Vばら 

ある少女漫画を元に、エッセーと創作を書きました。原作者様および出版社とは一切関係はありません。

ミュージカル「マリー・アントワネット」観劇

2018-10-21 14:28:25 | つぶやき

 10月8日から11月25日まで、東京の帝国劇場で公演中の新演出版 ミュージカル「マリー・アントワネット」を観劇。

 作詞・作曲は「エリザベート」や「モーツァルト!」などの名作を手掛けたミヒャエル・クンツェ&シルヴェスター・リーヴァイのコンビ。日本初演は2006年。12年前の初演を見ているが、その時はそれほど面白いと思わなかった。今回は「新演出版」ということで、外国人の演出家を招聘し脚本も初演のものをずいぶん手直しし、むしろ新作と言ってもいいほど別の作品に生まれ変わった感じがした。初演には登場しなかった髪結師レオナールと、ドレスデザイナーのローズ・ベルタンが、狂言回し的な役割を果たしているのが面白かった。

↓  私が見た日のキャスト

↓  帝劇正面玄関の特大パネル 敢えてセピア色の写真にしたのには、何かわけでも?

↓  ロビー天井から吊るされたメインキャストの写真

 結論から言うと…新演出版は面白かった。劇画「ベルばら」同様、実在の人物と架空の人物をうまく組み合わせ、そこに歴史上の出来事を織り込み物語が展開していく。2人のM.A.(マリー・アントワネットとマルグリット・アルノー)の、確執から相互理解への変遷が主な内容。脚本の手直しは正解だった。第1部では、アントワネット処刑後、彼女との思い出を振り返るフェルゼンの回想からスタート。手短にアントワネットのお輿入れをシルエットで見せたら、舞台は一気に1784年に移る。民衆は飢えているのに、宮殿では華やかな舞踏会が夜毎繰り広げられる。アントワネットや貴族女性のドレスは前後が短く、横に広い当時のスタイルを忠実に再現。またプチ・トリアノンや王妃の農場で、現実から遠ざかった生活を送る場面ではつばの広い麦わら帽子を被り、有名なシュミーズドレスを着用。舞台衣装を見ているだけでも、華やかな気分になる。しかし民衆たちは大人しく黙ってはいない。マルグリットは「贅沢な生活を送る貴族たちを、王族たちを決して許さない」と歌う。小柄な昆さんのどこにあれだけの歌唱力が秘められているのか!パワフルな歌声に聴きほれる。アントワネット役の笹本さんは、おっとりとそれでいて芯のある王妃を好演。そこへロアン大司教が登場し、マルグリットも加わり有名な「首飾り事件」が起こる。アントワネットは潔白なのだが、オルレアン公らによる民衆への扇動の影響で、誰も彼女の言うことを信じない。むしろロアン大司教への同情が集まり、アントワネットの形勢が悪くなる。

 第2部は1789年以後。女たちによるヴェルサイユ行進、チュイルリー宮殿での国王一家の幽閉生活、ヴァレンヌ逃亡、最終裁判を経てギロチン台に上るまでを描く。革命の意義を問い続けるうち、やがて疑問を感じ始めるマルグリット。革命を謳い民衆の味方を表明ながら、実は自分が次期国王になることを夢見ていたオルレアン公。どんなひどい尋問を受けても、最後まで誇りを失わなかったアントワネット。決して明るい結末ではないけれど、見ごたえのある良い作品だった。全体を通してフェルゼンとアントワネットとの悲恋を美しくロマンチックに描くよりも、むしろフェルゼンはとても冷静に当時のフランス社会を見ており、アントワネットにも自分の置かれている立場をわきまえて行動するよう求めている台詞が多かった。

 軽いミュージカルではないので、興行的にはどうなのだろう?「1789」のようなアクロバティックなダンスはないし、若手イケメン男優は古川さんだけなので、女性リピート客を呼ぶのは少々苦しいかもしれない。時間があれば別キャストでもう一度見たい気もするが、チケット代が…高いなあ。まだまだ東京公演は続く。このあと名古屋そして大阪でも公演するので、興味のある方はぜひ劇場に足をお運びください。(東宝の廻し者ではありません。)

 読んでくださり、本当にありがとうございます。



8 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
なるほど (おれんぢぺこ)
2018-10-22 22:18:54
『マリー・アントワネット』観に行かれたのですね。

