蟷螂の独白

世に背を向けた蟷螂です。喜怒哀楽を綴って19年モットーは是々非々の団塊世代です。

お受験

2021-01-31 22:19:52 | 徒然
明日、東京は中学入試の本番の日、受験生は眠れぬ一夜を過ごすことでしょう。
アンポンタン大バカマヌケ倅も中学入試を経験しています。
もう4半世紀以上前のことになりますが、蟷螂は昨日のことのように思い出します。
千葉の私立中学2校の入試に合格し、あとは東京の国立と私立を残すのみになっていました。
塾の担当からは、どうしてもK成を受けてほしいと懇願されていましたが、K成学園を出た3人のオジキと愚弟を見ていて、『K学園はやめよう』と決断し、アンポンタン大バカマヌケ倅はA布学園を本命校として2月1日に臨みました。
2月1日は伝説として雪が降ることで知られているので、天気予報も見逃すことができませんでした。
あの年の受験は阪神淡路大震災があり、灘中の受験生がA布中を受験するために上京したりしていました。
ちなみにK成は灘中の受験生を、願書を盾にして受け入れませんでした。
A布は『鉛筆1本持ってくれば受験させる』と言って受け入れたと聞いています。
 
アンポンタン大バカ間抜け倅は国立の✖波も受け、発表を蟷螂は見に行きました。
発表のボードが張り出される前に風で覆っていた布がまくれ上がり、アンポンタン大バカ間抜け倅の受験番号が見えました。
その時はもうA布の合格を知っていたので、手続きをせずに帰りましたが、『国立の方が月謝が安いのに』と思ったりしました。
当時勤めていた会社のオーナーの息子が✖波に通っていたので気まずい雰囲気になり、直後に蟷螂は転職せざるを得なくなりました。
今でも同居人に愚痴を言われるのは、〇駒を受けさせなかったことです。
なぜ〇駒を受けさせなかったのか。
その理由は、中高一貫校と言っても千差万別、蟷螂の出た二流中高一貫校では高校からの入学者がハバを利かせ、6年間一緒に過ごした仲間の方が強い絆で結ばれていたので、高校入試の無い中高一貫校を選んだのです。
また、愚弟のK成学園での生活を見聞きしていた蟷螂は、青春を束縛するように勉強を強いるK学園の教育方針に納得がいかず、自由を標榜しているA布を受けさせることにしました。
 
ところがA布はK成よりも酷かった。
後に蟷螂夫婦が心臓病を病むくらい、A布の生活は手がつけられなかったのです。
部室に寝泊まりする日々もあり、非行の道に走るのではないかと心配したものです。
屋上から隣家の屋根へ机を投げて屋上は長い間立ち入り禁止。
1階の教室へは窓から入るのが当たり前、出前を取ったり授業中に麻雀をしたりカルト教団に入信する者もいたりと、個性的というよりも、犯罪者予備軍ではないかと思ったりしました。
 
A布は親をハラハラドキドキさせる中学であるということです。
そしてK成やA布、桜〇(愚母)の卒業生を間近に見てきた蟷螂が肌に感じたことは、彼らはエベレストよりも高いプライドの塊に育つので、親はかなりの覚悟が必要になるということです。
 
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