皆様、お待たせしました!。随分と長い間沈黙を続けておりましたが、やっと考えが前向きになったのと、此処最近、身辺でめまぐるしい変化が起きているので、オチオチしていられなくなり!?、このBlogもいい加減再開しないといけないなとの思いから、新たなエントリを加える事にしました。今回のエントリは近況も兼ねて病状についての中間報告としておきます。Googleで肺胞蛋白症を検索するとこのBlogが1ページ目からヒットするようになっているのも気になるところですし(汗・・・。僕と同じ病気と闘っている患者の方々に対して少しでも役立てばと思って(思うのが遅い!?)、今の現状を書き記して置きます。今回のエントリはかなりの長丁場になるかもですが、ま、健康な方もお付き合い頂いて、肺胞蛋白症についてご理解とご協力を頂ければ幸いです。下の方にも記述がありますが、僕の主治医を始め多くの方が頑張ってくれて、肺胞蛋白症のWebサイトがようやく出来上がりました。医療従事者用と一般用に分かれていますが、是非御覧になってください。
1.現状について。
まず、今年の2月1日に近畿中央胸部疾患センターでの闘病生活を終え晴れて退院し、今は自宅にて在宅酸素による自宅療養中である事。毎月第一火曜日に主治医の診察と検査(CT、レントゲン、採血等)、酸素外来というカウンセリングを受けている事。別の日に禁煙の為、禁煙外来を受診し、チャンピックスを服用中で有る事等が大まかな現状です。
さて、冒頭の写真にも有る通り、SpO2/動脈血酸素飽和度に関してはかなり安定するようになりました。ウチの直ぐ傍に50段近くの階段が有るのですが、そこは発症時にはとても自力で上がる事が出来なくなっていました。近畿中央胸部疾患センターでのリハビリでも何度か階段の昇降訓練を行いましたが、去年の12月頃は2階までで89。1月は3階までで92まで下がっていました。しかし、現状ではこういった急激な動脈血酸素飽和度の低下はありません。
日常生活において特に息苦しくなるような症状はほぼ皆無と言ってよく、入浴時も同様で、かなり回復していると思われます。
肺の機能も肺機能検査によってほぼ正常と確認されています。肺活量は肺胞洗浄前で2900/ccだったのが3970/ccまで回復しています。今週の火曜日(3/9)に受けた検査で動脈採血(これが死ぬほど痛い!!)をしてもらって良い数値が出ていました。採血で特に気になる数値で肺疾患では頻繁に聞くKL-6とかSP-AとかSP-Dも安定しています。SP-A値は48だったかな(苦笑。で、特に劇的なのはKL-6。これは肺炎とか肺癌になると上がる数値ですが、正常な人で500U/ml以下なんだそうですが、僕は近畿中央に入った直後で28500U/mlというとんでもない数値だったんです。ですが、現状では512U/mlまで下がっています。
レントゲンでは肺野に影を見る事が殆ど出来ずCTによって多少「メロンの皮」状の影を確認できる程度にまで回復しています。
在宅酸素に付いても現状では、ほぼ必要ない状態になりつつあり、次回の外来受診で6分間歩行検査を受け、異常がなければ終了となります。ちなみに今僕が使っている在宅酸素の機器ですがヘリオスという非常に機動性の良い機器を使用しています。これは通常のボンベではかなり制約を受ける事から、主治医と相談の上、ヘリオスを選びました。ヘリオスに付いて詳しくはこちらを参照してください。まったく同じものを使っています。
こんな感じでごじぇ~ますだwww
2.全肺胞洗浄術について
近畿中央胸部疾患センターでの約2ヶ月半の入院生活で、特に特記すべきはやはり全肺胞洗浄術を受けた事でしょうか。
肺胞蛋白症は症例が少なく、また非常に患者の数も稀で、未だに解明されていない処が多い病気です。しかし、奇病と言われる肺胞蛋白症は死に至るような重篤化(ないとも言えないが)に陥る程の病ではなく、診断も確立され、治療に関しても聊か乱暴気味では有るものの、全肺洗浄という確立した処置を行う事によって病状の進行を食い止める事が出来ます。但し問題なのは病気の根本を完全に絶つことができない事です。肺胞蛋白症は完全に治癒しない。上手く付き合って行かなければならない病気である。と、言う事になります。GM-CSF吸引療法も治験によってある一定の効果が近畿中央胸部疾患センターと新潟大学医歯学総合病院で確認されています。但し厚生労働省の認可を受けていないため治験以外でこの療法を用いる事は経済的に非常に負担が大きくなります(概算で一回の吸引治療に500万円必要)。と、言う事は現状では全肺胞洗浄を受ける以外に抜本的な解決策はないと言って良いでしょう。ここで問題なのは全肺胞洗浄を受ける際に乗り越えなければならない壁が有る事です。
