ハービー・ハンコックと言えば、ジャズピアニストとしても有名な大御所ミュージシャンで、現在84歳。そのキャリアは輝かしいが、ジャズだけに留まることなく、フュージョン、ファンク、ロックなどとジャズを掛け合わせる形で様々なジャンルの新しい音楽に挑戦したことでも有名だ。
僕はハービーのジャズとしてのスタンダード/名盤である『Maiden Voyage』が大好きで、LPレコードを持っているのだが、その他のジャンルとしてやっぱり記憶に残っていたのは、洋楽POPSを浴びるように聴いていた1983年にリリースされた『Future Shock』というアルバムに収録された『Rock It』の存在だろう。これは当時エレクトロヒップホップとして大ヒットし、未来派音楽の新時代を感じさせる曲としてインパクト大であったが、MTVでもミュージックビデオが大量にオンエアされた。
上記以外のハービーの曲やアルバムは、実はあまりじっくり聴いたことが無かったのだが、先日いつも立ち寄るレコード屋さんで『Lite Me Up』というアルバムを見つけて思わず買ってみた。そして聴いてみたところ、何とも心地良い、上質なR&B/ファンク/ディスコアルバムではないか!音楽的にはAORやブラックコンテンポラリーに該当するようなサウンドで、僕の知るところで言えば、ジャクソンファイブや、アース・ウィンド&ファイヤーにも近いサウンドであった。それもその筈、マイケル・ジャクソンの名盤『Off The Wall』や『Thriller』をプロデュースしたロッド・テンパートンが作編曲を手掛けており、あのクインシー・ジョーンズも制作に参加していると知って納得。更にあのデビッド・フォスターも参加しているのだ。今振り返ると、かなり豪華な布陣だし、まさにAOL/R&B全開になるのも頷けるチームである。
しかしこのアルバム、リリースされた1982年はガチなジャズアルバムを期待していた往年のジャズファンからはかなり酷評されてしまったようだ。僕の場合は、そういった先入観なく聴けたので素晴らしいR&Bアルバムだと思ったが、ジャズの観点で見るとやはり大きく期待を裏切られたのも想像できなくはない。
このアルバムは、どちらかと言えばジャズ・ピアニストのハービーじゃなく、サウンド・クリエイターとしてのハービーというのが大きな特徴だ。スタッフにはクインシー・ファミリーを動員し、作編曲のロッド・テンパートン以外にも、バックにジョン・ロビンソン、ルイス・ジョンソン、スティーヴ・ルカサー/デヴィッド・ウィリアムス、ジェリー・ヘイにパティ・オースティンといったクインシー作品の常連たちが多く参加。
収録されているのは潔の良い下記8曲。
- Lite Me Up!
- The Bomb
- Getting’ to the Good Part
- Paradise
- Can’t Hide Your Love
- The Fun Tracks
- Motor Mouth
- Give It All Your Heart
1曲目の『Lite Me Up!』は王道的で上質なフュージョン系のサウンド。『The Bomb』はまさにマイケル・ジャクソンが歌ってもおかしくないようなグルーヴ感が最高でファンキーな名曲。『Gettin’ to the Good Part』は大人のミディアムR&Bサウンド。『Paradise』では、デヴィッド・フォスターが作曲やピアノ演奏に参加しているだけあって、これまた上質なAORになっており、更にボーカルをハービー自身が担当しているのも珍しい。『Can’t Hide Your Love』には、後にホイットニー・ヒューストンをプロデュースすることで有名なナラダ・マイケル・ウォルデンも参加しており、これまた上質なファンクに仕上がっている。『The Fun Tracks』もサウンド的にはEW&F的なファンキーさが心地良い。『Motor Mouth』はサビの女性シンガーたちによるハイトーンコーラスがなかなか粋だし、ハービーによるvocoderもファンキーで素晴らしい。そしてラストの『Give It All Your Heart』もややファンキーなミディアムテンポの曲で、コーラスやvocoderがなかなか美しい。
全体としてとても上質なR&Bファンクアルバムに仕上がっており、それまで僕が聴いたことのあったジャズやヒップホップとはまた違ったハービー・ハンコックの才能と素晴らしい音楽性の一部を垣間見ることが出来た。まさにこのアルバムはクインシー・ジョーンズ的でもあり、どこかマイケル・ジャクソンの面影にも繋がるサウンドでもあり、個人的にはとても楽しむことが出来た良いアルバムであった。こうしてまだ聴いたことの無い古いアルバムに巡り合えたわけだが、レコード屋さんでの出会いに感謝である。