週末ですな。
不況ゆえゼネコン関係も結構暇なようである。
ゼネコン関係の兄が突然の訪問。仕事帰りだそうだ。
週に4日は休みがあると嘆いていたが、逆に言うと週に3日も仕事をすればとりあえず食っていける世界がゼネコンだという見方も出来るわけで。
私のような電子業界は夜中まで働いて、朝早くおきて仕事しても明日の米代の心配をしなければいけない。
単価の違う世界ゆえ、兄の世界観など私が心配する必要が全くないのである。
兄は娘に32型の薄型テレビを取られたと嘆き、42型の薄型テレビを買ったそうだ。
私は夜の9時にもなればテレビは消えていて、クラシック三昧の日々。
よほど世間の戯言に疲れているのか言葉のない世界、音の世界に浸っているほうが心がリフレッシュする日々なのだ。
クラッシクの世界も人間の坩堝であったことは間違いないようですな。
クラッシクをかじっていれば普通の話も一般人には新鮮な話が沢山ある。
ドヴォルザークが汽車オタクで自分の曲全部と汽車を交換しても良いと言ったとか、毎日汽車に乗るドヴォルザークは絶対音感を駆使して、今日の列車の音がおかしいと車掌に報告したら大変な欠陥が見つかり、事前に事故を防いだとか。
ベートーベンの「エリーゼのために」って曲はベートーベンが愛した女性、「エリーゼ」に送ったのではなく、プロポーズした「テレーゼ」って女性に贈った曲だったなんて話はクラッシク三昧の日々になるまでは全く知らなかった。
でもこの話も本当なんだか嘘なんだか・・・
テレーゼって女性にプロポーズをしたのは本当なんだろうけど、好きな女性の名前を書き間違えるかね。
普通間違えないよな。好きな女の子に思いを馳せて作った曲をのタイトルを。
ベルフラワー。蘭を飲み込んでしまうほど巨大化してしまった。
これでたったの二株だよ。
ベートーベンなりに照れ隠しがあって、わざとテレーゼをエリーゼに置き換えて残したとするのなら、ベートーベンなりの謙虚さが男同士としてはよく分かるのである。
彼の純情な一面をクラッシクの音の向こうに想像して見たりする時間は意外と楽しいのです。
不況ゆえゼネコン関係も結構暇なようである。
ゼネコン関係の兄が突然の訪問。仕事帰りだそうだ。
週に4日は休みがあると嘆いていたが、逆に言うと週に3日も仕事をすればとりあえず食っていける世界がゼネコンだという見方も出来るわけで。
私のような電子業界は夜中まで働いて、朝早くおきて仕事しても明日の米代の心配をしなければいけない。
単価の違う世界ゆえ、兄の世界観など私が心配する必要が全くないのである。
兄は娘に32型の薄型テレビを取られたと嘆き、42型の薄型テレビを買ったそうだ。
私は夜の9時にもなればテレビは消えていて、クラシック三昧の日々。
よほど世間の戯言に疲れているのか言葉のない世界、音の世界に浸っているほうが心がリフレッシュする日々なのだ。
クラッシクの世界も人間の坩堝であったことは間違いないようですな。
クラッシクをかじっていれば普通の話も一般人には新鮮な話が沢山ある。
ドヴォルザークが汽車オタクで自分の曲全部と汽車を交換しても良いと言ったとか、毎日汽車に乗るドヴォルザークは絶対音感を駆使して、今日の列車の音がおかしいと車掌に報告したら大変な欠陥が見つかり、事前に事故を防いだとか。
ベートーベンの「エリーゼのために」って曲はベートーベンが愛した女性、「エリーゼ」に送ったのではなく、プロポーズした「テレーゼ」って女性に贈った曲だったなんて話はクラッシク三昧の日々になるまでは全く知らなかった。
でもこの話も本当なんだか嘘なんだか・・・
テレーゼって女性にプロポーズをしたのは本当なんだろうけど、好きな女性の名前を書き間違えるかね。
普通間違えないよな。好きな女の子に思いを馳せて作った曲をのタイトルを。
ベルフラワー。蘭を飲み込んでしまうほど巨大化してしまった。
これでたったの二株だよ。
ベートーベンなりに照れ隠しがあって、わざとテレーゼをエリーゼに置き換えて残したとするのなら、ベートーベンなりの謙虚さが男同士としてはよく分かるのである。
彼の純情な一面をクラッシクの音の向こうに想像して見たりする時間は意外と楽しいのです。
ドボルザークが鉄道オタクだったなんて…。そして、さすがに音のちがいで故障まで見つけるなんて
最近はリハビリ用のギターも弾いていませんよ。調弦してもすぐにずれるし、音が分からない今日この頃です。