僕は今回の入院で2度、全肺胞洗浄を受けました(基本的に全肺胞洗浄は2度にわたって処置を受ける事になります)。初めに、特に症状が酷かった左肺から洗浄し、2週間のインターバルがあって右肺を洗浄しました。2回とも全身麻酔下によるオペとなります。以前、別のエントリーでも紹介した通りの処置となりますが、この全肺洗浄は大変な苦痛を伴うもので有る事を理解してください。オペ自体は全身麻酔下で行うので痛みなどはまったく感じません。手術開始に際して、まず手術台に寝かされた後、麻酔科医の先生が麻酔の段取りをします。左腕の外側に点滴の為、長いナイロン針を刺しますが、これ、結構痛いかもです。針が長いですから。この針は術後もお世話になるため暫くロックを付けた状態で2~3日刺したままになります。右腕には麻酔の効きを確認する為、器具を付けて電流が一定の間隔で流れます。電気が流れる際に腕が勝手に跳ね上がる動作がありますが、これで正常です。そして点滴で麻酔投与が始まります。体内に麻酔薬が入っていくのが判ると思います。血管が冷たく感じるからです。酸素マスクを装着し、ココからも麻酔が入って直ぐ、昏睡状態になります。後は何もわかりません。記憶が飛びます。ですので肺胞洗浄は何も恐れる事はないのです。注意すべきはオペ室から出てRCU(呼吸器集中治療室)へ移動してからです。オペに要する時間は6時間。オペ終了後直ちにRCUへ移されます。そこで麻酔が覚め覚醒します。ここです。ここが大変なのです。全肺洗浄は人工呼吸器を装着して行いますがオペ当日の術後から翌日朝まで人工呼吸器は着けたままで過ごす事になります。人工呼吸器の管は蛇腹状で大変太いモノで、よくもまァこんなものを喉に差し込むもんだと言う位、太いです。洗濯機の排水ホースより若干細いくらいです。これが喉仏の辺りまで差し込まれます。そして鼻の穴には痰切りと軽い麻酔を掛けるための細いチューブが差し込まれますがこれも非常に長く、気管支辺りまで届いてるのではないかと言うくらい長いです。痰切りのチュウブは良いとして、人工呼吸器。これは本当に辛い。辛いし痛い!!。オペ直後、RCUで覚醒後直ぐに襲ってくるのは人工呼吸器の猛烈な傷みです。とても痛い。直ぐにでも外して欲しいくらい痛いです。しかし、直ぐには外せない為、30分程で新たに麻酔を掛けられ昏睡状態になります。で、翌朝を迎えるのですが、大体6時頃目が覚めます。此処からが人工呼吸器との格闘になります。約3時間、喉を内部から圧迫する人工呼吸器の傷みと闘わなければなりません。色々な機器を使って少しずつ管を抜いていきます。ホンマに少しずつです。一時間で数ミリとかの世界です。この間、鼻の管から軽く麻酔を掛けてくれているのですが全然効果ありません。マジで痛い。それしかないです。で、何度かポータブルのレントゲン撮影機で人工呼吸器の位置を確認して、9時前くらいに抜管(ばっかん)となります。抜管は一気です。針金みたいな器具?を人工呼吸器から入れて喉を刺激します。すると大量の痰が吹き出てきます。それを見計らって人工呼吸器を引っこ抜きます。まさに引っこ抜くです(苦笑。この人工呼吸器との格闘は何も肺胞洗浄だけに限った事ではなく、他の大きなオペでも有る事ですが、肺胞蛋白症の場合はこれから先、場合によっては何度も経験しなければならない事で、年老いてくると耐えられるのかという危惧もあります。それまでにgm-csfなり、ムコソルバンなりの療法が今よりももっと確立されていれば良いのですが・・・。全肺洗浄に関しての大きな壁は人工呼吸器です。何故麻酔が効いている間に外さないのか僕の主治医に聴いて見た所、麻酔が掛かったままでは喉の筋肉が収縮してしまい抜管出来ないとの事でした。我々も最大の努力をしているが、人工呼吸器のネックは如何ともしがたいとの事でした。戦友の皆さん、耐えるしかないです。頑張りましょうね。元気なウチは!!。老いた時は、あっさり逝きましょう。発つ鳥、跡を濁さずです。それと人工呼吸器は人間の呼吸の周期(吸って吐く動作の周期)をきちんと計算して各人に合った呼吸を提供してくれます・・・と言う事ですが・・・。いや、多少の誤差は有るということで、つまり自分が吸って吐く感覚と人工呼吸器の間隔が微妙にズレてとても気分が悪くなり、麻酔の効きもあって車に酔った感覚に襲われます。その時は直ぐそばに居る医師なり看護師なりを呼びましょう。人工呼吸器が入ったままでは声は出せません。ベッド上で形振り構わず?色々なゼスチャーを使ってともかく人を呼びます(笑。そして身振り手振りで紙とペンを持って来てと伝えます。その後は筆談で人工呼吸器が自分の呼吸と合ってないと伝えると対応してくれます。僕の時は1回目も2回目も女医さんが付いていてくれて美人でした(笑。とっても良くしてくれましたよ。RCUで寝ている間、状況は刻々と変わって行きます。誠意をもってしっかり現状を伝えて処置してもらってください。決して慌てないようにネ。僕はかなり暴れました;。ま、こんな感じで全肺洗浄は決して楽ではない事を此処に記しておきます。戦友の皆さん、覚悟して、でも、これが済めば楽になる事を信じて主治医を信頼して、頑張って下さい。