髪結師レオナールとローズ・ベルタン、今回演出で初登場だったのですね。なるほど!
私は先月観劇した時に。この2人の三枚目ぶりがもの凄く中途半端に見えたのです。笑いを取るなら、もっと他の登場人物に絡まなきゃ意味がないよなぁ、などと。これじゃいらなくない!?なんて思ったほどでした。
今演出で追加されたキャラと知り、納得しました。
同行者は「この話。フェルセンなしでも成り立つよなぁ」などとミもフタもないこと呟いてましたが( ノД`)…

ほぼ2か月もの公演。りら様。また行く機会ありましたら感想などお聞かせくださいね。

朝夕の冷え込みも強くなって来ました。
どうぞ。お身体ご自愛下さいませ。
返信する
おれんぢぺこさま (りら)
2018-10-23 21:47:58
 コメントをありがとうございます。

>この2人の三枚目ぶりがもの凄く中途半端に見えたのです

 レオナールとローズ・ベルタンをお笑い担当にしたかったのか、それなりにシリアスに描きたかったのか、どっちつかずに見えました。脚本家と演出家も2人をどう扱ったらいいか、悩んでいたかもしれません。

>同行者は「この話。フェルセンなしでも成り立つよなぁ」などとミもフタもないこと呟いてましたが( ノД`)…

 実は私も同じことを感じていました。パンフレットには「私の愛は、ただ あなただけのもの」とありますが、その割には全体を通し、フェルゼンとの恋愛要素はそれほどメインに据えられていなかった気がします。むしろアントワネットの心の変遷、最後まで王妃としての誇りを失わない生き方に重点が置かれていたように感じました。

 チケットが安ければ、別キャストでもう一度見てもいいかなと思っていますが、今のところ予定はありません。

 秋が深まってきました。おれんぢぺこさまは冬仕度を始めていらっしゃいますか?お体、大切にしてくださいね。
返信する
一度、観てみたい! (鍋鶴)
2018-10-26 13:01:40
観劇なんぞ、とんと無縁ですが一度観てみたいものです。宝塚も舞台写真でしか知りませんが、豪華絢爛な夢の世界ですね、憧れます。
返信する
鍋鶴さま (りら)
2018-10-27 20:12:12
 コメントをありがとうございます。

>観劇なんぞ、とんと無縁ですが一度観てみたいものです

 鍋鶴さまのお住まいのエリアには、商業劇場がありますか?生の舞台、いいものですよ。時には現実逃避をされてみては、いかがでしょう?

 マリー・アントワネットって、今でも映画や舞台、小説にもなるなど、本当に多くのクリエーターの創作意欲を掻き立てる女性なのだと思います。
返信する
マリーアントワネット”を見て (chiechan)
2018-12-16 21:57:54
初めてコメントいたします。
私、名古屋近郊に住む、chiechanと申します。以前からこちらのサイトには、時々寄って興味深く読ませていただいていました。先日、名古屋御園座(老舗劇場で最近改装しました)にミュージカル”マリーアントワネット”を見に行きました。
フェルセンがアントワネットの死後、彼女の生涯を革命を軸に回想する物語で、アントワネットを中心とした貴族社会ともう一人のMA、マルグリットという女性を中心とした民衆の怒り。
かなり史実に忠実でした。ルイ国王がギヨタン博士にギロチンの刃の改良を提案したこと、財政破綻の直接要因は戦争と宮殿建設であったこと、オルレアンが民衆の裏で糸引いていて、マスコミを使ってアントワネットを貶めていたこと、ヴァレンヌ逃亡で国王一家はピクニック気分であったこと、自分を殺しに来る相手にさえも銃を向けない国王ルイの性格の優しさ・・etc。もっとアントワネット・フェルセンのいちゃいちゃなんて話だと、思っていたので、残念なような?いやこれでよかったと思えるような?しかし私は、ず~っとフェルセンは革命の足音が迫っていたころにはアントワネットに対して、進言しているんだけど、なぜもっと早く、なんとかなるうちに世間知らずのアントワネットにアドバイスしなかったんだろうと?やっぱり、ぽ~っとしちゃって、ラブラブしちゃっていたのかな?なんて思っていたのですが、そうだよね、この物語にもあるように、きっとフェルセン、アントワネットをたしなめていたんだよね。でもマリーはプライド高いし、聞く耳持たなかったんだよね。たとえ愛するフェルセンの言葉でさえも。なんか妙に納得してしまいました。でもマリーがフェルセンのことを”アクセル”と呼んでいたのには違和感感じました。ファーストネームならハンスだろ!って。あとMAの2人、アントワネットとマルグリットの父親が同じというのは安直すぎると、このエピソードはいらないと思いました。しかしアントワネット様、本当はフランスに嫁ぐはずじゃなく、急遽上の姉が急死したため回ってきたことから始まり、いろいろな事象がすべてこの過酷な運命につながっている、最初からこの運命に決まっていたとしか思えない、何かひとつでも違う方向にいっていたら、こんな悲劇的な最期を迎えなくてよかったと思うと、何だか200年以上たった今でも悔しく思えます。そして何度見ても、断頭台に毅然と上る姿は泣けます。しかしながら、当たり前のことだけれど、彼女がこんな運命を生きたから、私たちは彼女のことを知ったわけで、通常の王妃だったら、フランスから果てしなく遠い東洋の端の国で200年以上後に生きている私たちが知ることはなかったわけですね。しかし史実は重い。









