PEACEFUL

黙るのは美徳ではない。無知無関心がこの国を滅ぼす。

国民の権利没収改憲ムービー 自民党議員連盟 創生「日本」 憲法改正集会 【 自民の本音 】

2019-06-29 08:12:00 | 日記

国民の権利没収改憲ムービー 自民党議員連盟 創生「日本」 憲法改正集会 【 自民の本音 】

 

いや〜、自民党怖いですよ……

これが本音!

国民の権利は自民党によって剥奪されます。


恥知らずはどっちだ

2019-06-27 17:31:07 | 日記


三原じゅん子議員の「安倍首相に感謝こそすれ」演説が物議

自民党・三原じゅん子議員(54)が6月24日の参議院本会議に登壇。自民党と公明党を代表し、安倍晋三首相(64)への問責決議案の反対討論に立った。決議案は反対多数で否決となったが、三原氏の“演説”の異様さにTwitterでは非難の声が殺到している。

問責決議案の趣旨説明として、立憲民主党・福山哲郎幹事長(57)は渦中の「老後資産2,000万円」報告書をめぐる安倍政権の対応について「不誠実極まりない」と非難した。しかし三原氏は「断固反対」と切り出し、こう語った。

「野党の皆さん、はっきり言って、もううんざりです。国民にとって大切な年金を政争の具にしないでいただきたい。高齢者の皆様の、生活への切実な不安をあおらないでいただきたい! 猛省を促します」

三原氏は「野党の皆さんは年金を増やす具体策を持っているのでしょうか?」と発言。さらに民主党政権時を引き合いに出し「かつてマニフェストで華々しくブチ上げた、できもしない最低保障年金。あれは一体、何だったのでしょうか」「はっきり言って無為無策だった」と語った。また安倍政権下で今年の年金支給額がプラスになったといい、こう続けた。

「民主党政権の『負の遺産』の尻拭いをしてきた安倍首相に感謝こそすれ、問責決議案を提出するなど全くの常識はずれ。『愚か者の所業』とのそしりは免れません!野党のみなさん、もう一度改めて申し上げます。恥を知りなさい」

三原氏が「政争の具にするな」という年金問題だが、ここ1カ月国民の関心は高い。19日に開かれた党首討論でも立憲民主党・枝野幸男氏(55)は安倍首相にその姿勢を問いただした。しかし安倍首相が要領を得ない答弁に始終したために枝野氏は「私の問いかけには正面から答えていただけたとは思っていない」と強く批判。さらに「総合合算制度と医療介護の質量ともに賃金の底上げによる充実を勧めていくべきだ」などと提案した。

「年金を政争の具にするな」と語った三原氏。まるで演説のような口ぶりも相まってTwitterでは「三原じゅん子」がトレンド入りし、またこんな声が上がっている。

《国民の大切な年金だからこそ金融庁報告や年金財政検証を踏まえた議論が必要。国民の目から全てを覆い隠す政権が、報告書をなきものとし、年金財政検証公表を選挙後に先送りし、予算委員会の開催要求にも応じない。政争の具としているは野党じゃない》
《年金制度は政府が管理運営してるものですから政治そのもの。その年金制度を「政争の具にするな」と言ったら何を政争の具にすべきなんでしょう。政治に無関心でいて欲しいというのが与党の本音でしょう》

三原氏の「民主党政権の『負の遺産』」という発言にも厳しい声が上がっている。民主党は09年から12年のわずか3年間政権を握ったが、16年に党名は消滅しているためだ。

三原氏と同じく安部首相も民主党政権をしばしば引き合いに出し、「悪夢の民主党政権」と常套句のように形容している。くわえて6月10日の国会で共産党・小池晃氏(59)からの質疑に応じた際にも安倍首相は年金が増額したことに触れ「ちなみに民主党政権下には1回もプラスになってない」と啖呵を切った。思わず小池氏が「民主党じゃないですから、私は」と呆れる場面もあった。