3.治療費等について
僕は二つの病院でお世話になり3ヶ月の入院生活を過ごしましたが、両方合計で約40万円掛かりました。高額療養費適用になりますのでこれでも安く付いたというべきでしょう。月の負担額は治療費に大体8~10万、食事代に2万5千円です。クリスマスにはケーキが、お正月にはお餅の入った雑煮が出ました(笑。ちなみに年末年始は外泊で自宅で年越ししましたけど、病院の意向で、31日と元旦だけのたった一泊でした。患者からのブーイングが凄かったですよ。当たり前やろって話ですが、インフルエンザとかの感染も在り得るのでという事でした。逆に疲れるだけということで、帰らなかった方もかなり居られました。近中で年越しする可能性が出てきたら要注意ですよ(笑。と、言うか外泊出来るだけでも儲けモノって話ですが・・・。
さて、話は戻って、今回の治療費です。40万円。決して安くないです。高額療養費適用で安くしてもらってこの額。これから先、同じ症状が出れば再び40万です。3ヶ月入院。仕事をしながら、生活しながら、病気が再発すれば再入院とオペです。本人もさる事ながら、身内の人間の精神的負担は大変なものです。今回、僕を支えてくれたのは年老いた母と叔父叔母でした。みんな定年過ぎています。次、同じことになったら一体どうするのか・・・・。混沌としています。難病指定にはなっていないので医療費は保険に副う負担額を支払わなければなりません。そしてこれで終わりではなく、僕は退院時、酸素を外せなかった為、在宅酸素療法を受ける事になりました。これもタダではありません。月に2万5千円掛かります。ほかの薬やら検査代やらで毎月3万以上確実に飛んで行きます。仕事はまだ出来ません。いや僕の場合はデスクワークなら可能という話ですが、僕は運転手ですから。大型トラックの。力仕事。体力資本の仕事です。無理ですね。はい。デスクワーク・・・事務所は必要人数揃っています。何処で働きますか・・・。更に悪い事にこの不況。会社は業績悪化で毎月大量の赤字を出し倒産寸前です。やれやれですね。今日、ハローワークに行って来ましたけど。ま、でも、取り敢えずは傷病手当という有難い国の制度があって、休業補償されているので4月までは何とか生きて行けそうです。病気というのは色んな面で大変です。あ、心配はしないで下さいね。今のところ体調はかなり回復していますから、次の仕事も直ぐ見付かりそうだし。
しかし、難治性肺疾患である肺胞蛋白症、僕の本音を言えば難病指定にして欲しいと考えています。その為に多くの人が動いている事も知っています。これから先のこと、生きていく上でどうしても乗り越えなければならない壁は沢山あります。しかし、自分ではどうにも出来ない事も、僕達には沢山あります。僕は現状をどうにかしたいと考え、市の議員や府の議員、はては国会議員にまでも肺胞蛋白症についての話をして働きかけています。ここでどの党の誰に話したか一々御名を挙げるのは遠慮しておきますが、何処まで通じているかちょっと疑問ではあります。しかし、機会があれば働きかけて行こうと考えています。一日でも早く、患者の皆さんと家族の方々の負担が軽減される事を祈っています。
取り敢えずは今年の1月に肺胞蛋白症の勉強会が大阪の千里でありました。多くの患者と医師が参加されました。僕も入院中でしたけど他の患者と共に参加させて頂きました。ここでも厚生労働省に働きかけているという話を聞きました。肺胞蛋白症に詳しい、近畿中央胸部疾患センターの井上先生、新潟大学医歯学病院の中田先生、愛知医科大学病院の山口先生のお三方が中心になって頑張ってくれているとも聞かされています。他にも僕の主治医を初め沢山の呼吸器専門医の先生が係わって頑張ってくれています。本当に有難い事です。感謝せねばなりません。これから先も不定期ではあるものの、勉強会、患者の会を開いていきたいと各先生方は話されていました。次は東京で是非にという話です。で、一月の勉強会で参加する予定だった患者の方で、惜しくも肺炎のため参加できなかった神奈川の方がいらっしゃるのですが、僕とは面識もなく、まったく交流もないのですが、同じ肺胞蛋白症と闘っておられる戦友として紹介させて頂きます。Blogを綴っておられますので是非御覧下さい。そして応援してあげてくださいね。そうそう、上記の先生方が頑張ってくれて肺胞蛋白症のWEBが開設されました。医療従事者用と一般用に分かれていますが、是非御覧になってください。
4.障害手帳は受けれるのか?
