かなりうろ覚えですが、幼稚園児の時に母にこんな絵本を読んでもらったのを覚えています。
百姓をしていた権兵衛さん大手柄をしてお殿様に褒美をもらうことになった。
蔵から好きなものを持てるだけ持って行けというのを断って、そのかわり毎日少しずつのお米だか金子だかを貰いたいと申し出た。
お殿様はそんなものでいいのかと驚いたが、望みどおりにしてやることにした。
しかし月日過ぎると些細な褒美も塵も積もれば山となりついに権兵衛さんは大金持ちになった。
例えば野球のバッターでいえば打率3割あれば一流選手で打率2割5分だと一軍落ちを危ぶまれる成績です。
その差はわずか5%に過ぎませんが、それが決定的な差なのです。
もちろん、これ自体がアマチュアをはるかに超越したプロ同士での話です。
しかしながら、決定的な質的な差を生み出すのは実はこのくらいの僅かな差だったりすることって結構あるんじゃないでしょうか。
我々は視界に入るもののわずか5%しか実際には認識していないそうです。
他の95%にはどんな可能性が隠れているのでしょう?
それなのに5%しか見せないようにしているのは、我々自身の勝手な思い込みに過ぎません。
我々は一日のうち、せいぜい18時間くらいしか起きていませんが、その起きている時も半分くらいは何もしていない時間なのだそうです。
結構気づかずにぼ~っとしてるみたいですが、そのうちのほんの少しだけでも何か有益な事に使えないでしょうか?
怪しい自己啓発でもあるまいし、思ってみたところですぐに何かが変わるほど世の中甘くありませんし、そんなオカルトありえません。
でも、変化はそれを望んだ人にしか訪れないのもまた事実です。