Wrestle Angels PBeM
Episode1 天使轟臨 ~Angels Flying in the Supercell~
(前回のつづき)
▼日本 秋田県本荘市 本荘市総合体育館
(おっと……おセンチは禁物や)
団体を離脱し、フリーレスラーとなった彼女は、自分の食い扶持は自分で稼がねばならなかった。
試合のギャラだけでは、とうていやっていけない。
では、どうするか?
「“クイーン・サドンデス”参上ッ!! アンタはコレで、DEATHっちゃいなッッ!!」
「わーい、サドンデスのねーちゃんだー」
「あっ、アレ、LIAたんじゃね?」
「ホントだ、生LIA様だ!」
ヌンチャクを振り回しながらアピールし、集まってきた客にグッズを販売する。
これがなかなかバカにならない。
(……こういうのも悪くないなぁ)
少なくとも、寿ナントカの手下になって、はした金のためにコキ使われるよりは、ずっと楽しい日々だった。
現在は“オフィス・サドンデス”という会社を立て、窓口としている。
もっとも、彼女以外のスタッフがいるわけではないのだけれども。
▼日本 秋田県本荘市 本荘市総合体育館・控え室
さて、売り子を終えた理亜が控え室で試合の準備をしていると、団体のトップ・ハヤテがやってきた。
「こりゃどうも、社長さん」
「やぁやぁどうもリアさん、こんな遠くまでお疲れ様です!」
「いえいえ、試合が出来ればそれで結構ですから」
これは、まんざら社交辞令でもない。
若手としては知名度・人気共に高い理亜だが、女子プロレスのリングに上がるのはなかなか簡単ではない。
ウワサでは、ワールド女子を買収した寿一派が、“裏切り者”である彼女への報復を計画しているとも聞く。
そんな大げさな……と思っていた彼女も、先日グラビア撮影を機に知遇を得た《フレイア鏡》から警告を受けるにいたって、さすがに認識をあらためた。
――“西のリア”に逃げられたことに、千歌お嬢様はいたくご立腹らしいわよ。
それはそれでまんざらでもない気分だが、闇討ちなどされてはたまらない。
更には、
(……厄介なのに目つけられとるしなぁ)
新女の〈フランケン鏑木〉。
かつて、ワールドにおびき寄せるつもりで、新女の九州ドーム大会に乱入、彼女を襲撃したことがあった。
が、まさかの団体崩壊によってウヤムヤになってしまったのである。
――せやから、あの時の件、チャラにしてくれへんやろか?
共通の知人(東女の〈南奈 るい〉)を通じて彼女にそう伝えたのだったが、鏑木の返事は、おおよそ予想通りのもの。
――そちらの都合はそちらの都合。せいぜい、クビを洗ってお待ちあれ。
という、まことに親愛きわまるものであった。
それ以外でも。
鏑木もろともヌンチャクでボコボコにしてやった《村上姉妹》や《サキュバス真鍋》らも、
理亜に報復しようと虎視眈々と狙っている、とのウワサもある。
若い身空で、ずいぶん敵の多い人生ではあった。
(ま、しゃーない)
細かいことを気にしていてはキリがない。
さしあたっては、地方を回り、実戦経験を積んでいこうというハラの理亜である。
さいわい、芸能関係の仕事もぼちぼちとは転がり込んできているし。
時には、変り種もあるのだけれど……
(……こないだのアレは、参ったなあ)
◇
▼日本 神奈川県横浜市 『エンパイア・オブ・バス』
エンパイア・オブ・バスは、横浜に店舗をかまえる大型スーパー銭湯である。
高速ジェットバスや超電磁風呂、ウラウナ火山風呂やピラニア風呂などの多種多彩な風呂にくわえて、リラクゼーション施設などもそろっており、老若男女に人気をはくしている。
今日はその一角にて、きわめて面妖な闘い? が繰り広げられようとしていた……
〈南奈 るい〉(東京女子プロレス) VS 〈Σリア〉(オフィス・サドンデス)
「うわ~、おっきいお風呂~~。収録終わったら、入っていっていいですかぁ?」
東京女子プロレス所属の新人レスラーにして、大食いエロカワレスラー、略して“グラカワレスラー”の異名をもつ南奈。
女子プロレス雑誌でのグラビア活動で注目を集め、ファースト写真集をリリースする運びとなった。