これが非常に個人差があって、持ってる人と持ってない人が居ます。持ってる人は普通は3級のようです。障害は呼吸器障害です。僕が腑に落ちないのはこの点です。障害手帳はあらゆる面で助かります。特に国から何かを支給されたりという事ではありませんが、税金が安くなったり交通費が半額になったりします。いや、僕は鉄ちゃんですが、だから手帳が欲しいって訳ではありません。僕は2度、主治医と社会福祉士に働きかけてみましたが、現状では受けられないとの事でした。呼吸器障害はSpO2の値が一つの目安になるようで、80を切った状態が半年以上続けば手帳交付となるようですと主治医から説明がありました。どうも、この限りではないように思うのですが、ぼくの主治医は障害手帳とかの福祉に関してあまり積極的でない様に感じてます、残念ながら。いや良い先生なんだよ。本当に。好きなんだけどね。なんか腑に落ちないんです。現状が良ければ出せないのだとか、どうなんだと・・・。若干屁理屈気味で有る事を承知して言うとね、完治できない病気なのだから、再発する可能性もかなり高いのだから、それならば、例えば一番悪かった時の状況を多少は考慮しないといけないのではないのかと考えています。実際にそれを加味した上で、先のことを考えて手帳交付の手続きを医師にしてもらって受けている患者も居るのです、条件付だけどね。障害手帳は2年毎に更新するんですが、その更新の際に主治医が診察して病状が変わらなければ継続して交付となるんですが・・・改善された場合、ある程度の回復が認められれば返納となります。だから手帳は受けてもずっと持っていられるもんでもないんだな。しかし、線引きが曖昧なんやな、ホンマに。別に執着はないですが不公平感はかなりありますよね。主治医の意向によって変わるってのもちょっと変です。同じ病棟の同じ部屋に肺胞蛋白症の患者が僕を含めて3人居た時がありましたが、僕だけ障害認定を受けてないという理不尽さ。症状も同じならば苦しさや辛さも同じなのに。うーん。しかも退院時も酸素は外せないというオマケ付きです。なんかチグハグですよね。でもま、良いんです。色々とこれからも主治医と相談しながら病気と付き合っていきますから。それが僕に課せられた宿命なんでしょうね。
って事で、頑張ってますからね。患者の皆さんも頑張ってね。色々克服しないといけない壁がありますけど諦めないで、一つ一つ確実に、正確に越えていきましょう。僕も頑張ります。以上で中間報告終わりです。
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で、久しぶりの更新なんで僕らしくTrainzのキャプチャーでも貼ってさっさと寝ます。もう3時前だし。
この写真はTrainzに初めからあったレイアウトで撮ったものですが機関車は僕の大好きなチェコ国鉄(CD)のディーゼル機関車750形の重連です。さーて、ココではやちゃんお得意キモキモテッチャン薀蓄ターイム!!。
750形は日本で言えばDF50を更に大きくしてボギーを2軸にした機関車と言えば良いのか、電気式のディーゼル機関車でモーターの釣り掛け音がやたらと大きな音がするカッコ良いカマです。もうマジで好きだな。この共産っぽい雰囲気(笑。後ろに続く客車の列の前2両はチェコ国鉄のWLAB客車、つまり寝台車ですね。2段になったり3段になったりするヨーロッパでは標準的な寝台車です。3両目は同じくチェコ国鉄(CD)のWR。食堂車です。オレンジ色のクルマがそれです。その後ろの赤と白のツートーンカラーのクルマはスロバキア国鉄(ZSSK)のWLABです。チェコの寝台車と同じ仕様で、ビロード革命前のチェコスロバキア国鉄(CSD)時代からの生き残りです。要はまったく同じクルマだけど親玉が変わってしまったと言うヤツです。その後ろのブルーのクルマはスロバキア国鉄(ZSSK)のBC。これもヨーロッパでは標準的な寝台車ですが簡易寝台で3段。クシェットって聞いた事ないですか?。これがそれです。このクルマの後ろにはハンガリー国鉄(MAV)の客車が続いてますが、ま、それはカットって事で(苦笑。つまるところ、この列車はEN(ユーロナイト/国際夜行急行)で、チェコのプラハ本駅発、オストラバ、ブラチスラバ、ウイーン経由ブダペスト行きという夜行列車で、CDの750形が牽いてるという事はチェコ国内を走行中だと言うことですね。列車自体は僕の丁稚上げで、気分的にEN133/Dunaj。国際夜行急行第133列車「ドナウ」って感じですかwww(バカ。
最後にもういっちょ!。CDの750形と言えば「ようつべ」で色んな動画が上がっていて楽しいよ。ヨーロッパのファンは熱いなって思うよ。「CD 750」か「CD 754」でサクっと検索すると一杯出てくるよ。カッコ良いよ750。音が最高にエエよ。ちなみに僕が嵌ってる動画を貼っておくね。動画ってよりは写真を綴ったPVって感じだけど、BGMもユーロらしくテクノっぽいトラックで締めてあって気持ち良いし、ショットが良いんだよ。ぜひ見てください。嵌るよ(笑。
Provided us with a video tribute to Mr. aural83 represents. 750 locomotive sound is great!!
Nám poskytl video hold aural83 pana zastupuje. 750 je nejlepší zvuk lokomotivy!!
Video is aural83's offer.
