
森アーツセンターギャラリーで開催中の「マリー・アントワネット展」に行ってきた。
↓ 日比谷線六本木駅で降り、六本木ヒルズを目指す。ヒルズ内には早くもクリスマス・ツリーが飾られていた。
↓ 通路には大きな看板が…。
↓ 前売り券を持っていたので即入場できるかなと思ったら、本券引き替えブースに並び、正式な券と換えなければならない。このチケットを得てようやく高速エレベーターに乗り、52階のアーツセンターギャラリーへ。
↓ 入口には大きなアントワネットの肖像画が掲げられている。
今回の展示品は全部で196点。(会場で配布されるチラシには197点とあるが、アントワネットとルイ17世の頭髪を納めたメダイヨンは展示しなくなったので196点となる。)そのうち141点がヴェルサイユ宮殿美術館から出展されている。国王一家がヴェルサイユ宮殿を追われてからの資料は、宮殿以外の所蔵品が多い。展示は誕生から処刑まで13のテーマによって区切られている。ちなみに13のテーマとは次のとおり。入口で音声ガイドを借りることもできる。約30分の内容で600円。
1 ウィーンからヴェルサイユへ、皇女から王太子妃へ
2 王家の結婚
3 即位…王妃マリー・アントワネット
4 マリー・アントワネットと子どもたち
5 ファッションの女王としてのマリー・アントワネット
6 王妃に仕えた家具調度品作家たち
7 再現された王妃のプチ・アパルトマン
8 マリー・アントワネットのセーヴル磁器の食器セット
9 王妃の私的な離宮:トリアノン
10 首飾り事件
11 革命の動乱の中の王妃
12 牢獄から死刑台へ
13 殉死した王妃への崇拝
13番目の「殉死した~」のタイトルにはっとした。どなたが考えたのだろう?アントワネットの死を「殉死」と捉える…自分がこういう見方をしたことは、これまで一度もなかった。ちなみに英語版のチラシには"The Proud Queen, Adored"とあり、殉死を意味する単語は用いられていない。展示会場は作品保護に関する所蔵先との貸出条件にのっとり、照明を落としているコーナーもある。
1 ウィーンからヴェルサイユへ
このコーナーには、ウィーンを起点として終点ヴェルサイユまで、アントワネットの御輿入れのルートが書き込まれた地図が展示されている。またマリア・テレジアに子どもが生まれるたび描き加えていった皇帝一家の肖像画、18世紀ハプスブルク家およびブルボン家のメインキャストたちの肖像画、両家の家系図(アルトワ伯の肖像画が、左右反転していた)、スペシャルゲスト?としてプロイセンのフリードリッヒ2世、ロシアのエカテリーナ2世の肖像画も飾られている。
↓ マリア・テレジアのドレスのレースがとても繊細で美しい。
↓ 今回出展されたウィーン時代のアントワネットの肖像画はこれ。チェンバロを弾く姿。楽譜もきちんと描かれていて、譜面を読める人なら、なんとなく曲の感じがわかるのでは?この髪型はアントワネットがウィーンを発つ直前の頃のものとか。ドレスのデザインが、フランス時代のものと比べ地味で垢抜けない。(「ユ○クロ愛用のあなたに言われたくないわ!」と怒られそう。)
↓ ブルボン家の人々の肖像画に混ざって、なぜかこの方も登場。「フローラに扮したデュ・バリー夫人」。この絵の斜め向かいに、彼女を毛嫌いしていたルイ15世の娘たちマダム・アデライド、マダム・ヴィクトワールの肖像画が飾られており、21世紀の日本に来てまでも、父親の愛妾に睨みをきかせている。
読んでくださり、どうもありがとうございます。
いつも楽しく読ませていただいてます
ゲストの肖像画 フリードリヒ二世って・・・プロシャ王ですね
モーツァルトが彼からの依頼で弦楽四重奏曲を書いています
通称「プロシャ王セット」と呼ばれている3つのカルテット
「プロイセン王のために」・・・
チェロを弾く王様のために作った曲で
チェロが目立つように作られているようです
王様の腕前・・・どんなもんだったのでしょうね???
毎度のことながらピンポイントで反応しました
>通称「プロシャ王セット」と呼ばれている3つのカルテット「プロイセン王のために
さっそく動画サイトで検索し、聞かせていただきました。弦楽器が主役で、自由闊達に演奏していますね。wikiで調べたら、フリードリッヒ2世は、ドイツ・フルートと呼ばれる横型フルートを好んだということです。しかも作曲もされたとか!多彩な方だったのですね。(中野京子さんの本によれば、彼は女性に興味がなかったそうです。)
アントワネットは、貧しくても才能豊かなモーツァルトを、ベルサイユ宮廷に招こうとはしなかったのでしょうか?
