善を行って失敗し続けたとしてもあなたの尊さはなにも変わらない。しかし悪に身を委ねて富や名声を手に入れれば人は平安から離れてゆく。でも悪に屈しなかった事を理解してもらえない時は穏やかな心ではいられなくなる。『罪を犯したために打ちたたかれて、それを耐え忍んだからといって、何の誉れになるでしょう。けれども、善を行っていて苦しみを受け、それを耐え忍ぶとしたら、それは、神に喜ばれることです』(ペテロの手紙第一2章20節)。 神だけがあなたを正しく裁く事ができる方。だから人から裁かれる事を必要以上に恐れてはならない。結果があなたを幸せにするのではない。大切なのはプロセス。だからあなたには失敗を恐れて善を行う事を止めたりしないでほしい。
本文内容と下記広告は関係ありません。
本文内容と下記広告は関係ありません。