唐突にか、鳥山明氏、死去、の報道。
特に関係が有った訳でも無いのだが、それでも一つの世界の神が消えた、そう言う感じはまあ、ある。
※「pixAI」にて、タイトルをプロンプトに入力して出力。
少女達の戦いは始まったばかりだ、ってそれはうん。
報道では、死因は急性硬膜下血腫、という事で。頭部に強い衝撃の結果、と言うのが主な原因らしい。亡くなった日は3月1日で…色々、自分も急に「ブログ休止します」的な気分に成った後ではあり、この辺に何かの因果か雰囲気か、そう言うのは思った。前々から病が、という話の無い死因は、やっぱりどうしても、面倒な因果と言うかは考えてしまう。状況的に、少し芦原氏の話題、それは何かを起因しただろうか。
タイミングの問題だ、何だか前に「リマインドシャドウ」をアップロードしたら、”アップローダー事”また、消えてしまっている。状況を創ってる何かの固執は、その犯罪性を無視して残っていてそして、それは今も利いてしまっている様で。そこには現状の視点では理不尽しか感じないが、それ以上に”神”への不信それは、重なっては行く。
”神”で有れば、なんで「こういうモノ」を、そのまま残しているのか?だ。
ただ、果たして鳥山明氏はどっち側だったか?は、まあちょっと思う。
今迄の理解で、「末端の不幸」賤業に従事せねばならない人々の状況それは、独裁者の独裁性そこから、来る。「奴には逆らえない」その手段が無い、中国皇帝のそれの様な、その意識に成る先で…”誰か”は王の無理、その犠牲に成る、訳だが。非常に単純な例では、美しい女性らのアイドルグループ、”それ”を「買う」事は基本的には出来ない話だが、それを「出来る」様にするパワー、そう言うのに夢を見る…部分はまあ、ある。もちろん、正義と言うか、”その”理念の先ではそれは存在しないのだが実際には、韓国アイドルの奴隷契約とか、そう言う話が無い訳じゃ、無い。そして独裁者の存在は、或いはそれを可能にしかねない。
ある種主観で「面白い漫画」として描くネタはしかし、作家の中では具現性を時に、呼び始めたりはする訳だ。
今の、「リマインドシャドウ」それをアップローダー事?消してしまうパワー、それもどっちか?は、まあ謎だ。あの作品は「独裁創作の上限」そう言うニュアンスで創ったモノで、サイズ的にも内容的にも?人口の1%以下の同意、そう言う所を狙っている。この先はオーダーを満たす、形で無ければ具現化し得ない。しかし?それは本人の主観でしか無くつまり、それ以上の影響を見せ始める事が無い、訳じゃないのだった。
ただ、一つの懸念として、”それ”を否定した結果、鳥山明氏自身も否定されてしまった?そう言うのも、思う。
「自由に描きたい」それは、どうしても作家の悲願みたいな物には成ってしまう。鳥山明氏ぐらいに成ったらそれは謙虚かもしれない、自身の主義主張、願い、それは世界が求める理想だ、それを描けずに漫画家を名乗れない、位の?そう言うのは或いは発生する。しかし、人間の視野範囲には限度が有って、その見えない向こうでは、その理想の為に、数多の人々が苦痛を強いられる事には成る訳だ。
ともかく、鳥山明氏が目指すのだ、その時、彼を先生と思う人々が、彼の意向を否定する事は出来たろうか。
或いは、世界を救うつもりで漫画を描いていた人は、何に躓いたのか。
見えない戦いは或いは、何かの理不尽と共に終わったのか…或いは。