「鉄の暴風」を無視、あるいは排除するその不可思議
「通史編」の具体的な内容を考察するにあたって、その内容よりもとりあえず取り上げなければならないのが、先述の通り「鉄の暴風」が全く無視されているということです。「赤松大尉の自決命令」という、非常に重要な観点が文字通り無視、あるいは排除されてしまっているということです。
「鉄の暴風」はノンフィクションです。
すなわち「赤松大尉の自決命令」も事実なのです。「通史編」の発行年は1990年ですが、その当時も当然ながらノンフィクションでありました。しかも繰り返しになりますが、1985年の沖縄タイムス紙上にて「赤松大尉の自決命令」はなかったと主張する「ある神話の背景」の著者である作家の曽野綾子氏と、「鉄の暴風」の編著者であり沖縄タイムスの記者だった太田良博氏によって、自決命令に関する直接的な論争が新聞連載という形式で行われており、太田氏はそこでも一貫して「鉄の暴風」における「赤松大尉の自決命令」は事実であると主張しております。
そして現在(2021年)も訂正されていないことから、少なくとも出版元である沖縄タイムス社は「鉄の暴風」の内容を事実と認定しているようです。
ちなみに曽野氏と太田氏の論争については、当ブログ「曽野組と沖タイ連合の仁義なき戦い」にて考察しておりますので、興味がある方は御一読をお願いいたします。
「赤松大尉の自決命令」の真偽についてはともかく、上記のような経緯があり「赤松大尉の自決命令」が事実と認定、あるいは主張するスタンスの執筆担当者(安仁屋氏)であるならば、非常に重要かつ決定的な要素として掲載されてもよさそうなものですが、「通史編」や「資料編」にはそれがないのです。
ちなみに安仁屋氏はこの「通史編」に限らず、他の著作物や自らの主張によって、その是非はともかくも一貫して「命令はあった」というスタンスをとっております。なお、安仁屋氏が執筆した文献は図書館等でご簡単に入手できるものでありますから、興味のある方は各自考察なさってください。
「通史編」や「資料編」では、その代わりというのが適切かどうかわかりませんが、渡嘉敷島の最高指揮官であり最重要人物であり、集団自決の首謀者といっても過言ではない赤松大尉の文言や行動をバッサリ切り捨てられております。そして単なる一介の人物、あるいは一兵士(この場合は一下士官ですが)ともいえる「兵器軍曹の自決命令」が全面的に取りあげられているのです。
このような現象はどう解釈したらよろしいのでしょうか。
「赤松大尉の自決命令」がない理由についての仮説は、様々な観点から複数あると思われます。
まず執筆者が違うから、当然そのスタンスも違ってくるということです。確かに「鉄の暴風」の執筆担当者は太田氏であり、「通史編」の担当者は安仁屋氏であることに間違いはありません。
しかし、例えば二人のどちらかが自決の「命令はなかった」とする立場であったら、そこには決して埋まらない溝ができそうなものではありますが、ご両人とも自決「命令はあった」という立場の方々なのです。集団自決に対する考え方は、ほぼ同じ考えだといってもおかしくはないのです。
また、「通史編」の執筆担当者が「命令はなかった」というような仮説の提示、あるいは主張を仮にもなさっていたのならば、「鉄の暴風」は信ぴょう性が疑わしいとして、当然のごとく除外されたかもしれません。しかし実際の安仁屋氏は先述の通り「命令はあった」と主張する立場の方なのです。
このような経緯をみる限り、なぜ「通史編」に最重要項目であるはずの「赤松大尉の自決命令」が掲載されないのか、個人的には非常に不思議なことだと思っております。
次に字数や紙面の制限によって除外されたのではないか、ということも考えられますが、この点については可能性が非常に低いと思われます。
重要項目を無視、あるいは除外する行為自体、一般的常識に当てはめても非常に考えにくいことなので、これ以上の考察は無意味と思われます。。
最後は安仁屋氏も実際問題として、「鉄の暴風」の信ぴょう性を疑っているのではないか、という仮説の提示です。別の言い方にすれば暗に「疑わしいと認めている」ということにもなります。
「鉄の暴風」における「赤松大尉の自決命令」は残念ながら信ぴょう性が低く、「通史編」に掲載されることは不適切と安仁屋氏は感じますが、再三指摘している通り安仁屋氏は「命令はあった」というスタンスを堅持しております。
したがって「命令はあった」という主張やスタンスを維持し継続させるためには、信ぴょう性の低い証拠よりも、確実に信頼性のある証拠の提示の必要性が生じ、その結果が「兵器軍曹の自決命令」の掲示に繋がったのではないでしょうか。
少なくともこれらによって「命令はあった」という主張の継続が可能になるのです。同時に「赤松大尉の自決命令」は無視され、排除されてしまうのです。
そういった意味では安仁屋氏や同じスタンスを持つ方々にとって、非常に「重大な事実」となっていることが更に理解できるのではないでしょうか。
勿論、上記の仮説は仮説であって、その領域から出ることはあり得ません。
あとはこの顛末を一番理解しているはずの安仁屋氏ご本人から、何らかの回答やアクションが得られればよいのですが…多分無理ではないかと思われます。
次回以降に続きます。