あぽまに@らんだむ

日記とか感想とか二次創作とか。

朝の食卓は賑やかに(SQ)

2007年12月18日 | 世界樹の迷宮関連


















<朝の食卓は賑やかに>



シャスはカウンターの脚の長い背高椅子によじ登ると、ほっと息を吐き、子供のように脚をぷらぷらと揺らした。
此処は彼等が拠点としている宿兼酒場である。
世界樹の迷宮のある街、このエトリアで有名になりつつある冒険者ギルド「アシュトレイ」のメンバー殆んどがこの宿で生活している。
メンバーの数人は街の住人に信頼を得ていたので、街に部屋を借りたり、街の住人と恋仲になり同棲したりしている。
シャスは一階に酒場があり、二階から三階が宿泊施設になっているこの大きな宿が好きだった。
店の主人はメイファという初老の男で、柔らかい発音の名前とは裏腹に大柄で、その髪の色から銀の熊を想像させた。
メイファは寡黙で実直な性格の為、アシュトレイのギルドマスター「エドヴァルド」は彼に充分な信頼を寄せている。
宿は24時間開いているので、一階の酒場では朝食も早くから出している。
しかし、夜が明けたばかりで朝早い為、カウンターに座るシャス以外に客の姿はない。
ギルドメンバーは皆朝起きてくるが遅い。
朝の鍛錬を行っている戦士系の者以外、朝日が照り気温が高くなってからしか起きて来ないのだ。
メイファが焼いてくれたホコホコのスクランブルエッグとカリカリのベーコンを見て、シャスは頬を上気させた。
昨日は世界樹の迷宮から帰るなりシャワーを浴びただけで倒れ込むように寝てしまった。
シャスも普段は朝が弱い為、ケフト施薬院に行く時間まで寝ている場合が多い。今朝は恥かしい事に自分のお腹の音で目が醒めたのだ。
空腹に耐え切れず起き出してきたシャスにメイファは予め知っていたかのように、焼き立ての料理を出してくれたのだ。
釜の余熱で温めていた香ばしいパンを、住み込みウェイターのキルが持って来る。
キルは街でも評判の美男子で老若男女から人気がある。背が高くすらりとしているが、しっかり筋肉も付いており、切れ長の大きな目は綺麗な金色をしていて、肩に掛からない程度のさらさらの銀髪をしている。
その為、一見しなやかな猫科の肉食獣のようだ。
しかしそんな容姿をしているにも関わらず面倒見が良く、気取らない性格をしている為、シャスは兄のように慕っていた。

「シャス、メイファの焼いた白硬焼きパンだぞ」

キルが拳程のパンを二個、皿に乗せてくれる。
シャスはキルに礼を言い、メイファに「戴きます」と一礼した。すると、カウンターから野菜サラダと温めたミルクが出される。
成長期にも関わらず細いシャスを心配して、メイファは栄養のバランスの取れた食事をいつも出してくれた。
メイファには娘は居ないが、居たらかなりの過保護になっていただろう。
宿泊者皆が好きな白硬焼きパンを取り、嬉しそうに頬張るシャスを二人の男が優しく見守る。
シャスがエトリアに来て既に数ヶ月。奥手ながら懸命に生きるシャスを皆が愛した。
メイファもキルも既にシャスを娘のように思っている。それ程にシャスは純粋で傍にいると温かな気持ちになるのだ。

「シャス、最近昼飯ちゃんと食べてるか?また痩せたんじゃないか?」

キルが隣でカウンターに凭れ話し掛けてくる。
シャスは料理を頬張りながら、「ちゃんと食べてますよぉ!」と二個目のパンを手に取った。
メイファはデザートの林檎を剥きながら、耳を傾けている。キルは続けた。

「い~や、絶対痩せた。手首なんかこんなに細くなって!裏庭のニワトリの脚の方がよっぽど太いぞ!」

指差された自分の手首を見詰めながらもシャスの口許は引っ切り無しに動いている。
メイファは無言でプチトマトと茹でブロッコリーをシャスの皿に追加した。其処で階段を降りて来た音がした。
酒場に現れた人物を見てメイファとキルは一瞬眉を潜める。
しかしサービス業のプロである二人はすぐに表情を変え、その相手には気付かれなかった。
窓から差し込む朝日を浴びて、男は目を細めた。

