西暦20X1年、夏――
渾然となって馳せ巡る数多の運命の輪は、まだ見ぬ未来へとただ一心に突き進む
歴史を人間が作るのか、人間がたどった轍それそのものが歴史なのか?
されど一度、四角いリングの魔性にとらわれたならば、もはや引き返すことは叶わぬのだ
少女たちの流す汗も、涙も、すべては闘いのキャンバスを彩る画材にすぎぬのであろうか――
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■ワールド女子プロレス SIDE■
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◇◆◇ 1 ◇◆◇
▼ 日本 大阪府 ワールド女子プロレス・オフィス
「ちょっとちょっと。……それ、本気?」
思わず《神楽 紫苑》が疑ってしまったのも無理はない。
きたる【ワールド女子プロレス】年間最大のビッグマッチ『ワールド夏の陣』。
その会場が、収容人数MAX16000人の『大阪城アリーナ』。
それも驚きだが、
「3daysってさぁ……3日にやる、ってことじゃ……ないわよねェ」
「……お察しの通り、3連戦ということよ」
《芝田 美紀》はため息をついた。
『ワールド夏の陣!!!~大阪城アリーナ-3days-~』
大阪城アリーナでの興行は、初めてではない。
が、それはワー女がそれなりの規模を持っていた時代の話だ。
――《ドレッド宮城》
――《コンドル池上》
――《サタン蝶子》
――《鶴見 さやか》
……そして《サンダー龍子》。
錚々たるスターたちが揃っていた、あの時代。
もうずっと前の話である。
あの時代とは情勢が違う上に、3連戦とは、
「……うちの社長、とうとうヤケのヤンパチになっちゃった訳?」
「そうではないわ。……勝算は、確かにあるのよ」
「確かに、【WWCA】と組めたのは大きいけどさぁ。それだけじゃねぇ」
少し前まで新女と業務提携していたWWCAが、ワールドと手を組んだ理由は定かでない。
しかし以前は関係が良好だった時代もあるので、そこまで不自然という話ではなかろう。
「それ以外にもあるのよ、プラス材料はね」
「あぁ、【パラシオン】との対抗戦? それなりには期待できるだろうけどさぁ」
先日の興行で、偶発的に? 勃発したパラシオンとの因縁。
今後本格的な対抗戦が始まることになっているが、パンチの弱さはいなめない。
「そう、パラシオンの件……それと、寿家」
「コトブキ……あ~、センカちゃんねぇ」
【寿千歌】――
その名は関西の格闘業界では、良くも悪くも知られた名である。
最近は、ユニットを結成して新女のリングに上がっていたはずだが……
「新女がアメリカ遠征に行くのは知ってるでしょう?」
「えぇ。豪気な話よねぇ、全く」
千歌軍団はそのメンツに加えられなったため、当初、関西での自主興行を計画していたらしい。
が、そうなるとワールドと客を食い合うことになる。
ならばいっそのこと、
「手を組んで、一緒にやろう――ということになったようね」
「ふ~~ん……なるほどね。確かに、それだけコマが揃えば、オオバコでもやれるかも」
ようやく愁眉を開いた神楽である。
◇
「そうそう。そろそろ、あの子たちにテストを受けさせないと」
「あぁ、ワールド三羽烏ね」
「……もっとクールな呼び名を考えた方がいいわね。トリプルW、とか」
(どっちもどっちだと思うけど)
――その後、新人三人のチーム名は“Get World”と決定した。
◇
▼ 日本 大阪府 ワールド女子プロレス・道場
大一番を控え、ワールドの道場には多くの所属外選手が顔を出している。
再来日した《アリス・スミルノフ》(EWA)。
【WWCA】からは、カオスに次ぐヘビー戦士《レディ・コーディ》、WWCAタッグ王者の《リリィ・スナイパー》&《コリィ・スナイパー》のスナイパー・シスターズや、ジュニア王者の《エミリー・ネルソン》ら。
そして、【寿千歌軍団】の面々。
そのうち〈大空 ひだり〉は未デビューのため、今回の合同興行でのデビューを希望しているといた。
そこでワールド、千歌らの間で企画されたのが
『ニューフェイスカップトーナメント』
である。
『ワールド夏の陣』の企画の一つとして、将来の女子プロ界を担う若手が団体の垣根を超えて集結、優勝を競うというもの。
新人だけに交渉もしやすく、他団体からの参戦者も続々と決定していった。
◇
千客万来なワールド道場、新たにやってきたのは、関東から来た二人連れである。
