Fan Room SP では「高貴な人々の恋愛・結婚事情」と題し、ロココ時代のフランス王族・貴族の恋愛について触れている。
政略結婚はその目的達成のため(地位・財力・名誉等を重視)、10~20歳、年が離れているのは全然珍しくなかった。「ベルばら」でも11歳のシャルロットは、自分の父親くらい年齢が離れたド・ギューシュ公爵と結婚するよう言い渡されるし、新作エピソード6でも、傾いた家を救うため、ジョルジェットは裕福な男やもめのユリアスと、一時は結婚を真剣に決意する。自由恋愛をする前に若くして結婚が決まってしまうため、嫁いだのち、恋愛感情に目覚めるのは自然な流れなのか。
フランスの愛人文化というと、思い出すのがフラゴナールの代表的な風俗画「ぶらんこ」。1767年の作。
二人の男性に前と後ろから見つめられ、一見何とも優雅な、やんごとなきお嬢さまのお楽しみの時間と思えるこの絵。この3人の関係は、後ろでぶらんこを押しているのが女性の夫、前方から女性のスカートの中を覗いている若い男性が、女性の愛人。当初、この絵を注文したサン・ジュリアン男爵は、ぶらんこを押すのは聖職者にするよう依頼したのだが、フラゴナールが夫に変えてしまった。これってちょっとブラックユーモア?女性には歳をとった夫より、若い愛人のほうが魅力的。その愛人の目を見て、靴を放る。「なんだったら、私を抱いてもいいわよ。」とアピールしているかのように。この愛人は夫公認なのかもしれない。そして夫は夫で愛人を持ち---とまあ、当時のフランスの高貴な人たちは、本気・遊びを含め、結婚後も恋愛を謳歌していた様子。当然、オスカルもこうした貴族たちの恋愛模様を幾度となく目にしていただろう。そして「自分は、戯れで恋愛はしたくない」と思っていたのではないだろうか?それがあの愛の告白の時の「生涯かけて 私ひとりか?」「私だけを 一生涯 愛し抜くと誓うか?」に、つながっていくかなぁ。
ジョルジェットとレニエ---この二人に関しては、ジャムばらの「ジャルジェ将軍の息子あらわる!?」に、こんな一節がある。ジャルジェ夫人の誕生パーティーが開かれている会場で貴族のご婦人方が、結婚してもう何十年にもなるジャルジェ夫人が、いまだに夫一筋で愛人を持たぬ事を「不道徳」「貴族の夫人にあるまじきこと」と、当の本人を前にしてぬけしゃ~しゃ~と言ってのける。「ジャルジェ夫妻は(貴族というより)平民の夫婦のようだ。」とも。額に汗しながら、それを聞くジャルジェ夫人。いやぁ、すごいですねぇ。
アントワネットが王妃でさえなければ、結婚後フェルゼンとお付き合いしても、誰からも咎められなかっただろう。王妃であったために、オーストリアから輿入れしてきた「よそ者」だったために、民衆が餓えている時、享楽を味わっていたがために、フェルゼンとの忍ぶ恋は、奨励されることはなく、憎悪となってしまった。
もしタイムマシンで過去を見に行けるのなら、ロココの王族・貴族たちの恋愛模様を覗いてみたい。
読んでくださり、ありがとうございます。
アントワネットは、フェルゼンにただの貴族の娘で出会いたかったと言っています。私はフェルゼン家が名家中の名家と知って、よほどの貴族でないと釣り合いが取れない…やはり結ばれない運命かなと思いました。でも、釣り合いの取れる人と結婚して、○○夫人になれば恋愛OKですよね。ポリニャック夫人、ジェローデル夫人の様に。
うーん、やはりジャルジェ夫妻は素敵です!
でも心の底では、自分にはもったいないくらい美しいアントワネットが眩しくて、大好きで、でもそれをがっつり受けとめられない自分を、悔しく思っていたかもしれませんね。
池田センセも仰っている通り、ルイ16世は現代なら、理想の夫かもしれませんが、当時の王としては少し変わっていたのでは?