「あ、リュシィ。おはよ~」

バターを頬に付けたまま、にっこり笑うシャスに、金髪のアルケミスト「リュサイア」は曖昧に頷いた。
アシュトレイの中で、二人の仲が急接近中だという噂があり、メイファとキルは気に喰わないのだ。
リュサイアは偏屈や変わり者の多いアルケミストの中では、まともな方だ。
異常な程無口な位だが、必要な質問にはちゃんと答えてくれる。
それは何かと面倒見のいい彼の双子の兄でパラディンの「リュシロイ」の教育の賜物なのだが、パーティメンバーは彼が他の誰より優しいからという事を知っている。
メイファとキルもシャスの恋の相手が誰であろうと気に喰わなかったが、付き合いの長い二人もリュサイアの優しい性格を知っているから正面から反対出来ないのだ。
逆にパーティメンバー以外、人から敬遠される事の多いリュサイアのいい処をすぐに理解してくれたシャスに感謝したい位なのだが、シャスも目に入れても痛くない位可愛いのだ。二人の葛藤は凄まじかった。
他に客もいない為、自然とシャスの横の席に着いたリュサイアには、野菜メインの皿が乗せられる。
パンは柔らかい麦パンで卵サンドになっている。飲み物はオレンジジュースと冷たいミルクがグラスで並べられる。
リュサイアは軽く会釈して手を合わせると無言のまま食事を採り始めた。

「リュシィ、キルったら私が痩せたって言うのよ」

リュサイアは顔を上げた。卵サンドを頬張りながら、シャスの肩とその向こうのキルの顔を見る。
シャスは一般の女の子と同じように、男の子は皆痩せた女の子の方が好きだと思い込んでいた。
元々小柄で太る体質ではないシャスにダイエットは不要なのだが、スタミナの要る冒険者は、寧ろもっと栄養を付けないといけない。
しかし、年頃の女の子にもっと食べろとか太れとか言っても無駄な事はメイファもキルも分かっていた。
元々大食いなシャスはお腹の好き具合から後二人分は食べられそうな勢いなのだが、既にフォークを置いてしまっていた。
ホットミルクをちびちび飲みながら頬を染めている。
リュサイアはシャスが美味しそうに物を食べる処が好きだった。食べ物が喜んでいるような気さえしてくる。
しかしある日を境にシャスは少しずつ食べる量を減らしていった。リュサイアには理由は分からない。
しかしメイファとキルがシャスを心配しているのは明らかだった。剥いた林檎も半分程残して包んで貰おうとしている。
リュサイアは何も考えず自然と思った事を口に出した。その台詞にメイファもキルも呆けてしまう。

「少し太っている子の方が健康的でいいと思う」

爪楊枝で林檎を口に運んでいたシャスは、ぽろりと「うさちゃん林檎」をテーブルに落としてしまう。
黙々と食事を続けているリュサイアを穴が開く程暫く凝視していたが、次第に口が「へ」の字に変わっていく。
そして笹の葉に残りの林檎を包んでいたメイファの元から林檎を奪うとぱくぱくと平らげていく。
そして横で茫然としていたキルに向き直ると言い放った。

「キル!お昼用の白硬焼きパン五つ分、サンドイッチにしておいて!」

最近は一個しか頼まなかったのが来た当時と同じ個数に戻っている。
リュサイアは冷たいミルクを一気に飲み干すと、こっそりキルを見た。
その目は全てを知る目。
キルは理解する。
人の心に敏感なリュサイアだからこそ、二人の気持ちを汲み、自然とシャスに意見したのであろう。

「健康的…かぁ…」

棒切れのように細い自らの腕を見詰め小さく溜息を吐くシャスにメイファもキルも微笑み掛ける。
朝の鍛錬から戻って来たリュシロイやアディール達が酒場に入って来て、一気に騒がしくなっていく中、二人は微苦笑した。
悔しいが、シャスの相手としてリュサイアを認めるしかない。
メイファは十個分のグレープフルーツを絞ったジュースをリュサイアにジョッキで出す。
目をシロクロさせているアルケミストに「奢りだ」と挑戦的に笑い掛ける。
「おやっさん、大人気ないよ…」とキルが肩を竦める。シャスは「いいなぁ」と横で笑っている。
朝日は、生ける者全てにその温もりを与え、皆に輝き続けている。今日もエトリアはいい天気だ。



<了>
















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