ある日
京美さんが電話を切った後に
ガッツポーズで
「やったわ!」って。
かなり珍しいこと。
要さんも喜んでる。
「べティ、よかったなぁ!」
何のこと?
話が見えないんだけど。
「そこにいる訳じゃないって
わかってるつもりだけど
やっぱりべティを連れて
行きたかったものね。」
「代替わりで犬OKになった。
ほんとにありがたいな。」
ふたりは何だか盛り上がってる。
わたし
おうちの中のハウスで
しばらくふたりを見てたわ。
何だかわからないけど
ふたりが楽しそうで
すごくうれしかった。
何日かして。
その日は朝からあわただしく
「べティ、おでかけよ。」
どうやらこの間の
『やったわ』に
連れて行かれるみたい。
京美さんと何度も目が合って
そのたび京美さんは
すごく笑顔。
要さんは
わたしとすれ違うたび
わたしの頭をなでなでする。
気分的には悪くないけど
訳がわからないわ。
説明してほしいわ、ほんと。
わからないまま
車に乗って
わからないまま
車を降りて。
大きな門。
段があるから
ふたりはまたいで。
わたしは
のぼっておりた。
石畳の道。
脇は砂利道になっていて
わたしはそっちに降りて歩いた。
要さんも
京美さんも
だんだん口数が減っていった。
石がたくさん並んでる。
わたしのハウスが並んでるみたい。
そのうちのひとつの前に来ると
要さんも京美さんも
その石のお掃除をはじめた。
手持ち無沙汰な気分のわたしは
ふたりの間を行ったり来たり。
「やぁ いらっしゃい。」
後ろから声をかけられた。
「ご住職、お世話になっております。」
要さん達は
ご住職という人に
深々と頭を下げた。
彼は手を合わせて
同じように深々と頭を下げた。
「連れて来たかったのは
この子ですね。」
その人はわたしにも
手を合わせて
深々と頭を下げたわ。
「お名前は?」
「べティです。」
「ほう、べティ?」
ほら!
聞き返してきたわ。
優しそうな人だけど
この人も似合わないって
思ったのね。
『べティ』
「エリザベスのべティですか?」
え?
なにそれ?
「そうです!そうです!」
京美さんが『やったわ』くらい
喜んでる。
ベティって名前は
エリザベスって名前の愛称なんですって。
「よく、おわかりになりましたね。」
「えりちゃんだからエリザベスってことですね。」
ご住職という人はしゃがみこんで
わたしの顔をまじまじと見て
「べティちゃん。
えりちゃんのかわりに
たくさん親孝行してくださいね。」
わたしの背中に
そっと手をおいたわ。
えりちゃんというのは
要さんと京美さんの
娘さんで
わたしが生まれる少し前に
病気で亡くなったそう。
悲しくて悲しくて
えりちゃんのこと
口にできなかったって。
「でも、いつからかな?
“べティ”って呼ぶと
“えり”って呼んでる気分になって。」
ほんとにほんとに
よーく考えて
今日の出来事を
頭の中で
整理したわ。
わたし
柴犬の『べティ』
柴犬よ。
大きな声で言っちゃうけれど
とともお気に入りの名前なの。
パパとママがつけてくれた
すてきな名前なの。


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