わずか3年のみ政権を握った、すでになくなっている党を引き合いに出し安倍政権を語った三原氏。「安倍首相に感謝こそすれ」とまで話す姿に、こんな声が上がっている。

《自民党っていつまで「あの悪夢のような民主党政権」的なことを言い続けるんですか?政権交代してから何年経ってるか分からない人たちの集団なのかな》
《個人名を挙げて感謝せよとは。自民党は個人崇拝を是認する政党なのですね》

10年8月本誌で、子宮がんをキッカケに「これからの人生は自分のためだけでなく、誰かのためにも生きていきたいと思うようになりました」と政治家転身の決意を語っていた三原氏。しかし15年3月参議院予算委員会で第二次世界大戦中のスローガン“八紘一宇”について「その理念は大事ではないか」と話し、物議を醸したこともあった。いったい、どこを目指しているのか。

(女性自身)


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イヤイヤイヤ、恥を知るべきなのはどっちなんだか。


『政争の具にするなー!』


って、あんた……



年金の話を政治家がしないで誰がやるの?




じゃ、



我々国民が勝手に決めるから、それでいいか?



悪徳金貸し業者なみに年金取り立てしてるくせに、その制度や問題点の話になると、説明を求めるな!と?




国民は黙って金だけ払ってりゃいいんだよ!
受け取る金額にケチつけるな!

お前ら愚民はそんな事知る必要ないんだよ!!



ってか?







なんかのカルト宗教に取り憑かれた危ないオバサンにしか見えません 。


\=͟͟͞͞(꒪ᗜ꒪ ‧̣̥̇)/ こわっ!











普天間返還するなら土地の収奪、金銭的賠償を求める

2019-06-26 22:59:40 | 日記
ハイハイハイ、大変な事を言い出しましたね〜

『普天間基地の辺野古移設、普天間基地返還するなら、土地の収奪に当たる。それなら金銭的賠償を求める』


だって。


誰が言ったか?


米国大統領トランプさんですよ。


えっ?



日米安保破棄?

普天間は返さない?

返すなら金よこせ?





(๑°ㅁ°๑)‼ アラマッ



驚きました!




一番驚いてるのはきっと沖縄の人達でしょう。





これまでの話と全く違いますね〜



『普天間の危険性の除去?』




ฅ(º ロ º ฅ) あらまっ!




どの口がそれを言いますかね?


恥ずかしくないのか?





『普天間基地返還は土地の収奪??』





Σ(  Д )ﻌﻌﻌﻌ⊙ ⊙ あらまっ!




盗人猛々しいとはこの事ですか??





土地泥棒に『返せ!』と言ったら、





『金よこせ!!』と言われましたっ!(笑)






驚きましたね〜






びっくりですね〜





日本政府は火消しに躍起ですね〜……









ということで、



この話題、


見事に







削除されてましたっ!








検索すると〜 ↓↓↓







ฅ(๑⊙д⊙๑)ฅ!! あらまっ!








検索すると〜 ↓↓↓






(๑°⌓°๑) あらまぁ……





『普天間の危険性の除去のため、辺野古移設が唯一!』と、繰り返し印象操作、洗脳活動を行っていたのは、どこの詐欺グループですかね?



いやはや、




恐ろしい世の中です。







震える少女

2019-06-24 13:32:06 | 日記


米兵を前に身を震わせる少女―。米軍が撮影した沖縄戦の記録映像に収められ、沖縄戦を取り上げた映像作品でもたびたび映し出される少女について、浦崎(旧姓・賀数)末子さん(81)=那覇市小禄=が22日までに「これは私だ」と名乗り出た。

 当時、高嶺村大里(現在の糸満市大里)にいたという浦崎さんは本紙の取材に「初めて見るアメリカーの青い目が怖かった」と証言。終戦以来74年ぶりに米兵と遭遇した場所を訪れ、家族4人を失った過酷な戦争体験を振り返った。