1.現状について。
まず、今年の2月1日に近畿中央胸部疾患センターでの闘病生活を終え晴れて退院し、今は自宅にて在宅酸素による自宅療養中である事。毎月第一火曜日に主治医の診察と検査(CT、レントゲン、採血等)、酸素外来というカウンセリングを受けている事。別の日に禁煙の為、禁煙外来を受診し、チャンピックスを服用中で有る事等が大まかな現状です。
さて、冒頭の写真にも有る通り、SpO2/動脈血酸素飽和度に関してはかなり安定するようになりました。ウチの直ぐ傍に50段近くの階段が有るのですが、そこは発症時にはとても自力で上がる事が出来なくなっていました。近畿中央胸部疾患センターでのリハビリでも何度か階段の昇降訓練を行いましたが、去年の12月頃は2階までで89。1月は3階までで92まで下がっていました。しかし、現状ではこういった急激な動脈血酸素飽和度の低下はありません。
日常生活において特に息苦しくなるような症状はほぼ皆無と言ってよく、入浴時も同様で、かなり回復していると思われます。
肺の機能も肺機能検査によってほぼ正常と確認されています。肺活量は肺胞洗浄前で2900/ccだったのが3970/ccまで回復しています。今週の火曜日(3/9)に受けた検査で動脈採血(これが死ぬほど痛い!!)をしてもらって良い数値が出ていました。採血で特に気になる数値で肺疾患では頻繁に聞くKL-6とかSP-AとかSP-Dも安定しています。SP-A値は48だったかな(苦笑。で、特に劇的なのはKL-6。これは肺炎とか肺癌になると上がる数値ですが、正常な人で500U/ml以下なんだそうですが、僕は近畿中央に入った直後で28500U/mlというとんでもない数値だったんです。ですが、現状では512U/mlまで下がっています。
レントゲンでは肺野に影を見る事が殆ど出来ずCTによって多少「メロンの皮」状の影を確認できる程度にまで回復しています。
在宅酸素に付いても現状では、ほぼ必要ない状態になりつつあり、次回の外来受診で6分間歩行検査を受け、異常がなければ終了となります。ちなみに今僕が使っている在宅酸素の機器ですがヘリオスという非常に機動性の良い機器を使用しています。これは通常のボンベではかなり制約を受ける事から、主治医と相談の上、ヘリオスを選びました。ヘリオスに付いて詳しくはこちらを参照してください。まったく同じものを使っています。
2.全肺胞洗浄術について
近畿中央胸部疾患センターでの約2ヶ月半の入院生活で、特に特記すべきはやはり全肺胞洗浄術を受けた事でしょうか。
肺胞蛋白症は症例が少なく、また非常に患者の数も稀で、未だに解明されていない処が多い病気です。しかし、奇病と言われる肺胞蛋白症は死に至るような重篤化(ないとも言えないが)に陥る程の病ではなく、診断も確立され、治療に関しても聊か乱暴気味では有るものの、全肺洗浄という確立した処置を行う事によって病状の進行を食い止める事が出来ます。但し問題なのは病気の根本を完全に絶つことができない事です。肺胞蛋白症は完全に治癒しない。上手く付き合って行かなければならない病気である。と、言う事になります。GM-CSF吸引療法も治験によってある一定の効果が近畿中央胸部疾患センターと新潟大学医歯学総合病院で確認されています。但し厚生労働省の認可を受けていないため治験以外でこの療法を用いる事は経済的に非常に負担が大きくなります(概算で一回の吸引治療に500万円必要)。と、言う事は現状では全肺胞洗浄を受ける以外に抜本的な解決策はないと言って良いでしょう。ここで問題なのは全肺胞洗浄を受ける際に乗り越えなければならない壁が有る事です。
僕は今回の入院で2度、全肺胞洗浄を受けました(基本的に全肺胞洗浄は2度にわたって処置を受ける事になります)。初めに、特に症状が酷かった左肺から洗浄し、2週間のインターバルがあって右肺を洗浄しました。2回とも全身麻酔下によるオペとなります。以前、別のエントリーでも紹介した通りの処置となりますが、この全肺洗浄は大変な苦痛を伴うもので有る事を理解してください。オペ自体は全身麻酔下で行うので痛みなどはまったく感じません。手術開始に際して、まず手術台に寝かされた後、麻酔科医の先生が麻酔の段取りをします。左腕の外側に点滴の為、長いナイロン針を刺しますが、これ、結構痛いかもです。針が長いですから。この針は術後もお世話になるため暫くロックを付けた状態で2~3日刺したままになります。右腕には麻酔の効きを確認する為、器具を付けて電流が一定の間隔で流れます。電気が流れる際に腕が勝手に跳ね上がる動作がありますが、これで正常です。そして点滴で麻酔投与が始まります。体内に麻酔薬が入っていくのが判ると思います。血管が冷たく感じるからです。酸素マスクを装着し、ココからも麻酔が入って直ぐ、昏睡状態になります。後は何もわかりません。記憶が飛びます。ですので肺胞洗浄は何も恐れる事はないのです。注意すべきはオペ室から出てRCU(呼吸器集中治療室)へ移動してからです。オペに要する時間は6時間。オペ終了後直ちにRCUへ移されます。そこで麻酔が覚め覚醒します。ここです。ここが大変なのです。