返信する
chiechanさま (りら)
2018-12-18 21:35:45
 初めまして。コメントをありがとうございます。名古屋は中日劇場がクローズしたので、今後ミュージカル作品は御園座で上演されるようになるのでしょうか?

 chiechanさまがおっしゃるように、かなり史実に忠実に脚本が作られていましたね。(初演はそうでもなかったです。)アントワネットとルイ16世って、案外あんな感じだったのかなと思う場面もありました。ルイ16世は決して悪い人ではないけれど、為政者としてフランスを治めるには、向いていなかったように思えます。自分の容姿にコンプレックスがあったろうから、フェルゼンとアントワネットの仲を薄々わかっていても、きっぱりと妻を諌めることはしなかった。21世紀に一般人としてフランスに生まれていたら、平凡な家庭を築き、幸せに暮らしていたでしょうね。

>でもマリーはプライド高いし
誇り高きハプスブルクの生まれですし、王権神授説を、最後まで譲歩ことはできなかったのではないかと思います。

>MAの2人、アントワネットとマルグリットの父親が同じというのは安直すぎる
 同感です。すごく無理があるように思えました。そうする必要があったのでしょうか?

>通常の王妃だったら、フランスから果てしなく遠い東洋の端の国で200年以上後に生きている私たちが知ることはなかったわけですね

 古今東西、王妃と名のつく人はたくさんいますが、今でもアントワネットをイメージしたスイーツが作られたり、ロココ展が開催されるなど、彼女の生涯は21世紀を生きる人々に、大きな影響を与えています。こんな女性、もう今後決して現れないと思います。