すでに本編の撮影は終わっており、今日は初回特典となるDVDの特典映像の収録に出向いたというわけ。。
その目玉となるのが、セクシーさには定評のある“クイーン・サドンデス”Σリアとの一騎打ちなのだった。
「リアさん、今日は頑張りましょうね~~☆」
「まぁビジネスやから、あんじょうやらせてもらいまっさ」
『週刊レッスルG』のグラビア撮影において知り合った両者は、表紙をきわどくも濃厚なかたちで飾るなど話題をさらった。
南奈の写真集リリースも、その流れといってよい。
(うちにこそ、オファーがあっても良さそうなもんやけど。……)
所属団体だった【ワールド女子プロレス】が実質崩壊となった時点で、理亜は同期の八重樫や高倉らとは決別、フリーの身となっている。
諸事情あってあまりおおっぴらに他団体のリングにも上がれぬとあって、オファーがあればそれがいささか不本意なものであっても、ゼイタクは言っていられないといえよう。
(東京女子に恩を売っておくのも悪くないしな)
さてもちろん、この両者が相打つ以上、ただのプロレスではあろうはずがない。
泥んこプロレス、ローションプロレス、納豆プロレス……などなど、企画段階ではさまざま挙がったが、最後に落ち着いたのは、由緒ある試合形式。
すなわち、
――水着剥ぎデスマッチ
である。
女子プロレス草創期においては頻繁にみられた形式であったが、現在は黒歴史あつかいとなっており、実際に開催しようものなら、大問題であろう。
それをあえて復活させようと提案したのは、一説には東京女子の社長ともいわれる。
――風呂場なら、脱がせ合っても問題ないんじゃね?
といういたく真っ当(?)な理屈から、この試合は、対戦相手のコスチュームを脱がせたあと、棺桶ならぬ浴場へと投げ込んだ者が勝ち……というルールが設定されたのである。
<アンダーテイカーバスマッチ 無制限一本勝負>
〈南奈 るい〉 VS 〈Σリア〉
さすがにR-18というわけでなし、本家どおりに再現するわけにはいかない。
マイクロビキニの上に撮影用のコスチュームを身につけ、それを剥がした時点でOK、ということになった。
「なかなかファンの食いつきよさそうやな。うちがDVD出すときは相手してくれへん?」
「え? ぜんぜんOKだよ~~~☆ どうせなら温泉とかでもいいかも~!!」
『るいちゃん、がんばって~!!』
『リアさん、負けないで~! あ~でも、負けて欲しい~~~』
無料招待された女性ファンの声援を受けつつ、対峙する両選手。
レフェリーをつとめるのは、東京女子のマッチメイカーでもある《メイデン桜崎》である。
「……ていうか、このルールでレフェリーいります?」
「当然です。反則行為は阻止しなくてはいけませんから」
「さいですか……」
「なお、負けた方はこの浴場の大掃除をやって貰います」
「!? ちょっ、脱がされるだけでも罰ゲームやのに、そんなのまで!?」
実のところ。
これはプロレスの試合というテイではあるが、あくまでアイドルレスラーのDVDの中での企画にすぎない。
ゆえに、事前にちゃんとした段取りの打ち合わせであるとか、リハーサルなどがあるのかと思ったのだが、そんなものはいっさいなし。
完全アドリブで、この特殊な形式の「試合」を成立させねばならないのである。
当然、リングは持ち込めないので、床には直接マットを敷いただけであり、足場は不安定。
ヘタな技を繰り出せば危険きわまりない。
(……っ、まぁでも、向こうも呼吸はつかんどるやろ)
そう、プロレスとは名ばかりの収録なのだ。
ほどよくファンを喜ばせるような、いい感じのハイスパートな攻防を見せればそれで良し……
(せいぜい、向こうを立たせてやらんとな)
聞けば、このオファーは南奈の強いプッシュで実現したという。
身内に人がいないわけでもないのに、あえて外様の理亜を招聘したのは、フリーランスになった彼女を案じてのことかもしれない……それは、考えすぎか。
かくして、バスマッチのゴングが鳴る。
じっさいにはゴングは持ち込んでいないので、笛であったが。
「でええーーーーい!!」
「!?」
南奈、いきなりの強襲ドロップキック!!
