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祝!竹内まりや、デビュー40周年!

昭和を彩ってきた大御所と言えば、やっぱりサザンとユーミン。僕の年代は、サザンとユーミンを聴いて青春時代を過ごしたので、今でも曲を聴くと、当時の思い出が鮮やかに蘇ってくる。



そして、そんなサザン、ユーミン時代でもう一人忘れられないのが、竹内まりや。
僕は竹内まりやも昔から大好きで、彼女のアルバムは殆どCDで持っており、今でも良く聴いている。彼女の実家は島根で有名な老舗旅館の竹野屋旅館だが、2年前に旅行で島根を訪れた時にも竹野屋旅館を訪れたくらい、実は彼女のファンなのだ。

竹内まりやは慶応義塾大学文学部、英米文学科の出身で(中退)、リアル・マッコイズという有名な軽音楽サークルに所属していたことでも有名だが、僕も同じ学部、学科を卒業したこともあり、竹内まりやは大先輩に当たるので、昔から勝手に親近感を抱いていた。



彼女は今年でデビュー40周年を迎え、3/26にNHKの特番『竹内まりや Music & Life ~40年をめぐる旅~』が放送された。24歳でデビューしてから40周年ということは今年64歳ということになるが、今でも驚くべき美貌を保っており、その美しさには磨きがかかっているほど!若い頃の竹内まりやも、その可愛いルックスが大好きだったが、その変わらぬ美しさは64歳とは到底思えない。



若い頃はその可愛らしさが邪魔をして、どうしてもアイドル的に売り出されてしまったことで、本人にも大きな葛藤があったらしい。まさに名曲『September』や『不思議なピーチパイ』の頃だ。正直この頃は70年代後半で、リアルタイムで竹内まりやをじっくり試聴していたわけではないが、さすがにこの2曲は耳に残っているし、一時音楽の最前線から少し遠ざかっていた時期を経て、80年代後半に、『Request』というアルバムで、表舞台への華麗なる復活を遂げたのだった。このアルバムは薬師丸ひろ子、中森明菜、河合奈保子、中山美穂など、当時人気絶頂であった多くのアイドルに提供したヒット曲の数々をセルフカバーしているアルバムだったが、完全に竹内まりやオリジナルに仕上がっていたのがあまりにも見事で、僕にとって印象深い名盤となった。




今回NHK特番ではとても貴重なコメントが収録されていた。1986年に自殺で亡くなった岡田有希子というアイドル歌手を覚えているだろうか?当時松田聖子と同じ事務所、サンミュージックに所属していたアイドルで、まさに第二の松田聖子として売り出していた人気アイドルであった。当時人気絶頂で突然、サンミュージックの屋上から飛び降り自殺をした事件はあまりにも衝撃的で、当時のメディアは大騒ぎとなったことを今でも良く覚えている。また、その自殺の原因としても色々な噂が流れ、当時券\界の闇を見たような気がして、とても心が痛んだものだ。実は、竹内まりやは岡田有希子に当時幾つか曲を提供していたが、彼女が亡くなってからはその提供曲をカバーで歌う気になれず、長年封印されていたらしい。しかし、今年岡田有希子の33回忌となり、また歌ってみようと思うようになった心境や、当時もっと彼女と会話していたら、彼女は死なずに済んだかもしれないなど、駐烽ワりやが自分の気持ちを初めて語ったのがとても印象的であった。



松田聖子がデビュー30周年を迎えた2011年には、『特別な恋人』という曲を、あの松田聖子に初めて楽曲を提供(今まで提供していなかったのが不思議なくらい)したのが話題となったのも良く覚えている。



竹内まりやは、松任谷由実との共通点も多い。二人とも同年代 (駐烽ワりや64歳、松任谷由実65歳)で、同じ時代に活躍。また共に旦那も有名な音楽プロデューサー・ミュージシャン(山下達郎、松任谷正隆)で、夫婦二人三脚でアルバム製作をやっていること。そして何よりも数々のヒット曲を世に送り出した稀代のヒットメーカーであったこと。恐るべき夫婦タッグである。



長くなるので、竹内まりやの名曲の数々に関しては、また別の機会に解説することにしたいが、今年デビュー40周年ということで、早速映画『ダンボ』の日本版テーマ曲を歌う新曲がリリースされた。これ以外にも、記念イヤーの今年、様々な形でメディアへの露出があることを大いに期待したい。

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