全肺洗浄は人工呼吸器を装着して行いますがオペ当日の術後から翌日朝まで人工呼吸器は着けたままで過ごす事になります。人工呼吸器の管は蛇腹状で大変太いモノで、よくもまァこんなものを喉に差し込むもんだと言う位、太いです。洗濯機の排水ホースより若干細いくらいです。これが喉仏の辺りまで差し込まれます。そして鼻の穴には痰切りと軽い麻酔を掛けるための細いチューブが差し込まれますがこれも非常に長く、気管支辺りまで届いてるのではないかと言うくらい長いです。痰切りのチュウブは良いとして、人工呼吸器。これは本当に辛い。辛いし痛い!!。オペ直後、RCUで覚醒後直ぐに襲ってくるのは人工呼吸器の猛烈な傷みです。とても痛い。直ぐにでも外して欲しいくらい痛いです。しかし、直ぐには外せない為、30分程で新たに麻酔を掛けられ昏睡状態になります。で、翌朝を迎えるのですが、大体6時頃目が覚めます。此処からが人工呼吸器との格闘になります。約3時間、喉を内部から圧迫する人工呼吸器の傷みと闘わなければなりません。色々な機器を使って少しずつ管を抜いていきます。ホンマに少しずつです。一時間で数ミリとかの世界です。この間、鼻の管から軽く麻酔を掛けてくれているのですが全然効果ありません。マジで痛い。それしかないです。で、何度かポータブルのレントゲン撮影機で人工呼吸器の位置を確認して、9時前くらいに抜管(ばっかん)となります。抜管は一気です。針金みたいな器具?を人工呼吸器から入れて喉を刺激します。すると大量の痰が吹き出てきます。それを見計らって人工呼吸器を引っこ抜きます。まさに引っこ抜くです(苦笑。この人工呼吸器との格闘は何も肺胞洗浄だけに限った事ではなく、他の大きなオペでも有る事ですが、肺胞蛋白症の場合はこれから先、場合によっては何度も経験しなければならない事で、年老いてくると耐えられるのかという危惧もあります。それまでにgm-csfなり、ムコソルバンなりの療法が今よりももっと確立されていれば良いのですが・・・。全肺洗浄に関しての大きな壁は人工呼吸器です。何故麻酔が効いている間に外さないのか僕の主治医に聴いて見た所、麻酔が掛かったままでは喉の筋肉が収縮してしまい抜管出来ないとの事でした。我々も最大の努力をしているが、人工呼吸器のネックは如何ともしがたいとの事でした。戦友の皆さん、耐えるしかないです。頑張りましょうね。元気なウチは!!。老いた時は、あっさり逝きましょう。発つ鳥、跡を濁さずです。それと人工呼吸器は人間の呼吸の周期(吸って吐く動作の周期)をきちんと計算して各人に合った呼吸を提供してくれます・・・と言う事ですが・・・。いや、多少の誤差は有るということで、つまり自分が吸って吐く感覚と人工呼吸器の間隔が微妙にズレてとても気分が悪くなり、麻酔の効きもあって車に酔った感覚に襲われます。その時は直ぐそばに居る医師なり看護師なりを呼びましょう。人工呼吸器が入ったままでは声は出せません。ベッド上で形振り構わず?色々なゼスチャーを使ってともかく人を呼びます(笑。そして身振り手振りで紙とペンを持って来てと伝えます。その後は筆談で人工呼吸器が自分の呼吸と合ってないと伝えると対応してくれます。僕の時は1回目も2回目も女医さんが付いていてくれて美人でした(笑。とっても良くしてくれましたよ。RCUで寝ている間、状況は刻々と変わって行きます。誠意をもってしっかり現状を伝えて処置してもらってください。決して慌てないようにネ。僕はかなり暴れました;。ま、こんな感じで全肺洗浄は決して楽ではない事を此処に記しておきます。戦友の皆さん、覚悟して、でも、これが済めば楽になる事を信じて主治医を信頼して、頑張って下さい。
3.治療費等について
僕は二つの病院でお世話になり3ヶ月の入院生活を過ごしましたが、両方合計で約40万円掛かりました。高額療養費適用になりますのでこれでも安く付いたというべきでしょう。月の負担額は治療費に大体8~10万、食事代に2万5千円です。クリスマスにはケーキが、お正月にはお餅の入った雑煮が出ました(笑。ちなみに年末年始は外泊で自宅で年越ししましたけど、病院の意向で、31日と元旦だけのたった一泊でした。患者からのブーイングが凄かったですよ。当たり前やろって話ですが、インフルエンザとかの感染も在り得るのでという事でした。逆に疲れるだけということで、帰らなかった方もかなり居られました。近中で年越しする可能性が出てきたら要注意ですよ(笑。と、言うか外泊出来るだけでも儲けモノって話ですが・・・。