理亜、たまらず吹っ飛び、受け身を取り損ねて悶絶。
「油断しとったらあかんで~~~☆」
「ぐっ、こ、この……っ!!」
育ちは大阪の南奈、軽口を叩きながら理亜にのしかかり、ポジションを奪おうと図る。
寝技の技術は互角と見えたが、先手をとられた理亜、守勢にまわらざるをえない。
かてて加えて、
「んっふっふっふ♪ こちょこちょこちょ~☆」
「おっふっ!? ンッグググ……!!」
密着してのセクハラ殺法ならば、南奈の領域!
ひごろ同僚の《吉野 三輪子》らを相手に研鑽を重ねているだけあって、そのテクニックたるや玄人はだしといってよい。
(こっ、このコ……イカサマ(非常に)あかん……!!!)
こやつ、単に自分が責めたいからこそ、理亜をブッキングしたに違いない!
このままでは、いい仕事どころか、何もできずに醜態をさらしかねない。
フリーの理亜にとって、己の価値を落とすような真似は、断じて避けねばならなかった。
「い、いいかげんに……わやく(悪戯)しんさんなッ!!」
「んふふふ~~、リアさんっ、いい反応~☆」
「~~~~~~~~ッッ!!」
必死に逃れんとするも、モモンジョウ(アリジゴク)にはまったかのごとく、南奈のセクハラ千手観音が理亜をもてあそぶ。
コスチュームを脱がすのが本来の目的であるはずだが、この時点ですでに主題がズレている。
闘いは――風呂だけあって――白熱をきわめた。
その決着のゆくえは、
「初回特典DVDをゲットして、見届けてくださいね~~~☆」
「……もう二度とアンタとは絡まへん(ゲッソリ)」
とはいったものの。
南奈の写真集はかなり好評だったらしいので、今後もオファーはあるであろう。
ただし、こちらが主導でなければやってられないけれども。
◇
▼日本 秋田県本荘市 本荘市総合体育館・控え室
「で、リアさん、今日の相手なんだけど……」
「あぁ、男の人でも問題ないですよ」
いわゆる男女混合マッチも、それはそれで経験のうちと、割り切っている。
「いや、いい具合に女子をブッキング出来たんだけど、初顔なんだよね」
「へぇ……まぁ、お任せします」
相手がどうであろうと、ギャラに見合った試合はしてみせる。
そんな自信が、理亜にあった。
(なんたって、うちは……)
あの《神楽 紫苑》と、互角に闘ったのだ。
東京で、女子プロレスの祭典『Athena Exclamation X』が華々しく開催されている頃……
大阪では、ひっそりとヒールユニット【B・G・W】の自主興行がおこなわれていた。
小規模会場とはいえ、異例のワンマッチ興行。
しかも、団体の至宝をかけた、タイトルマッチ。
▼日本 大阪府大阪市 お祭り門アリーナ
―― シークレット【B・G・W】――
<WWPWヘビー級選手権 時間無制限一本勝負>
〔王者〕
《神楽 紫苑》(ワールド女子プロレス:B.G.W)
VS
〔挑戦者〕
〈Σリア〉(ワールド女子プロレス:B.G.W)
*特別レフェリー 《中森 あずみ》
ほとんど告知もなく、突発的に開催された興行であったが、会場は【B.G.W】各選手のファン
そして
――何かある。
と感じたプロレスマニアが詰めかけ、満員となっていた。
すでに、ワールド女子の経営危機と、寿グループによる買収騒ぎは知れ渡っている。
そんな中で組まれた、この一戦。
本来なら、いくら特別興行とはいえ、まだ新人に毛が生えたレベルのリアが、団体の象徴たるベルトに挑戦することなどありえない。
そんな“常識”“お約束”が通用しない場に惹かれるのは、マニアのサガというものかもしれなかった。
『サドンデス・クイーン! Σリア選手の入場です!』
入場曲と共に姿を見せたリア、肩に大型のラダーを乗せ、入場。
緊張の面持ちなのは、タイトルマッチであるためか。
あるいはまた。
別の、思いがあるのか。
いっぽう、王者神楽はWWPWヘビー級ベルトを高々と掲げ、観客にアピールする余裕の入場。
「この試合は、両選手の同意により、場外カウントなし、反則カウントなしのノーDQマッチで行われる」
と発表され、観客がどよめく。
ここで普段なら、タイトルマッチ宣言等に続くところだが、
「――お先にぃッッ!!」
「!!!!!」
ゴング前、リアの(入場衣装を着たままの神楽への)奇襲攻撃でスタート。
椅子攻撃で神楽を流血させるや、傷口めがけて非情のキック連打。
さらに、リング下から取り出したヌンチャク・ハンマー・ハリセン・ワールド女子の看板・ゴミ箱などで攻め立てる。
「少しはやるわね~ぇ……で~もっ!」
「っっ!!」
神楽、木製バットのフルスイングで反撃開始。
チェーンでの人間絞首刑から、ハサミで理亜自慢の髪の毛を(ほどほどに)切り、揺さぶりをかける。
更に、「テーブルをよこせ!」コールに答え、テーブル貫通パイルドライバーを敢行!