「っ、よろしくお願いします、《氷川 砂響》と申します――」
極悪レスラー《SA‐KI》の中の人とは思えぬ、柔和な女性。
千歌軍団の《ライラ神威》と親交が深いことから、今回の合同興行に参戦することになったというわけ。
その付け人らしく同行してきたのは、ひときわ目立つ美貌をもつ黒髪の少女である。
「はじめまして、〈黒河 さとみ〉です。《フレイア鏡》師匠の弟子です!」
師である鏡が先の龍子戦で負傷・入院を余儀なくされたため、同じヒール軍団のSA‐KIに従って来たという。
彼女もまたデビュー前であり、ワールドのリングで初陣を飾ることになろうか。
◇◆◇ 2 ◇◆◇
▼ 日本 大阪府 ワールド女子プロレス・オフィス
「……どう思う?」
「う~ん、まぁ、ヤエ(八重樫)と高倉はフツーでいいんじゃない? 前座からスタートってことで」
新人たちの売り出し方について、社長から問われた神楽が答える。
「やはり紫熊だな。……どう売り出すか」
「華があるのは確かですが、いきなりトップで使うのは、荷が重いと思いますわ」
これは芝田である。
当の〈紫熊 理亜〉が付き人を務めているだけに、発言には重みがある。
「ま、せっかく話題性あるんだし、活かしたいのは分かるけどねェ」
理亜はデビュー前ながら、すでにファンクラブが設立されているほどに注目度が高い。
うまく転がせば、次代のスターとして売り出すことも可能であろう。
「まずは前座で切磋琢磨させて、おりを見て抜擢する方が、あの子にとってもいいと思いますわ」
「本人の志向と適性はまた違うもんねェ……」
理亜自身は《フレイア鏡》のようなヒールを目指しているらしいが、それが本当に彼女に向いているかどうかは分からない。
案外、正統派タイプがしっくり来るかも知れないのだ。
「……話は分かるが、悠長にしてはいられない。活かせる素材は、全て使い切りたい」
「…………」
社長の気持ちも分かる。
「だったら、こういうのはどうかしらね……?」
◇
▼ 日本 大阪府 某スケートリンク
対抗戦に備え、大阪市内のスケートリンクでスケート特訓に励む芝田――
元フィギュア五輪候補だった彼女にとっては、原点に帰るという意味があったのであろうか。
もっとも、付き合わされる理亜からすれば、
(こんなんプロレスと関係ないのに……)
とボヤきたいところであったろう。
「今後の話だけどね」
休憩時に、芝田が切り出した。
「今、中森さんがヒールをやっているけれど……」
一人で暴れ回るだけでは、いかにもツカミが弱い。
「神楽さんを完全にヒール路線にする方向で進んでいるわ」
神楽はベビーという訳でもないが、といって完全にヒールな立ち位置でもない。
あえていうなら『アウトロー』的なポジションなわけだが、こうしたレスラーそれぞれの立場の曖昧さもワールド低迷の一因、かも知れない。
「今後はベビーとヒールを明快にして、抗争劇をしっかり見せていこうという訳なの」
「ははぁ、なるほど」
それはそれで、理亜にとっては悪い話でなかったが、
「貴方たち3人は、正規軍の救世主ユニット“Get World”として売り出していく予定よ」
と、なると、あまり喜ばしい話ではない。
「貴方には持って生まれた華があるわ。それを生かす闘いをすれば、きっとエースになれる」
「は、ぁ……」
いまいち解せない話ではあるが、今の立場では自己主張は難しい。
だが、
(既成事実を作ってしまえば――)
ガタガタ言われることもあるまい。
◇
▼ 日本 大阪府 ワールド女子プロレス・道場
そこで理亜、ひそかに神楽に接触した。
「あの、ヒールユニットの件なんですけど――」
「ん? 何ソレ? お姉さん、ベビーとかヒールとか、興味ないのよねぇ~~」
露骨にはぐらかされてしまった。ぐぬぬ。
(っ、それなら……)
現・ヒールの中森に話を持っていくしかない。
◇
▼ 日本 大阪府 ワールド女子プロレス・道場近郊
中森がランニングに向かう所へ同行し、話を持ちかける。
「……その話か」
特に否定もしない中森。
自分もヒールでやっていきたいことを訴えると、
「…………」
黙然としていた中森であるが、
「……考えておこう」
と、その場の話は終わった。
◇
▼ 日本 大阪府 ワールド女子プロレス・道場
内心悶々としている中、新人のプロテストが開催された。
ワールド女子ではこのテストに合格しなければ、デビューは認められない伝統である。
内容は先輩選手とのスパーリングで、もとより勝ち負けより内容が重視される。
