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なるべく低いレベルに持っていきたい。

2021-09-04 | つぶやき

「なるべく低いレベルに持っていきたい。」


なんだろう。このタイトルは。・・・っというわけで!

仕事なり本なり、いろんな場所で、メールとか活字の文章に触れていつも思うこと。


それは。。。


言葉は、なるべく低いレベルに持っていきたい。いや、持っていくべき!ということ。

 

仕事とかでもメール書くことがありますよね。

 

ある時人に言われて気づきましたが、生まれつきなのかなんなのか、言葉のレベルは常に低いレベルに落とすべき、または、ちゃんと身についてない言葉は使わないべき、あと、適度に適当であるべき!という思いが出過ぎて、かなり簡単な文章になっているらしいのです。

 

文章が簡単。と、よく言われるのですw

 

巷ではよく、「ちゃんとしろ!」っていうお叱りの言葉も聞かれますが、その「ちゃんと」が文章の世界では、やりすぎると、全然ちゃんとしていない結果になるというお話です。

そこで、なんとなく思うことを文章にしたいと思うに至りましたのであります。

 

大事なことは、「言葉とは、元々は話し言葉が主体であった」ということ。

 

書き言葉はそれとは別世界で、特に日本語は、歴史的に、この棲み分け感がめちゃくちゃ高い言語であるということ。

縄文時代は文字がなかったっていう説があるけど、ほんとかどーかはさておき、それでも地球は回っていたし、人は生き続けてきたわけなので、全然問題なかったわけであります。

たま~に、人からくるメールを見ていると(特に仕事とかで)人により、メールの文章にとても特色があって、それはそれで見ていてトテーモ楽しいのですが。

数ある特色の中でも、なんか、トテーモ丁寧で、たくさんの文章量があるのに、中身がそうでもないという文章に出会うことがあります。

 

「すごく丁寧な文章だなぁ。
 たくさん文章があるんだけど、読んでも読んでもわからない・・・。」

 

大体、いつも、上記のような感想を抱きますw

申し訳ないけどっ!

 

私もプライベートでは文章量多いって思う。けど、仕事では真逆の精神で、なるべく文章を削って、なるべくビジネスライクな言葉を使うには使うんだけど、専門用語はなるべく少なくして、言葉のレベルを低くする癖がついているみたいなのです。

人により文章に特徴があるのは大好きな傾向。だけど、仕事はプライベートとは違って、いろいろな人が読む、どんな人が読むかもわからない。だから、それに対応できる文章的なテクニックが必要なんだよね。

こういうことは、あんまりしっかりと学校では教わらないから(教わったかもしれないけど、丁寧には教えてくれないよね)だからちょっと思うところを書こうと思います。

 

アフロが!!!アフロごときの軍勢が!!!(軍勢じゃないし!)

 

仕事の場合は、いつによりもまして気を使う必要がありますが、かといって、仕事だからって、専門用語の息吹がすごすぎる言葉が強すぎたり、バカ丁寧すぎて気持ちが悪くなるくらい人を恐縮させちゃうのも、おもてなしがお好きな日本人にとってもそれは逆効果で、あまりよくない傾向なのではないかと、老婆じゃなくても言葉の世界の老婆心みたいなものがムクムクと出てしまうのでありまして。

かといって、そんな私であっても、文豪でもなければ、何とか博士でもないし、評論家でもなければ、なんらかのプロのライターでもない、プロになる気もない文章好きの一般人です。とはいえその昔、出版社に文章を投稿して、最終選考まで残って、出版社が半分出すから自費出版してみませんかって学生時代に言われたことがある、ちょっとアクが強めの一般人かもしれないんですけれど。

それでもよく、仕事にて、電話応対や文章を人に褒められることが多いな~っと感じており、それなりに仕事経験も積んで、ある程度は意識するようになった一般人からしても、仕事やプライベートでのメールの文章っていうのがとてもトテーモ気になる日々でございます。

メールやブログやあれやこれやで、人の文章に触れられること、また、人にお気軽に文章を見てもらえることは、この世の幸せの中でも、ひと際自分にとっては、幸せの極致であります。

 

「本(BOOK)」ってほんとはすごいことです。

 

なにせ、会ったこともない、そればかりかずっと前にお亡くなりになった人が、紙とペンで書いた文章を、そのまま(とはいえ翻訳や活字で若干デフォルメされつつ)触れることができるのだから。

しかも、自分よりずっと頭がよく、感性も素晴らしい人の文章に触れることができるなんて。縄文時代にはなかったことでしょう。

話し言葉が中心となって、その結果として書き言葉があるけれど、その結果、書き言葉がここまで世界中を席巻するようになって(あ、この席巻なんていう言葉もちょっと言葉のレベル高いよね)逆に、書き言葉が、話し言葉に影響を及ぼすようにもなってきました。

「席巻」くらいの言葉のレベルでも、もうちょっとレベルを落とせないかと思ってしまうアフロなので、(あ、アフロっていうのは、ここのブログ主のハンドルネームです)だからこそ、思うことがあるわけです。

言葉のレベルが高いほうが、格調高く感じるし、すごいなって感じます。

けど。


仕事でもそうでなくても、言葉のレベルは落とせるところまで落とし、かつ、気持ちや、伝えたい何かについては、それ以上に伝わるようにするべき!


これが「文章が簡単だね」って言われて久しいわたくしからの、せめてもの思いなのであります。

文章の世界は、紙とペン、スマホ、パソコンとキーボードなんかがあれば、ちょちょいのちょいで出来上がります。

だから一見勘違いしがちですけれど、その文章を生み出しているのは人間です。あなたです。私です。

だから人によって違いがあるのは、それは人がみんな違う人だから、それは個性です。すばらしい違いです。

ここ何行かの上記の文章は、だいたいアフロが意識しなくても身に着けていた、文章のレベルをなるべく落とすところまで落とし、気持ちは最大限に伝えようとして生まれ出た結果であります。

ここ何行かの文章を拡張高く、丁寧に、評論家みたいに書くことはできるかもしれない。

でも、そうしたくない。

そうしたくないのは、なぜだろう?

小学生の時からデジタルで文章を書いてきたけれど、なぜ、今みたいな文章が当たり前の状態になったのかは、自分ですら知る由もありません。

好みです!!!はっきり言って、これは趣味です!!!趣向です!!!

逆に、自分の頭がついていかない文章は、書いていても、なんか、かゆいから。

心がかゆくなってきて、口の中も苦くなってくるから。

なるべく体が心地いい文章を書けば、自然と気持ちも心地よくなるので、その結果こうなりましたとさ。

っというわけで、何一つ、大人な文章が書けなくて久しいアフロですが、気持ちや言いたいことが伝わればそれが一番ウィンウィンでよろしいのではないでしょうか。

何事もウィンウィンがいいなと思います。

ウィンウィンは数ある新しい言葉たちの中でも、比較的すんなりと受け入れることができた、珍しくアフロの心にフィットする外来語由来の新しめの日本語といえましょう。

あまりこういう言葉は使わないけど、ウィンウィンは響きもよく、気持ちも伝わりやすくて好きな言葉です。

言葉的にもウィンウィンしていきたい。

そんな今日この頃、てか、一生です。

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