実家の父も、嫁ぎ先の義父も既に想い出の中
だけど、
今でも私の記憶の中では、
しっかり存在感は、あるのだと気づく。
。。。。。
偶然にも? 両方とも
如何にも真面目で働き者の昭和の労働者
…だったと思う。
昭和の父 と言えば、
台所の仕事など、まるでダメ? のように
よく言われるけど、
普段は そんな感じでも、
時たま、腕を奮う? 場面もあったのを覚えている。
実家の父は、日本海の沿岸で生まれ育ったからか、
海産物が好きで
上京して下町の住人になっても
大晦日になると自ら築地の市場まで行って
新鮮な刺身やカニやタコなど
自分の好物は自分が選んで海産物を調達してきたり、
特に記憶に残っているのは…
夏に 生きたウナギを台所で自分で捌いていた。
あの頃は、まだ天然のウナギも庶民の手に入り安かった時代だったのかな?
嫁ぎ先の義父は 畑仕事が好きで、
家族に必要な量を超えて野菜が収穫出来て、
近所や親類に配るのと送るのと…
(残った不揃いの野菜を、食べれる部分だけ選り分けて毎日の食卓の献立に入れるのが主婦の仕事だった)
その当時は、それが辛くて
スーパーで売ってる綺麗な野菜(だけ)を料理したい😭
たまには外食もしたい😭
(義父は自分で作った野菜しか食べないので、毎日毎食の料理するのが必須だった😣)
…なんて思ったりしたけど、
今 思えば
たっぷり使える美味しい野菜がある。なんて、
とても贅沢な環境に暮らしていた? とも思える。
(今だから、そう思える心の余裕があるのか😅)
さてさて、
今日、書きたかったことは。
父 とか 母 とか ?
それは
そう言う要素? は
ニンゲン(いや、人間以外の生き物も?)
誰の心の中にも 有る とおもう、、
『母性』とは、小さくて弱い存在を見たら守りたくなる気持ち?
では
『父性』とは?
その、{小さくて弱い存在を守っている母性をも含めて全体を}
より大きな危機から守ろうとする
『大きな意志』 …かなぁ? と思う。。。
。。。。。
↑(折り鶴の塔 … のずっと向こうに原爆ドームが…)
追記↓
(コロナ禍が過ぎて、観光客も増えたかな? )
。。。。。
だから、時と場合によって、
誰でも、この 『母性』と『父性』とが
自然に湧き上がってくる のじゃ ないか?
。。。
↑ (やっと全体が撮れた! エディオン・ピースウイング広島 ⚽️ )↑
追記↓
この間、やっとやっと!
サッカー専用スタジアムで国際試合も出来たし、良かったね!
追記↓
広島のサッカースタジアム構想 - Wikipedia
……… ………
覚えてるよ、Jリーグでサンフレッチェが3回優勝したら専用スタジアムを作ると(広島市が?県が?)約束してたのに、実際に3回優勝した時に、なんだかんだ揉めて場所が決まらなかった経緯を。
ここまでの道のり長かったね☘️
……… 💦
言ってることが 支離滅裂に なりそうな 😅
やっぱり ひとりごと でした。。。
…私は子供だったけど上の姉達も下戸だし男の子いなかったし婿さんが出来た時には、父は空の上の人だったし………実家の父が生きている間に、息子や孫達と酒を酌み交わす…という愉しみをプレゼントしてあげれなかったなぁ… ……… …
アナタ、恵まれてるんですヨ? 自分の息子達と晩酌出来て…
なんて、もう片方の「義父」の息子である「おとーさん」を眺めつつ想う。。。
↑ コチラは、
ごく狭い領域の、ひとりごと 💦
言の葉つづり2
ふっと浮かんだ言の葉を、感性の 趣くままに
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