロッパの王朝も名前まで変わります。万世一系は男系だからこそ維持されるので、一時の流行、この場合は男女平等ですが、によって変えてはならぬものと思います。性染色体つまりY遺伝子について少し勉強なさってください。Y遺伝子だけは男子によって延々と繫がれます。図に書いてみると、けっこう楽しいですよ。
ちなみに愛子内親王の性染色体は徳仁天皇経由の美智子前皇后のXと雅子現皇后のXだけでできています。つまりのこ方が皇室の血を引いていない男子と結婚してお生まれになったお子は男子でも皇室の性染色体をもたないことになります。
せっかくここまで繫いできた万世一系を、なぜに断つ必要があるのでしょうか。なんども言いますが、まだ男子皇族は三人もいらっしゃるのです。
太公望
シロガネ様
牡丹様
ありがとうございます。

傍観者さま
一般参賀の並び順への答えは牡丹様のコメントを、失礼ながら代わりとさせていただきます。
また、皇嗣殿下の立場が曖昧とお書きですが、立皇嗣の礼を挙行し内外に宣明しています。皇嗣殿下は押しも押されもせぬ次代であらせられます。その証拠に海外のニュースではcrown princeと表記されています。
また悠仁親王殿下のエッセイを剽窃云々というのは、それこそミスリードです。参考文献に漏れがあった、ときちんと公表しコンテストの主催者側も納得しているのですから。

日本の皇室と他国の王室は成り立ちがまったく異なります。この辺はご自分で勉強なさってください。
天照大神との契りとか秘儀に近いものもございます。
また、女系になるとヨーロッパの王朝も名前まで変わります。万世一系は男系だからこそ維持されるので、一時の流行、この場合は男女平等ですが、によって変えてはならぬものと思います。性染色体つまりY遺伝子について少し勉強なさってください。Y遺伝子だけは男子によって延々と繫がれます。図に書いてみると、けっこう楽しいですよ。
ちなみに愛子内親王の性染色体は徳仁天皇経由の美智子前皇后のXと雅子現皇后のXだけでできています。つまりのこ方が皇室の血を引いていない男子と結婚してお生まれになったお子は男子でも皇室の性染色体をもたないことになります。
せっかくここまで繫いできた万世一系を、なぜに断つ必要があるのでしょうか。なんども言いますが、まだ男子皇族は三人もいらっしゃるのです。
牡丹
宮内庁の広報担当に電話しました。

まず身位順を質問したところ
1天皇2皇后3上皇4上皇后5皇嗣6皇嗣妃7敬宮8佳子内親王…
という回答でした。

次に敬宮殿下が皇嗣殿下より天皇陛下に近い場所に立ったことについて質問しました。
「立ち位置についての正誤も理由も原因も『非公表』」
というのが統一見解、公式回答だそうです。
公表できない、しない が正解。
敬宮殿下は間違っていない、というのはミスリードですね。
今回の並び順を決めたのは宮内庁、皇族の意見が入るかどうかも「非公表」

行事での並び順は都度決めるのであって、ルールがあるわけではない、前例を参考にするそうです。

以上、お目汚し失礼いたしました。
傍観者
シロガネ様
何度もすみません。
伝聞ではならじと思い、今宮内庁に電話したところ、やはり同じ見解でした。敬宮様の位置は間違っていません。
とてもたくさんの意見がきているそうです。

皇室に関して政治がきちんと議論せず、放置している曖昧な日本に罪があるようですね。
傍観者
シロガネ様
新年よりお騒がせして申し訳ありませんが、太公望様へのお返事を場をお借りしてしたためさせていただきます。

一般参賀の立ち位置は宮内庁情報です。
親しい友人が宮内庁に電話にて確認したところ、敬宮様の位置はあれで間違っていないとのことです。
皇族の方の立ち位置は、皇族方がお決めになれるものではなく、宮内庁がハンドリングするはずのものですから、敬宮様が間違っている→自閉症という決めつけは少々行き過ぎと思います。

しかしながらこのような誤解が生ずる背景に上皇后、皇嗣といった聞きなれない地位の存在があるのだと思います。
上皇ご夫妻は法を曲げてまでのご退位時に一般参賀には出席なさらないとのお約束があられたそうですが、それを破られてのご出席。
そして秋篠宮家は内定皇族になられず、皇嗣という曖昧なお立場。
きちんと内定皇族になられ、皇太子又は皇太弟になられていれば、当然敬宮様より上位に立たれたでしょうにと思います。
その場合は牡丹さんのおっしゃる位置が正しいのでしょう。

いろいろな要素が絡み合い、宮内庁としても今回のハンドリングは非常に難しかったのではと思います。

愛子様の不登校に関しては私も承知しておりますが、愛子様には現在皇位継承権はなく、悠仁様の剽窃問題の重みとはいささか異なると思います。

又通過儀礼としての御陵参拝ですが、必ずしも歴史的に繰り返されてきたわけではありません。

尚、女性天皇の議論ですが、欧州王室を見る限り、男子の継承者がいらしても直系長子継承へと舵を切り、継承者が変更になっている例もありますね。
なんでも欧州追随がよいとは思いませんが、世界の潮流もあり、議論が全くダメとは思いません。
ただでさえ、先細りの皇室、天皇派、秋篠宮派といたずらに対立するのではなく、存続の方法を真剣に考えていく時期に入っていると思います。時間はありません。
abcdefghij
太公望さんはじめまして。そして明けましておめでとうございます。シロガネの拙い文章で補足して頂きありがとうございました。
abcdefghij
牡丹さん明けましておめでとうございます。シロガネも上皇后様のお隣で良かったと思います。それが正しいです。上皇上皇后両陛下もお歳です。祖父母の近くにいてこそ、敬宮様のおやさしさが世間に示されるのではないのでしょうか。