ハードコア殺法では一枚も二枚も三枚も上の神楽、理亜の美貌に血化粧をほどこしていく。
「あ~らら、この程度? もっと楽しませてよ……ねっ!!!」
「~~~~っ!!」
傷口をグリグリ踏みつけられ悶絶するリア
だが、その闘志にカッカと火が点き、
猛反撃を開始。
ボディスラムで神楽を寝かせ、リング中央にラダーを設置するや、最上段に駆け上がる。
「……せぇいっ!!」
ファンの悲鳴あがるなか、神楽めがけて急降下ギロチンドロップを敢行!
命知らずの一撃で場内を沸かせ、味方につける。
さらに闘いは続いたが クライマックスは唐突に訪れた
リア、神楽の隙をついて
切り札の「BAD END(隠し持った黒絵の具を潰し、その手でかきむしり)」攻撃で神楽の目を潰す、
「……喰らえーーーーーーッ!!」
渾身のミドルキック→ソバット→クレイモア(水面蹴り)の三連打を叩き込み
ガクリとヒザをついた神楽へ目がけ、とどめのΣキック(バズソーキック)!!
「これ、で……決まりッ!!」
カバーに持ち込む理亜!
「ワン……ツー……!」
間一髪!!神楽がチェーンをロープにひっかけ、カウント3を阻止!
チェーンは神楽の体の一部である、という中森レフェリーの判定!?
「3やろーーーーーーーーーーーー!!!!?」
と興奮して中森に詰め寄るリア――
その隙を突いた神楽、
「敵に背中を見せちゃあダメよ……ッ!」
「?!!」
背後からチャンピオンベルトで一撃!!
振り向きざまに放ったリアのキックを紙一重でかわすや、
カウンターのSTO一閃!
更に、グロッギーのリアを抱えてラダーを昇るや、
「これが、餞別……ッ!!」
「…………!!!」
ラダー最上段からのデスバレーボムで、リアをマットに串刺し!
ピクリとも動かぬ理亜をカバーせず、
神楽は赤コーナーにもたれ、目を閉じて中森の数える10カウントを聞いていた。
それはあたかも、名残を惜しむかのようであった……
(28分56秒:リアルデスバレーボム→KO 神楽が王座防衛)
試合後、神楽はリングの中央にベルトを置き、無言で去った。
その態度じたいが、すべてを雄弁に語っていた……
「……あ、と……すこし、やった、な……」
全身に走る激痛にうめきながら、己の血にまみれてマットに大の字になったまま、理亜は照明に目を細める。
「……(神楽の)首…ほしかった…な……」
ワールド女子在籍中は「エロカワ」「セクシー」「強さの八重樫・ビジュアルの紫熊・お笑いの高倉」等と呼ばれ
とかくその実力より美貌とスタイルにばかり関心が集まっていた彼女。
それだけに、フリー転向の手土産に、王者・神楽からのフォール勝ちをどうしてもゲットしたかった。
(あと……ほんの少し、だったのに……)
……そのまま、Σリアはリング上で気を失った。
後日、神楽は王座返上とワールド女子退団を正式に表明。
理亜もこの試合を最後に、ワールド女子から姿を消した……
◇
▼日本 秋田県本荘市 本荘市総合体育館・控え室
あの神楽との激闘は、理亜に大きな自信を与えた。
フリーになってもやっていけるだけの、レスラーとしての、自信。
……そう、確かにあったのだ。
その試合が、始まるまでは。
◇
それは、さしたるテーマもない試合のはずだった。
男子プロレスの興行の休憩前に組まれた、いわば息抜きマッチ。
<第3試合 シングルマッチ 20分一本勝負>
〈Σリア〉(オフィス・サドンデス)
VS
《クノイチマスター》(フリー)
(クノイチ? ……知らんなぁ)
フリーになって以来、業界の情報はいろいろ集めている。
が、このレスラーは記憶にないし、ネットで検索しても出てこない。
くのいちギミックということなら、東京女子に《RIKKA》というのがいるが……
わざわざ別の名前で地方のリングに上がる意味がわからない。
(ま、リングネームなんてアテにはならんわな)
フリーのレスラーにとって肝心なのは、興行における自分の役割を把握することである。
