放牛石仏(地蔵)41・102・40・97体目
2021/11/24(水) 曇/晴
今日は、正午まで家周りの事をしていたが、気温も暖かくなったので午後0時半からポタリングに出る。
目的地は、放牛石仏(地蔵)41・102・84・40・97体目の予定で出かける。
先ず河内町岳の放牛石仏(地蔵)41体目のリベンジ探訪とする。
放牛石仏(地蔵)41体目(写真1参照)は、旧道沿いの2面を石垣に囲われた民地の隅に鎮座していた。
小堂には石塔と傘石(写真2参照)がある。標柱には「南無大悲観世音菩薩」とある。
放牛石仏(地蔵)41体目(写真3参照)とあるが、石塔が41体目のものか?
41体目を後にして、東門寺の放牛石仏(地蔵)102体目(写真4・5参照)に移動する。
県道101から県道332に入ると土手左上の墓所の中に鎮座する。
祠の前には、マユミの木が見事に真紅に紅葉(写真6・7参照)している。
放牛石仏(地蔵)102体目を後にし、84体目を拝して、大多尾の放牛石仏(地蔵)40体目に移動する。
放牛石仏(地蔵)40体目(写真10参照)は、御堂の横に鎮座する。
放牛石仏(地蔵)40体目は、ピンク色の凝灰岩製の祠(写真11参照)に鎮座する。馬門石製か?
84体目を後にして、出羽(いずるは)の集落を抜けて黒石の集落に移動する。
放牛石仏(地蔵)97体目(写真12参照)は、集落中央の道左側に鎮座する。公民館が道下右側にある。
放牛石仏(地蔵)97体目(写真13・14参照)は、右に傾き台座からずれている。
熊本地震の影響か?
現在時刻16時、ここを最後に帰途に就く。
放牛石仏(地蔵)35体目が南阿蘇村に、98体目が山都町鎮座しているようだが、容易には行けそうにないので、今日の探訪で放牛石仏シリーズを一段落としたい。
17時前帰宅。今日も無事だったことを天に感謝する。
熊本(自宅)18km→野出84体目20km→熊本(自宅)
所要時間5.5時間(実4.5時間) 総計38km 走行累計44,090km
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自転車で探訪した史跡・文化財等の記録です。一部山行の記録もあります。
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