敬宮様のご教育にはその点がなっていなかったと、見ております。例え宮内庁が決めても、老齢の御祖父母のお側で支える、そういうお心遣いが自分の立場であれば可能であると敬宮様がお気付きになれば良かったのですが・・・・。
太公望
シロガネ様
初めてお邪魔します。
そして横から失礼します。

傍観者さま
一般参賀の立ち位置は宮内庁が決めたようだ、とお書きですが、どこからの情報でしょうか? お教えいただけたら幸いです。
また皇統は愛子内親王が継いでもよい、悠仁親王殿下が継ぐのであれば正々堂々と実力で勝ち取れ、ともとれる書き方をなさっています。それはいかなることを根拠にしたお考えなのでしょうか? 
学校の問題であれば、ろくに出席していないのにこれまですらすらと進級していらした内親王のほうが、問題でありましょう。第一学歴、あるいはどの学校で学ぼうが皇族方の価値には影響しないと愚考いたします。
それより重要なのは、祭祀、伊勢や御陵参拝でしょう。悠仁親王殿下は節目節目に伊勢、武蔵野陵参拝をしていらっしゃいますが、愛子内親王は21歳になっても伊勢、武蔵野陵参拝をしていません。つまり成人皇族の通過儀礼を果たしていらっしゃいませんが、このへんはいかがお考えでしょうか?
女性天皇を論議するのは、男性皇族がまったくいらっしゃらなくなったときです。現在は秋篠宮文仁皇嗣殿下、悠仁親王殿下、それにお年ですが常陸宮義仁親王殿下がいらっしゃるのですから、論議すること自体失礼にあたると存じます。

初めてなのにながながと書いてしまいました。ご無礼をお許しくださいませ。
牡丹
シロガネさん あけましておめでとうございます
今年も記事を楽しみにしております

一読者が他の読者の方にコメントすることをお許しください。
-----------
傍観者さんへ
敬宮殿下の立ち位置は宮内庁案とお書きですが、その情報はどちらに記載がありましたでしょうか?探しても1次ソースが見つかりませんでした。ぜひ教えて頂きたく、よろしくお願いします。
----------

敬宮殿下の立ち位置は上皇后陛下の右(向かって左)が正しいと私は思っています。
天皇から見て左側が上席、次いで右側が原則。宮中晩餐会でもそうなっています。

恐らく正解は、身位順に
5敬宮 3上皇后上皇 1天皇 2皇后 4皇嗣同妃 6佳子内親王

※天皇に近い方が上席のため、上皇夫妻の位置はお二人だけの時とは逆になります

立ち位置には厳然とルールがあり、皇室は身位がすべて。立皇嗣の礼を行い天皇が天下に知らしめた皇嗣殿下より天皇に近い位置に、内親王が立つこと自体がおかしいのです。

たとえ宮内庁が職員のミスと言っても、敬宮殿下がルールを理解し守る気があれば、普通は間違うことはありません。
また皇族に恥をかかせないため、職員があえて泥を被ることはよくあることです。宮内庁の言い訳を真に受ける事も無いとも考えています。
傍観者
シロガネ様
我が身をたどる。。愛読しております。
シロガネ様の知識、文章力、構成力に感嘆しております。
そして実際の皇嗣家、眞子さんがこれくらいの品格をお持ちであればと残念に思います。
私は秋篠宮家のご教育こそ失敗であらせられたと思っておりますので。
今回の敬宮様の立ち位置の件は宮内庁案のようですので、ご本人がどうこうという説は違うのではと思います。
一番の原因は上皇夫妻のお出ましです。いらっしゃらなければ、陛下ご夫妻の左に秋篠宮夫妻、佳子様、右に敬宮様で問題なく座りもよかったはず。
そして二番目は皇嗣としての秋篠宮夫妻が内廷皇族ではないという極めて曖昧な位置にいらっしゃること。これでは暫定であるということを公言なさっていることと同じお立場なのです。
きちんと皇太子又は皇太弟として内定皇族となられるまで、この序列の混乱は続くでしょう。
日本の歴史を見る限り、江戸時代まで女性天皇はいらしたので、敬宮様ご即位でも歴史的には問題ないと思っています。
ですので秋篠宮家にはご即位の正当性が必要です。
そのためには特別入学とか海外メディアからの非難が多い剽窃等あってはならないこと。
正々堂々と勝負なさるしかありません。
国内が二分して壬申の乱のようになることは避けねばならないと思います。
abcdefghij
春日野さん新年明けましておめでとうございます。新年からどうにも皇室にはう~~んとなる事がありまして、新春のめでたい年の始めですから、やはり美しいものを拝見したいものです。

香淳皇后始め、宮妃殿下方が或時期、打掛(お掛けと宮中では呼ばれていたらしいです)を召された事は知っておりましたが、そういう事情もあったのですね。

戦時中は宮中服に唐衣のような羽織を召されていたとの事です。時代の状況で宮中で着るお召しものもさまざま変わるものですね。
春日野
新年明けましておめでとうございます。
新年祝賀の儀(戦前の新年朝賀の儀)が簡略化されるのは戦中の昭和19年、20年と、生存者叙勲が停止された時期に仮宮殿で香淳皇后さまと秩父・高松・三笠三宮妃殿下方が打掛を召されたくらいかと存じます。
新春に相応しく晴れの装いには、ティアラと勲章こそ御召し頂きたかったですね。
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