さて、話は戻って、今回の治療費です。40万円。決して安くないです。高額療養費適用で安くしてもらってこの額。これから先、同じ症状が出れば再び40万です。3ヶ月入院。仕事をしながら、生活しながら、病気が再発すれば再入院とオペです。本人もさる事ながら、身内の人間の精神的負担は大変なものです。今回、僕を支えてくれたのは年老いた母と叔父叔母でした。みんな定年過ぎています。次、同じことになったら一体どうするのか・・・・。混沌としています。難病指定にはなっていないので医療費は保険に副う負担額を支払わなければなりません。そしてこれで終わりではなく、僕は退院時、酸素を外せなかった為、在宅酸素療法を受ける事になりました。これもタダではありません。月に2万5千円掛かります。ほかの薬やら検査代やらで毎月3万以上確実に飛んで行きます。仕事はまだ出来ません。いや僕の場合はデスクワークなら可能という話ですが、僕は運転手ですから。大型トラックの。力仕事。体力資本の仕事です。無理ですね。はい。デスクワーク・・・事務所は必要人数揃っています。何処で働きますか・・・。更に悪い事にこの不況。会社は業績悪化で毎月大量の赤字を出し倒産寸前です。やれやれですね。今日、ハローワークに行って来ましたけど。ま、でも、取り敢えずは傷病手当という有難い国の制度があって、休業補償されているので4月までは何とか生きて行けそうです。病気というのは色んな面で大変です。あ、心配はしないで下さいね。今のところ体調はかなり回復していますから、次の仕事も直ぐ見付かりそうだし。
しかし、難治性肺疾患である肺胞蛋白症、僕の本音を言えば難病指定にして欲しいと考えています。その為に多くの人が動いている事も知っています。これから先のこと、生きていく上でどうしても乗り越えなければならない壁は沢山あります。しかし、自分ではどうにも出来ない事も、僕達には沢山あります。僕は現状をどうにかしたいと考え、市の議員や府の議員、はては国会議員にまでも肺胞蛋白症についての話をして働きかけています。ここでどの党の誰に話したか一々御名を挙げるのは遠慮しておきますが、何処まで通じているかちょっと疑問ではあります。しかし、機会があれば働きかけて行こうと考えています。一日でも早く、患者の皆さんと家族の方々の負担が軽減される事を祈っています。
取り敢えずは今年の1月に肺胞蛋白症の勉強会が大阪の千里でありました。多くの患者と医師が参加されました。僕も入院中でしたけど他の患者と共に参加させて頂きました。ここでも厚生労働省に働きかけているという話を聞きました。肺胞蛋白症に詳しい、近畿中央胸部疾患センターの井上先生、新潟大学医歯学病院の中田先生、愛知医科大学病院の山口先生のお三方が中心になって頑張ってくれているとも聞かされています。他にも僕の主治医を初め沢山の呼吸器専門医の先生が係わって頑張ってくれています。本当に有難い事です。感謝せねばなりません。これから先も不定期ではあるものの、勉強会、患者の会を開いていきたいと各先生方は話されていました。次は東京で是非にという話です。で、一月の勉強会で参加する予定だった患者の方で、惜しくも肺炎のため参加できなかった神奈川の方がいらっしゃるのですが、僕とは面識もなく、まったく交流もないのですが、同じ肺胞蛋白症と闘っておられる戦友として紹介させて頂きます。Blogを綴っておられますので是非御覧下さい。そして応援してあげてくださいね。そうそう、上記の先生方が頑張ってくれて肺胞蛋白症のWEBが開設されました。医療従事者用と一般用に分かれていますが、是非御覧になってください。
4.障害手帳は受けれるのか?
これが非常に個人差があって、持ってる人と持ってない人が居ます。持ってる人は普通は3級のようです。障害は呼吸器障害です。僕が腑に落ちないのはこの点です。障害手帳はあらゆる面で助かります。特に国から何かを支給されたりという事ではありませんが、税金が安くなったり交通費が半額になったりします。いや、僕は鉄ちゃんですが、だから手帳が欲しいって訳ではありません。僕は2度、主治医と社会福祉士に働きかけてみましたが、現状では受けられないとの事でした。呼吸器障害はSpO2の値が一つの目安になるようで、80を切った状態が半年以上続けば手帳交付となるようですと主治医から説明がありました。どうも、この限りではないように思うのですが、ぼくの主治医は障害手帳とかの福祉に関してあまり積極的でない様に感じてます、残念ながら。いや良い先生なんだよ。本当に。好きなんだけどね。なんか腑に落ちないんです。現状が良ければ出せないのだとか、どうなんだと・・・。若干屁理屈気味で有る事を承知して言うとね、完治できない病気なのだから、再発する可能性もかなり高いのだから、それならば、例えば一番悪かった時の状況を多少は考慮しないといけないのではないのかと考えています。実際にそれを加味した上で、先のことを考えて手帳交付の手続きを医師にしてもらって受けている患者も居るのです、条件付だけどね。障害手帳は2年毎に更新するんですが、その更新の際に主治医が診察して病状が変わらなければ継続して交付となるんですが・・・改善された場合、ある程度の回復が認められれば返納となります。だから手帳は受けてもずっと持っていられるもんでもないんだな。しかし、線引きが曖昧なんやな、ホンマに。別に執着はないですが不公平感はかなりありますよね。主治医の意向によって変わるってのもちょっと変です。同じ病棟の同じ部屋に肺胞蛋白症の患者が僕を含めて3人居た時がありましたが、僕だけ障害認定を受けてないという理不尽さ。症状も同じならば苦しさや辛さも同じなのに。うーん。しかも退院時も酸素は外せないというオマケ付きです。なんかチグハグですよね。でもま、良いんです。色々とこれからも主治医と相談しながら病気と付き合っていきますから。それが僕に課せられた宿命なんでしょうね。