「よほどのことがなければ不合格にはならないわ。気楽にいきなさい」
と芝田から言われた理亜であったが、相手が
――《神楽 紫苑》
となると、流石に緊張せざるをえない。
何せ現チャンピオンであり、かなり当たりも強い。
うかうかすれば、デビュー前に病院送りとなりかねないのだ。
「まぁ、師匠は無茶はしねーさ。オレなんか中森さんが相手なんだぜ……」とボヤく同期の〈八重樫 香澄〉。
「そうですよ~。アタシだって池上サンだし……神楽さんなら一番空気読んでくれそうだし」と、これは〈高倉 景〉。
ヒールターンして得体の知れないキャラになってしまった中森、復帰したばかりで勘の戻りきっていない《コンドル池上》……どうも、この団体は新人に厳しすぎるのではなかろうか。
……果たして、テストは惨憺たる結果となった。
神楽に顔面がボコボコになるまで痛めつけられたあげく、最後は片エビ固めでえげつなく搾られタップ。
それで終わりかと言えばそんなことはなく、無理矢理引きずり起こされ、時間いっぱいまで“可愛がられ”る。
ふだん見せぬ神楽の殺気あふれる攻めに、道場の空気が凍りつくなか、ようやく終了のゴングが鳴る。
理亜が最後まで心折れず耐え切れたのは、鍛錬によって得た肉体の頑丈さのおかげであったろう。
「なかなかやるわねぇ、お嬢ちゃん」
テスト後、洗面所で口をゆすいでいた理亜に、神楽が呑気に声をかけた。
「……っ、あの……」
「『合格』よ」
「え……?」
ニヤリと笑ってポンと肩を叩き、神楽は立ち去った。
それがプロテストの合格なのか、それ以外のものなのかは分からない。
ほどなく理亜に、正式なプロテストの合格と、デビュー戦のカードが伝えられた。
◆◆ 紫熊理亜デビュー戦 ◆◆
〈紫熊 理亜〉(ワールド女子プロレス)
VS
《グローリー笠原》(フリー)
(……ごく普通やな)
と、言うしかない。
もっとも、他の同期がシリーズ開幕戦の滋賀大会でデビューするのに対し、理亜のみ『ワールド夏の陣』一日目、それも休憩前という試合順である。
それだけ期待度が高いと言う事であろう。
もっとも、喜ばしい話ではない。
さっきの雰囲気からして、てっきり神楽がヒール側に引っ張ってくれるのかと思ったのに……
(結局、アイドル路線やれってことなんかなぁ)
◇
▼ 日本 大阪府 ワールド女子プロレス・道場
「おめでとう、理亜さん。デビュー決まったんだって?」
悶々としつつ練習をこなす理亜に、そう話しかけてきたのは黒河さとみ。
フリー参戦のSA‐KIの付き人として同行している若手で、近々ワールドでデビュー予定。
レスラー志望とは思えぬ美貌の持ち主だが、かつてはアイドルとして活動していたという。さもありなん。
人なつっこい性分で、理亜たちワールド勢とも積極的に交流していた。
「まぁ、一応……」
「? あんまり嬉しそうじゃないんですね」
そこで、ヒール志望なのにままならない件を話す。
「はぁ~……なるほど」
「さとみさんもそうなんやろ? なんせ、鏡さんのお弟子なんやし」
「それはもちろん、そうですけど――」
さとみ的には、ヒールは強くなくてはならない、という考えがあるらしい。
弱いレスラーが強がって見せても、サマにならない。
逆にやられてサマになる《サキュバス真鍋》のようなタイプもいるとはいえ。
「だから、今はじっくり鍛えていこうかなって」
「……ははぁ」
そういう考えもあるか……と思う理亜である。
◇
やっぱり新人の間は我慢するしかないかも……と思っていた矢先。
「あ、どうも、マリアさん~~」
「リアは、マリアじゃな……ぃ!?」
能天気な声に振り向き、思わずギョッとする。
そこにいたのは、髪をオールバックに極め、黒づくめのスーツを身に着け、おまけにサングラスをかけた身長180はあろうというド迫力の女。
(ま、マフィア……!?)
と、思ってしまったのも無理はない。
「あれ? あ~、やっぱりこれじゃ分かりません~?」
とサングラスを取って呑気な笑みを浮かべるのは、
「か、要さん……?」
〈佐藤 要〉――アリス・スミルノフの通訳だか付き人だかで、このワールド道場に出入りしている女性。
先日【パラシオン】でデビューしたばかりだと聞いていたが……
「な、なんで、そんな格好……?」
「あ~、うち、試合だとこういうキャラでいっとるんです」
この悪の女幹部さながらのルックスで、〈アンビバレンツ佐藤〉と称し、リングに上がっているというのだ。
しかし、パラシオンといえば格闘技色の強い団体。
それなのに、こんな芸風でいいのだろうか?
