山高ければ谷深し。
谷に伏せて、時を稼ぎ、体力を回復させつつ思索をめぐらし、慎重に次の出番に備える。
(心配するな。谷深ければ、次の山も高かるべし。「七転び八起」)
これは経済変動において、大きな波の後には深い谷が現れやすいことを指摘していますが、その他の事象にも当てはまることが多いように思います。
昔は、そういった変動のみを捉えて嘆じていましたが、長年を経て、またその次の山谷が来ることを体験し、むしろ次に備えることの大切さを考えるようになりました。
波長の期間が、10年20年単位の長さに及ぶこともありうるわけですが、それをじっと我慢して耐えつつ、次の出番に備えることの必要性やそのことから生じる充実感を味わう体験をしてきました。
すなわち、深い谷に入っても、いつまでもそこに留まるのではなく、時機を見て再び歩み走り出す準備をしてゆくことの必要性と意義を思うようになりました。
令和1年7月20日 土曜日
岡村ゼミナール&CJA日本語学校:岡村寛三郎
谷に伏せて、時を稼ぎ、体力を回復させつつ思索をめぐらし、慎重に次の出番に備える。
(心配するな。谷深ければ、次の山も高かるべし。「七転び八起」)
これは経済変動において、大きな波の後には深い谷が現れやすいことを指摘していますが、その他の事象にも当てはまることが多いように思います。
昔は、そういった変動のみを捉えて嘆じていましたが、長年を経て、またその次の山谷が来ることを体験し、むしろ次に備えることの大切さを考えるようになりました。
波長の期間が、10年20年単位の長さに及ぶこともありうるわけですが、それをじっと我慢して耐えつつ、次の出番に備えることの必要性やそのことから生じる充実感を味わう体験をしてきました。
すなわち、深い谷に入っても、いつまでもそこに留まるのではなく、時機を見て再び歩み走り出す準備をしてゆくことの必要性と意義を思うようになりました。
令和1年7月20日 土曜日
岡村ゼミナール&CJA日本語学校:岡村寛三郎