って事で、頑張ってますからね。患者の皆さんも頑張ってね。色々克服しないといけない壁がありますけど諦めないで、一つ一つ確実に、正確に越えていきましょう。僕も頑張ります。以上で中間報告終わりです。
で、久しぶりの更新なんで僕らしくTrainzのキャプチャーでも貼ってさっさと寝ます。もう3時前だし。
この写真はTrainzに初めからあったレイアウトで撮ったものですが機関車は僕の大好きなチェコ国鉄(CD)のディーゼル機関車750形の重連です。さーて、ココではやちゃんお得意キモキモテッチャン薀蓄ターイム!!。
750形は日本で言えばDF50を更に大きくしてボギーを2軸にした機関車と言えば良いのか、電気式のディーゼル機関車でモーターの釣り掛け音がやたらと大きな音がするカッコ良いカマです。もうマジで好きだな。この共産っぽい雰囲気(笑。後ろに続く客車の列の前2両はチェコ国鉄のWLAB客車、つまり寝台車ですね。2段になったり3段になったりするヨーロッパでは標準的な寝台車です。3両目は同じくチェコ国鉄(CD)のWR。食堂車です。オレンジ色のクルマがそれです。その後ろの赤と白のツートーンカラーのクルマはスロバキア国鉄(ZSSK)のWLABです。チェコの寝台車と同じ仕様で、ビロード革命前のチェコスロバキア国鉄(CSD)時代からの生き残りです。要はまったく同じクルマだけど親玉が変わってしまったと言うヤツです。その後ろのブルーのクルマはスロバキア国鉄(ZSSK)のBC。これもヨーロッパでは標準的な寝台車ですが簡易寝台で3段。クシェットって聞いた事ないですか?。これがそれです。このクルマの後ろにはハンガリー国鉄(MAV)の客車が続いてますが、ま、それはカットって事で(苦笑。つまるところ、この列車はEN(ユーロナイト/国際夜行急行)で、チェコのプラハ本駅発、オストラバ、ブラチスラバ、ウイーン経由ブダペスト行きという夜行列車で、CDの750形が牽いてるという事はチェコ国内を走行中だと言うことですね。列車自体は僕の丁稚上げで、気分的にEN133/Dunaj。国際夜行急行第133列車「ドナウ」って感じですかwww(バカ。
最後にもういっちょ!。CDの750形と言えば「ようつべ」で色んな動画が上がっていて楽しいよ。ヨーロッパのファンは熱いなって思うよ。「CD 750」か「CD 754」でサクっと検索すると一杯出てくるよ。カッコ良いよ750。音が最高にエエよ。ちなみに僕が嵌ってる動画を貼っておくね。動画ってよりは写真を綴ったPVって感じだけど、BGMもユーロらしくテクノっぽいトラックで締めてあって気持ち良いし、ショットが良いんだよ。ぜひ見てください。嵌るよ(笑。
Nám poskytl video hold aural83 pana zastupuje. 750 je nejlepší zvuk lokomotivy!!
Video is aural83's offer.
一通り記事に目を通しました。全部覚えてるかは謎ですが(汗。改めて、大変なご病気と格闘されているのだと解りました。
応援していますよっ。
今更自己紹介もなんですが、1月の勉強会は私不手際で申し訳ありませんでした。
でも、回復傾向で安心しました。しばらく更新がなかったので心配しておりました。
7月には東京で勉強会を開催予定です。厚生労働省の研究費も継続しそうなので、一安心しています。
今後は、私たちが横の連絡を確立し、色々な方面に働きかけて行きたいと思っています。よろしくお願いいたします。
またまた長いエントリになってしまったけど、最後まで読んでくれてありがとう!。病気の事が中々上手く伝わらなくて試行錯誤の繰り返しだけど、まずはこちらから何か言わなければ始まらないので頑張って書きました。少しで良いよ。少しで良いから記憶に留めて置いてくれたら良いから。僕にとって、仲間にとって、大きな理解者になるから。それで充分です。また変化があれば報告するね。ありがとうございます!!。
で、近畿中央に居る時に井上先生から何度もお話を伺ってました。とても前向きで頑張ってるって。僕も何か出来るかなって思って自分のブログに病気の事を書くようになりました。最初は晴天の霹靂で何が何だか判らなかったのですが・・・今は頑張って生きて行こうって思ってます。
1月は残念でしたね。でもt-bibさん謹製のスライドはみんなで拝見させて頂きました。中田先生と井上先生が頑張って紹介してくれました(笑。井上先生はホンマ「いっちょかみ」だから(笑。
7月の東京での勉強会楽しみです。患者同士での交流ももっと深まって行けば有難いですね。僕も微力ではありますが協力させていただきます。
これからも色んな事があると思うのですがよろしくお願いします!!。
だんだん元気に戻って居るようなので何よりです。
早く在宅酸素が外れると良いですね。
オイラも陰ながら応援してますよ!
いやいや、コメントありがとうございます。これまでも色々と励ましていただいて感謝しています。これからもまだまだ色々と待ち構えている事と思いますが頑張ります。
最近、益々不況の度合いが深まって世間は混迷の一途を辿っていますがお互いに頑張りましょうね!!。また、何か変化があれば報告します。