メインならメイン、脇役なら脇役として、期待される己の役をしっかり果たすべし。
それが、プロレスラーとしての価値を高めることになるのだ。
この試合でいえば、
(それなりに盛り上げて休憩へ、ってわけやな)
休憩時間にグッズを売るためにも、いい塩梅でアピールする必要があろう。
「ほな、あんじょうやりまっか!!」
「うふ♪ お手柔らかに……ね♪」
◇
「……っ、ハァ、ハァッ……!」
試合後。
湧き上がる感情のままに、理亜は対戦相手のドレッシングルームに押しかける。
「おいっ、あんた……!!」
「あら。どうしたの~~?」
能天気な声で応じたのは、さっきまで手を合わせていた女である。
「あんた……何モンじゃ?」
「何者って言われてもね~。通りすがりのプロレスラー、としか言いようがないけれど」
「……!!」
「なぁに? なんで怒ってるの? いい試合だったじゃな~い」
「う、う…………っ」
なるほど。
確かに、いい試合だった。
会場は十分に盛り上がっていた。
見せ場を作り、お約束の攻防からのピンフォールという、文句のつけようのない展開……
○リア VS クノイチ×
(15分54秒:Σキック)
はたから見れば、何の文句もない展開であろう。
しかし、唯一納得していないのが、勝利した当の本人。
(……完敗や)
まさしく、完敗であった。
試合の勝ち負けではない。
(子供扱いされた)
そんな屈辱と困惑が、脳裏を支配している。
さっきの試合。
まるで全てを読まれているかのように、誘導された。
最初は、
――なんて楽な試合や。
――無駄な動きが減ってきたんやな。
と、我ながら感心していたのである。
よっぽどこの相手とは手が合うらしい……などと、呑気に思っていたのだ。
しかし、次第に、違和感をおぼえはじめた。
――楽すぎる。
それはまるで、誰かに指示された通りに、操られているような――
(この女…………!!)
実のところ。
そのように感じられただけでも、理亜は成長しているといえよう。
かつての神楽との闘いでは、そんな感覚はまったくなかった。
あのときも、神楽が手取り足取りリードしたことで、新人のリアがあそこまで「いい試合」をつくれた。
以後、フリーとしてあれこれ考えながらプロレスをしてきたことで、レスラーとして成長できたからこそ、相手の技量を見抜けた、といえよう。
(……っ、この女は……)
とんでもなく凄い、プロレスラーだ。
「っ、なぁ……アンタ……ッ」
「ん? なぁに?」
すっかり身支度を整えた女は、すっかり一般人というテイである。
若く見えるが、理亜の母親くらいの年代であろうか。
「うちを、弟子にしてくれへんかっ?」
「…………えぇ?」
女、キョトン、と目を丸くしている。
「……っ、頼んます、この通り!!」
この女の……
いや、この人の近くにいれば、間違いなく、プロレスの腕を磨ける。
ならば、恥も外聞もあったものではないのだ。
「ふ~ん……」
すこし思案していた彼女だったが、
「ま、いっか。あのコもあのコで好きにしてるし。一人旅も味気ないしね~~」
「! お、おおきにっ!!」
「よろしくね、理亜ちゃん」
「……っ、あの、うちは何と呼べば」
「ん? そうねぇ~」
女はウィンクひとつ、
「ママ、って呼んでくれればいいわよ♪」
「……っ、わかりました、ママ」
「じゃ、さっそく行きましょうか~。次の予定があるから」
「あ、はいっ」
もっと強くなって。
もっと凄いレスラーに、なれるのならば。
どんなことだって、やってのけるつもりだった。
「あの、ところで、次の予定って……?」
「ん? うん、明後日から上海ね~」
「へぇ、シャンハイ……上海ぃぃっっ!?」
「うふ」
「…………っ」
こうして。
Σリアの、新たな旅が始まったのである――
(つづく)
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