 拙いブログを読んでくださり、本当にありがとうございます。
返信する
コメントありがとうございます。 (chiechan)
2018-12-20 00:38:11
コメント楽しく読まさせていただきました。革命時、マリーとフェルセンは絶対王政(これが、あのベルばらの歴史の回転を逆に・・・という台詞につながるのですね、たぶんどこだかおわかりでしょう。)を、ルイはもうちょっと柔軟で立憲君主制を支持していたと読みました。そして革命の初期、まだルイが国王として信頼されていた時、市民は立憲君主制の方向にいっていたのが、あのヴァレンヌ逃亡で一気に処刑モードになっていったと・・しかし、その後の革命の変遷を見ると、遅かれ早かれ国王、王妃は断頭台に上ることになったと思うですよね。そして、当初(まだ充分逃げることが可能な時期に)ルイがマリーに子供と一緒に逃げろ!って言ったのを、彼女が拒否したと聞きましたが、マリーはそう思うなら自身は仕方ないけれど、せめて子供たちだけでも、妹エリザベート(何の関係もないただのとばっちりだしね)と逃がす考えはなかったのだろうか?と思います。そして、オルレアン、そんなに王座がほしいのなら、ルイに”ちょうだい”って、(あんなややこしい事するより)言えばよかったのに、ルイは別に王座に固執する人でもなかったと思うし、鍛冶屋のほうがよかっただろうし、マリーも王妃やめてフェルセンと一緒にいたいだろうし、結構どうぞ!となったかも(笑) 実際国王・王妃なんて今を生きる私からしたら、何にも羨ましくもなんともない、自由はない、何をしても周りから文句を言われる。プライベートも何もなくいつも衆人環視・・・耐えられんわ。マリーがいろんなしきたり変えたこと(これで頭の固い貴族たちから嫌われる)トリアノンに籠ったこと非常にわかります。それにしても、マリーの功罪って何なのでしょう?少なくとも死刑になるようなことは何もしていないし、ただ思うのは彼女はあまりにも王妃としての自覚がなく、無知、国民に無関心だったことでしょうか?もし、暴れん坊将軍のようにお忍びで国民生活覗いていたら、わが国の天皇・皇后のように頻繁にご訪問して、国民と直に接していたら、彼女の人間的な魅力(オスカルも言ってた純粋さやら正直さやら)を理解されあんな無茶苦茶な風評被害なんてなかったんじゃないか・・と思うのです。そうロザリーの言ってた”違うみんなの言ってた人と全然違う、女神のようにお美しくて、聖母のようにお優しそう”・・そうですね国民は会ったこともない彼女を怪物だと思っていたんだから、亡くなった後も名誉を回復するまでにかなりの年月を要したと聞いています。まさに歴史は勝者によって作られる・・・いかようにも・・・ですね。そうそう今回のミュージカルのフェルセン、古川雄大さんだったんだけど、彼、愛を語るフェルセンとしてはいいんだけど、革命の嵐からマリーを守る力強さとかたくましさとかは感じられなかった、実際のフェルセンは軍人としてアメリカ独立戦争に従軍して手柄をあげる(肖像画に残っている)ような人だったのにね。 私事ですが、幼い頃よりオスカルよりアントワネットが好きでした。とっかかりは幼かったので、綺麗なドレスを着ているアントワネットが好きでした。フェルゼンはそのおまけみたいなものだったのですが、その後ん十年、たまにインターネットでベルばら商品見つけると買うくらいの、ゆるいファンやってたんですが、今回
新作のエピソード編読んでまたあの頃の情熱が蘇ってきました。そして、前回と大きく異なる点はフェルゼンも好きになったことです。フランス・ベルサイユは行ったことあります。次回はスウェーデンに行き、ハンスのお墓まいりしたいと思っています。長々と失礼いたしました。
返信する
chiechanさま (りら)
2018-12-22 21:13:05
 コメントをありがとうございます。

 過去に王冠を捨てて、愛する人と一緒になった国王がいました。でもアントワネットはそうしませんでした。この違いって何でしょうね。キリスト教の教えもあってか、アントワネットにはルイ16世と離婚して、フェルゼンのもとへ行くなどという発想はなかった。当時のフランス王侯貴族社会は、愛人を持つことは当たり前でしたから、王妃の地位を保ちつつ、フェルゼンを恋人としてキープしておくことができた。

>実際国王・王妃なんて今を生きる私からしたら、何にも羨ましくもなんともない、自由はない、何をしても周りから文句を言われる

 平安時代に藤原道長が娘を天皇家に嫁がせて、「この世をば わが世とぞ思ふ望月の 欠けたることも なしと思へば」と歌に詠みました。当時は最高の玉の輿だったわけですが現代の日本で、年頃の娘や息子を持つ親が、果たしてどれだけ我が子が皇室と姻戚関係を結ぶことを望んでいるか?時代が変わると、価値
観も変わりますね。

>国民は会ったこともない彼女を怪物だと思っていたんだから

 今も残っている当時の風刺画を見ると、アントワネットは動物に見立てられたり、ルイ16世を差し置いて国政に口を挟む厄介な人物に描かれていて、本当に気の毒です。民衆はこの風刺画を見て、アントワネットは自分本位で贅沢好き、わがままなオンナだと思ったことでしょう。事実をゆがめていますね。こういうことは、現代でも起こりうると思います。

>次回はスウェーデンに行き、ハンスのお墓まいりしたいと思っています

 フェルゼンゆかりの地は、一般公開されているのでしょうか?子孫の方たちが、どのようにされているのか興味があります。
返信する

コメントを投稿