「まぁ、ちょっと渋い顔されましたけど、お前がええんならええんちゃう? みたいな感じでしたねぇ。お客さんも、結構喜んでくれたし」
「…………っ」
その笑顔に、理亜は思う所があった……
◇◆◇ 3 ◇◆◇
▼ 日本 大阪府 大阪城アリーナ
そして迎えた『ワールド夏の陣』、初日――理亜の、初陣。
×紫熊 VS 笠原○
(11分28秒:ジャンピングネックブリーカー→体固め)
試合自体は笠原が引っ張り、理亜の見せ場もそこそこ作りながら、一般的な『デビュー戦』をこなした。
必殺のクレイモア(水面蹴り)が決まった時は、笠原の受け身の見事さもあいまって、大きな歓声を引き起こして見せた。
試合後、場内からあがった拍手は、健闘をたたえるに十分なものであったろう。
もっとも、試合後の理亜に笑顔も安堵もない。
この先、もう一仕事残っているのだ。
◇
この日は、パラシオンとの対抗戦・第一ラウンド。
<セミファイナル>
《メデューサ中森》&《SA‐KI》(ワールド側ヒールユニット)
VS
《桜井 千里》&《ソニア稲垣》(パラシオン)
<メインイベント>
《神楽 紫苑》&《芝田 美紀》(ワールド女子プロレス)
VS
《葛城 早苗》&《沢崎 光》(パラシオン)
…………
セミファイナル、中森組VS桜井組は大荒れとなった。
若手の稲垣は早々にリタイアさせられ、桜井がほぼローンバトルを強いられる。
「クッ! この程度で……っ!!」
「ヒャーッハッハッ!! これでエース様とは大笑いだよッ!! そらっ、観客席の豚どもに、そのみっともないツラ見せてやりなっ!!」
「~~~~ッ!!」
更に中森がホームセンターで買ってきたばかりの新兵器・バラ鞭(柄の部分で数本の革紐が束ねられているタイプ。一応、メデューサをイメージしている)で桜井の尻を鞭打つなどやりたい放題の大暴れ。
最後は中森組の反則負けとなったが、意気揚々と引き上げる彼女たちは勝者気取りもいいところであった。
さて、そんな流れからのメインイベント。
怒りに燃えるパラシオン側が優位に進めるが、途中中森が介入、またもワールドの反則負けとなる。
余計な真似を! と中森に突っかかる芝田。
しかしパートナーの神楽が裏切り、芝田に襲い掛かる。
そこへデビュー間もない新人たちが現れて芝田を助け、本隊vsヒール軍の図式が明解になる――
というのが、会社側の描いた絵図であった。
おおむね順当に進んだが、ただひとつの誤算は……
「悪いけど、私、こっちの方が向いているみたいなの――さっさと消えなさい、このポンコツ!」
理亜が師匠の芝田にジークンドー仕込みのキックを見舞ったり、同期の高倉を場外へ投げ飛ばしたりと大暴れ。
神楽・中森らのヒール軍への合流を表明したのである。
この騒ぎで、あたかもダシにされたようなパラシオン勢も怒ってリングに上がるなどし、大混乱。
紫熊理亜――否、〈Σ(シグマ) リア〉、真のデビューは、こうして始まった……
◇
その後の【ワールド夏の陣】にはヒール軍『B.G.W』の一員として参戦し、中森や神楽らと組んで闘った。
◆◆ 紫熊理亜・真のデビュー戦 ◆◆
《神楽 紫苑》&《メデューサ中森》&〈Σ リア〉(ワールド女子プロレス)
VS
《桜井 千里》&《葛城 早苗》&〈坂林 玲〉(パラシオン)
リア得意のジークンドーも、桜井や葛城といった国内屈指のストライカーが相手では分が悪かったが、最後は神楽が坂林を仕留め、6人タッグながら初勝利も収めた。
○神楽 VS 坂林×
(10分31秒:STO→体固め)
スキル不足は明らかだったが、神楽らのサポートのおかげもあって、Σリアは大いに注目を集めたのである。
夏の陣、興行としては三連戦ほぼ満員の観客を集め、上々の結果を残した。
プロレス週刊誌の最大手『週刊レッスル』が表紙にうたった“ワールド復活!!”の見出しは、決して大げさではなかったといえよう。
気をよくしたワールド経営陣は、さらに大きな仕掛けを考えているという。
ワールド女子プロレスの、明るい未来――
この時、それは確かに、リアの視線の先にあるものであった。
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