モーツアルトがパリへ行ったのは 就職活動でした
ベルサイユのオルガニストに・・・と誘われたらしいですが、より収入の良い楽長じゃなきゃやだ!と断ったらしいです・・・大好きなアロイジアが恋しかったのかも(振られちゃうのにね)
でもアントワネットに誘われたのなら就職していたかもしれません
シンフォニー31番も「ベルサイユ」になっていたかも
あふれるほどの才能はあっても 世渡りは苦手だったようです
『マリー・アントワネット展』私も昨日観てきました。
と言っても、元々他の用件で上京する予定のところに、無理やり関東の大学に通う娘とのランチと『マリー・アントワネット展』を入れ込んだので、いかんせん時間が無くて・・・ しかも、日曜日のお昼過ぎという事もあって、大変な混みようでしたし・・
音声ガイドも無しで、かなり端折って人の頭越しにサーっと観る展示品も数知れず・・・
展覧会そのものにではなく、 私のいい加減なスケジュールに、物凄く後悔している状態です。
展示品の数も多く、今まで何度か開催されているマリー・アントワネット展に比べても見応えのあるものだったと思うだけにとても残念。
。・°°・(>_<)・°°・。
こうして、とても丁寧に説明して下さるりら様のブログが、本当にありがたいです。
アントワネットとエリザベトが手掛けた絨毯が、想像していたよりも遥かに大きくて、アントワネットの悲しみがより一層強く伝わってくる気がして・・・胸が締め付けられる思いでした。
2月までには、おそらく上京する機会はないと思うので、もう一度、じっくりと鑑賞することは叶わないと思いますが、 りら様のブログを拝見しながら、自分の記憶を掘り起こして、もう一度『マリー・アントワネット展』を楽しみたいと思います。
りら様のブログは、私にとって、興味深いエピソード満載の歴史の資料集の如き存在♡♡♡
いつもいつも、感謝でいっぱいです。
マイエルリンク
>より収入の良い楽長じゃなきゃやだ!と断ったらしいです
モーツァルトは、なかなか一筋縄ではいかない人物のようですね。彼のような人には、有能なマネージャーがそばにいて、上手に営業活動をして良い仕事を取ってくるような環境があったなら、存音楽活動だけに集中できたかもしれないのに。お父さまもそれなりに頑張っていましたが…。
>シンフォニー31番も「ベルサイユ」になっていたかも
これは別名「パリ」と呼ばれているのですね。
>あふれるほどの才能はあっても 世渡りは苦手だったようです
いつの時代にも、こういう人っていますね。でもそこがまた魅力だったりするわけで。彼のことを放っておけない女性(コンスタンツェでなく)が現れ、有能な秘書的役割を果たしてくれたら、どうなっていたでしょう?
> しかも、日曜日のお昼過ぎという事もあって、大変な混みようでしたし・・
その状況、よくわかります。入場してもなかなか列が動かず、立ったままずっと待つ状態が続きました。
>かなり端折って人の頭越しにサーっと観る展示品も数知れず
時間に余裕がないと、一つ一つ丁寧に見るのは不可能ですね。照明が暗くて、すぐそばまで行かないと、解説が読めない作品もかなりありました。
>展示品の数も多く、今まで何度か開催されているマリー・アントワネット展に比べても見応えのあるものだったと思うだけにとても残念。
同感です。これだけの展示品をヴェルサイユ美術館は、よく4ヶ月も貸し出しに応じてくれたものだなあと感心します。王妃のプチ・アパルトマンの再現など、これまでにない展示も新鮮でした。
>アントワネットとエリザベトが手掛けた絨毯が、想像していたよりも遥かに大きくて、アントワネットの悲しみがより一層強く伝わってくる気がして・・・胸が締め付けられる思いでした。
中野京子さんの解説によれば、あの絨毯を2人だけですべて創り上げたのでなく、手掛けたのはおそらくどこか角の一部だろうとのことです。けれど刺繍をしている時だけは、しばし現実の苦しみを忘れることができたのではないでしょうか?あの絨毯の模様をマスキングテープにして販売していましたね。
>自分の記憶を掘り起こして、もう一度『マリー・アントワネット展』を楽しみたいと思います。
手元の資料をもとに、見てきたものを振り返りブログに書き残しておくことは備忘録となり、あとで振り返った時「あぁ、あの時、こんなものを見て来たんだな。」と、懐かしい思い出になって蘇ります。旅行と同じで行く前、旅行中、そして旅行後も旅の余韻に浸っている感じです。のんびりと書き綴っていきますので、お付き合いいただけたら嬉しいです。今回の展示品もまだまだ未知のものが多くて、十分理解できていないのですが、少しずつ振り返ってあれこれ書いていきますね。