あげちうのブロマガ

主観という等価な差異の衝突

それは、あくまでも個人的な趣味、そういうものだ、とは思う。

しかし、それでも執着しちゃう時、そこには何かがあるのかもしれない。

 

色々話題の「機動戦士ガンダム 水星の魔女」、しかし、当初から微妙感があった自分はもちろんか、自分にとってはまた例の「別案」というのはつい、考えては居た。初めの案は「ヴァルブレイブ」あのアニメのリテイク、みたいな感じだった。過去にいろいろあったスレッタの母親は、ひそかに体制への反逆を試みていた。学園コロニーに偽装された兵器開発環境にて開発されていた新型MSを、その学園コロニーごと(ひそかに移動要塞になっていた)強奪、敵対する国家へと亡命を図る、という事態へ。だが母親の思惑と現実との乖離など、紆余曲折を経て学生らはなんとか奔走、両国の休戦協定までこぎつける、と。それはそれで悪くもない?と思っていたが、もちろんか実際には違う方向へ話は進んでいく、そしてあの「やめなさい!」BAN、で、全体の空気は大きく変化する事にはなった、訳だが。

それからまた補正するような感じで考えたのは、「世間知らずのミオリネが、父親の支配から逃れたい一心で独立を目指し挑む先は、しかし荒廃した戦場という現実だった」的な展開。一方スレッタはそれ以前は、「ガンダム」を研究する母親の、その私兵的に傭兵業をしていて、「地球」側では「水星の魔女」と名の知れた存在だったが、彼女は学園生活にあこがれて母親に願い、”学校”に行く事に。そこでミオリネと出会い、ミオリネと共に流されるように「MS販売会社」の一員になってしまい、という感じから、地球圏での現実、停戦合意どころか、戦争そのものを目的にするようなどうしようもない意識に直面するミオリネ、無茶する”それ”を何とか助けるスレッタ、母親の助力もありつつ、みたいな展開の末に、一つの終着には至る、が。結局、ミオリネは父親を否定するどころか「同じ選択」をせざるを得なくなり、スレッタもまた、ミオリネと共にいる限りは学園生活という夢は終わっていく、様な感じで。ともに二人は進んだ先の結末を、語り合う事に。

「・・・そうなんだ、ごめんね?つまんない事に付き合わせちゃって」
「いいんです。私、単に友達が欲しかっただけですから」

・・・じゃあ、二人で二つだね、って感じでオチになる、様な。

「こいつら何で戦ってんの?」というネタが沸いた後には、ちょっと残ってしまうそんな、感じではある。

「ガンダム」というコンテンツは、現状社会的な共有物といえる状態ではあり、その内容は、”そこ”に住む人々にも重い影響が、無いとも限らないコンテンツではある。「価値がある」という状態にならないと、社会は期待する糧を得られない、時。今の内容は、メディアの盛り上がり?はともかく、重い不足のある”それ”なのかも知れない。異様な?絵的コストの投入された本作は果たして、何を目指していたか、それはちょっと暗い混沌の中にはある。

ともかく「祝福」を見た人々の多くは、そのショックから今も立ち直ってはいない、だろう。客の期待からの逆走、ほぼタブーに挑んだような先にあるのは、果たしてではある。

ちらほらと、「ゼビウス」その執着が今も見え隠れする、そんな現状ではある。

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