
「ねえねえ、オスカルに見せたいものがあるの。一緒に来て!」
「私に見せたいものでございますか?はていったい何でございましょう?」紅潮させた顔で青い目をオスカルに向け必死に訴えるジョゼフが、オスカルには愛らしくてたまらない。
「ジョゼフ、あまり無理を言ってはいけませんよ。」
「ママン・レーヌ、わかってます。でもほんのちょっとだから…。お願い。オスカルと一緒にトリアノンの森に行かせて。」
「わかりました。ではマリー・テレーズも一緒に行っておあげなさい。」
夏が近い6月のある晴れた日。オールドローズが見ごろとなり、ヴェルサイユを訪れる貴族たちの中には足を止めてばらに顔を近づけ、香りを楽しむ者たちもいた。今日はローズ・ベルタンが新しいドレス生地見本を持って、アントワネットのもとにやってくる日。到着を待つ間、オスカルはプチ・トリアノンの一室でマリー・テレーズ、ルイ・ジョゼフと共に静かな時を過ごしていた。オスカルと同い年のアントワネットは既に二人の子どもの母親である。テレーズもジョゼフも幼いころからアントワネットが忙しい時は、オスカルが遊び相手を務めることがあったため、とても彼女になついていた。
「テレーズ、ジョゼフ、お外に出る時は、ちゃんと帽子を被るのですよ。二人とも洋服とお揃いの麦わら帽子があったはずです。」
「はい、お母さま。」テレーズがしっかりとした声で答えた。面倒見の良い王女さまだ。こんな姉君がそばにいれば、王太子さまは心強いだろう。自分も似たような経験があるな。ジョゼフを見ていると、オスカルはいつも自分の幼いころを思い出す。5人の姉君たちは末っ子のオスカルをいつも気にかけてくれた。ジャルジェ夫人と姉たちがドレスや小物類を買うためパリに出かける時、オスカルはたいてい屋敷に残って将軍やアンドレ相手に武術の稽古に励む。母と姉たちはそれを知っているので、オスカルのために美味しいお菓子や彼女の好きそうな本、モーツァルトやハイドンの最新の楽譜などを買って帰ってくる。幼い頃は「さて母上たちは、今日は何を買われたのだろう?」とわくわくしながらお土産を待っていた。ずいぶん昔のことだ 。
「オスカル、ごめんなさいね。ジョゼフたちに付き合っていただけるかしら?」
「もちろんでございます、王妃さま。ご心配なさらないでください。王太子さま、今日は何を見せていただけるのでしょうか?このオスカル、何だかワクワクしてまいりました。」
「それは見るまでヒ・ミ・ツ。では母さま、行ってきます。」
ジョゼフ付きの女官が帽子を持ってきて、慣れた手つきで被らせた。だがジョゼフの表情から察するに、彼は帽子があまり好きではないようだった。
「行こう、オスカル!」ジョゼフはオスカルに近づき、さっと彼女の左手を握った。幼いながら力を込めてしっかりと握るその手が愛おしい。母親でもない私を信頼しきっている小さなこの手。絶対に裏切るまい。プチ・トリアノンのドアを開け、愛の殿堂に通じる細い道に出ると、ジョゼフは勢いよく走りだした。
「王太子さま、そんなに急がなくても、私は逃げませんからご安心を。アンドレも王太子さまのお供をいたします。」
「アンドレも来てくれるの!うわぁ、嬉しいなあ。何だかお母さまとお父さまと一緒に出かけるみたい!」
「お母さま?とはもしやこの私のことでございますか?」
「そうだよ。だってオスカルは女の人だもの。」
「ありがたき幸せに存じます。」
「それで、お父さまとはアンドレのことでしょうか?」
「もちろん。他に誰がいるの?」
アンドレは慌ててオスカルから目をそらした。
「私とアンドレが王太子さまの親代わりとは!王妃さまと国王さまが聞いたら、嫉妬されるでしょうね。」
「しっと?それなあに?」
「あっ!」オスカルたちより数歩後ろからついてきたマリー・テレーズが小さな声を上げた。
「どうなさいました?」あわててアンドレがマリー・ルイーズに駆け寄った。
「靴が片方脱げてしまったみたい。アンドレ、ちょっと止まってくれますか?」
「承知いたしました。」
テレーズはドレスの裾をたくしあげ、脱げてしまった靴を探した。
「あったわ。この靴、2週間前から履いているのだけど、ちょっと大きくてすぐ脱げてしまうのです。」
「テレーズさまはこのところ、背が高くなられましたね。いつか追い越されてしまいそうです。」
「私もオスカルみたいに、背が高くなりたい。」
「なぜですか?」
「だっていろんなものが遠くまではっきり見えそうだから。」
「おっしゃるとおりかもしれません。しかし…」
「オスカル、着いたよ。ここからは静かにしてね。」
「承知いたしました。」
「オスカルとアンドレは、その草むらに座って僕が戻って来るのを待っていてね。今、取りに行ってくるから。僕一人でも大丈夫だから。」
「いえ、このオスカル、お供つかまつります。」
「大丈夫だよ、オスカル。ねえさまと一緒に行ってくるから。ここで待ってて。」
「殿下、なんでしたら私が一緒に行ってもよろしいでしょうか?」アンドレが静かに尋ねた。
「ありがとう、アンドレ。でも大丈夫。僕とテレーズ二人で大丈夫。」
「何かございましたら、いつでも『アンドレ!』と叫んでください。このアンドレ、王太子さまがどこにいても、必ず助けに参りますから。」
「ありがとう。」
つづく
ルヴラン夫人が描いた一枚の絵をもとに空想し、SSを書き始めました。オスカルとアントワネットの子どもたちとのやり取り…子どもたちは皆、賢かったのでは?と思います。たとえ子ども相手でも、敬意を失わずに接するオスカル。なかなか文章力が足りぬため、思うような物語が書けませんが、このあともお付き合いいただけるととても嬉しいです。
過酷な運命を背負った幼い2人が、 一抹の不安を抱えながらも、穏やかで暖かな愛情に包まれていたころ・・・
オスカル様の生涯で最も悲しい夜。
だからこそ、心温まるお話が染み渡るような気がします。
マイエルリンク
アントワネットの子どもたちはいずれも聡明で賢かったように思います。そんな子供たちと、オスカル&アンドレとのやりとりを書けたら…と思いましたが難しいです。3が日で完結するはずだったのですが、どうも終わりそうにありません。よろしければお付き合いくださいませ。
ルヴラン夫人が描いたマリー・テレーズとルイ・ジョゼフの肖像画を見ていたら、こんな物語が思い浮かびました。この絵でジョゼフが手にしているのは小さな野鳥です。(鳥の種類は定かではありません。)3が日…らぶらぶなストーリーをと思ったのですが、ダメでした。
あ~、久しぶりにりら様のSSが読めて幸せです♪♪
それに続きもある!
まだ革命の足音が遠くにある時代の、アントワネットも子供たちと幸せに過ごせている平和な時ですね。
ジェゼフは何を見せてくれるんでしょう。
続き、お待ちしております!!
久々のりら様のSSありがとうございます。
3が日はなんとなくしんみりしちゃうんですが、素敵なSSにワクワクしました!
まだ元気な頃のジョゼフが出てきて、疑似家族?のようにも思え、そしてちょっぴり秘密の香りがして続きが気になります!