真夜中に、ふと外を見やると
ちょうど真南に満月が🌕!
ま、まぁスマホで撮れる限界は、ただのまん丸🌕 だけど💦
それでも、
…お月様を観ると、何故か古典の物語を思い出してしまうのは変わらずで…↓
この間は、竹取物語を思い出していたから、
今日は 次の? 伊勢物語と源氏物語へと関心が向かい…
↓井沢元彦氏の歴史観は、とても面白く読めるので↓
その中に出て来た、光源氏のモデルとなった?
源融(みなもとの とおる)が
みちのくに想いを馳せて造ったと言われる、
自然が素敵な庭園に ↓
>源融が陸奥国の塩竃の風景を模して庭園を造営し、尼崎から海水を運んで塩焼き(製塩)を楽しんだ地なのだという。
塩竈町や塩小路通などの地名は、その名残りなのだといわれ、五条通沿いにある本覚寺・上徳寺も邸跡とされる。
藻塩を作る、塩竈も造っていたと言う話を読んで、
昔々の京都の人たちにも、
東北(みちのく)は憧れの地だったことにも感激し☺️
(私自身は、まだ訪れたことが無いのだけど御先祖様の故郷なので憧れている)
でも、それにしても。
庭園を造って、そこに海水を引き込んで来て!
そんなにしてまで塩竈を設置した想いの強さ。
この時代、ちょうど 貞観 と言う年号の時に、
大地震と大津波が あったのですよね…
>貞観地震(じょうがんじしん)は、平安時代前期の貞観11年5月26日(ユリウス暦869年7月9日[3]、グレゴリオ暦7月13日)に、日本の陸奥国東方沖(日本海溝付近)の海底を震源域として発生したと推定されている、大規模な津波を伴った巨大地震である
源融
が赴任し終えた年??
>
それで、
もう観ることの出来なくなった風景を再現したい! …と思ったのかなぁ。。。
なんて、想像ですが………
はるか千年以上も昔の人々の想いも、
今だって消えた風景を懐かしむ想いは、
昔も今も、同じなんじゃないかなぁ。。。
と、つい つらつらと連想してしまいました。。。
…連想ついでに…藻塩と言えば…
この間、しまなみ海道を渡って
来島海峡サービスエリアに入った時の
藻塩炙りチャーシューの乗ったラーメン、美味しかったんですヨ😊
他にも美味しそうなメニューが
とても豊富にありましたよ!
↑ サービスエリアの案内が、丁寧に説明があって分かりやすいです。↑