 NPO法人「沖縄戦記録フィルム1フィート運動の会」で当時、編集にかかわった元琉球大学非常勤講師の山内榮さんは「映像は沖縄戦の末期に豊見城市以南で撮影されたものとみられる。証言の内容からも撮影された本人である可能性は非常に高い」と指摘した。

 浦崎さんの証言によると、撮影されたのは1945年6月下旬ごろ。高嶺村大里の農道付近で2人組の米兵にカメラを向けられた。当時7歳だった浦崎さんは、15歳上の姉と避難先を探している途中だった。



その直前まで母と姉、弟と4人で同村与座(糸満市与座)にあった実家の墓を避難壕代わりに身を隠していた。だが、米軍の攻撃が激しさを増す中、同様に墓に避難していた隣家が砲弾を受けたのを知り、一家で墓を出た。

 母は弟と、浦崎さんは姉と共に、二手に分かれて行動を取ることに。米兵と遭遇したのは、母と弟の安否を気に掛けて様子を見に戻った姉を待ち、1人でいる時だったという。

 当時の心境について浦崎さんは「アメリカーを見るのは初めてだった。青い目が怖くてぶるぶる震えていた」と振り返った。

戦の恐怖消せない 74年前の足跡たどる

沖縄戦の悲惨さを映像で強烈に印象づけた「震える少女」。74年を経て名乗り出た浦崎末子さん(81)=那覇市小禄=の脳裏には今も、砲弾が飛び交う戦場を逃げ惑ったつらい記憶が刻まれている。

 不安の中で家族と過ごした墓、米兵を目の前にした時の恐怖。浦崎さんは元琉球大学非常勤講師の山内榮さんと共に17日、糸満市与座、大里を回り、当時の足跡をたどった。



 「あんねーる戦(いくさ)でぃ、むるうらんなてぃ(あんな戦争でみんな死んでしまった)」

 浦崎さんは雨にぬれる歩道にたたずみ、つぶやいた。視線の先には映像が撮影されたという道があった。

 家族で身を寄せていた実家の墓から約700メートルの距離を泥まみれになりながら歩き、たどりついた所で米兵と遭遇した。映像の少女は米兵に差し出された水筒に口をつけ、水を飲むようなしぐさを見せていた。浦崎さんによるとビスケットも差し出されたが、いずれも手をつけなかった。



 「アメリカーからもらう物には『毒が入っている』と聞いていた。日本兵が配ったビラにもそう書いていると姉から聞いていたから、何も口にしなかった」

 2005年、戦後60年の節目で放送された沖縄戦に関するテレビ番組を見て映像に気付いた。「自分に似ている」と思ったが、確信は持てなかった。

 2年前、知人が持って来た映像の静止画像を見て鮮明な記憶がよみがえった。着物の柄を見て「自分が着ていたものだ」と思い至ったという。

 映像が撮影された後、越来村(現・沖縄市)にあった米軍の収容所に姉とともに収容された。母と弟にも収容所で再会したが、弟は避難先の自然壕で受けた催涙弾の影響でその後亡くなった。防衛隊に徴集された父と兄、さらには戦時中に受けた傷がもとで姉も亡くした。

 浦崎さんは「弟は病床で『オーオーオー』とうなって死んでいった。戦争は本当に恐ろしい。またんあてーならん(二度と起こしてはいけない)」と声を落とした。

 (安里洋輔)


(琉球新報)


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かなり有名な映像。

ご本人、生きてたんですね。

沖縄戦から70年余たち、戦火をくぐり抜けた方達もどんどん亡くなられて行く中、まだ悲惨な体験を背負い生きてらっしゃる方達もいる。

そういう生き証人がまだおられる中、この国はまた、新たな戦争に巻き込まれそうな雰囲気が漂っている。

ホントに愚かでしかない。


金に目が眩んだ権力者達は、自分らは安全な場所から高みの見物で、真面目な民が右往左往する様を見てあざ笑っている。










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