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小川糸の『つるかめ助産院』と『とわの庭』

僕は作家、小川糸さんの小説がとても好きだ。これまでにも、彼女の代表作で映画化もされた『食堂かたつむり』を読んですっかりハマり、その後も鎌倉の魅力が凝縮された『ツバキ文具店』とその続編『キラキラ共和国』、そして読者大賞を受賞した『ライオンのおやつ』などを読んですっかりファンになってしまった。

小川糸さんは、料理を実に魅力的に小説の中で取り上げて行く。それも一流シェフの高級グルメとかではなく、普通の食材で作る、何気ない、普通の料理が何とも魅力的にいつも小説の中で登場するところに親近感とリアリティがあるのだ。『食堂かたつむり』はまさにそんな食事をテーマに、レストランを立ち上げる物語だし、『ライオンのおやつ』では、人生の最後を迎えるホスピス施設の人々に、生きるモチベーションを与え続ける様々な“おやつ”が登場することで、物語を魔法のように、魅力的なものにしていく。

そして小川糸さんの小説は、物語全体をとりまく穏やかな空気感の中にも、何かを背負いながら懸命に、そして堅実に生きていこうとする人々が常に登場し、その心の機微を本人、そして周りで暖かく見守る人々の目を通して丁寧に紡いで描いていくのが、何とも愛おしい。人間の生命力と、生きていく強さや弱さにスポットを当てていくのである。

そんな小川糸さんの小説をいつも楽しみにしているのだが、気になりながらまだ読んでいなかった作品が2冊あることを最近思い出し、読むことにした。まず1冊目は、『つるかめ助産院』という作品。こちらは2010年に出版された小説だが、今まで読んでいなかったので、先日文庫本を購入して一気に読破した。

(あらすじ) 突然失踪した小野寺を探す旅に出て、小野寺との婚前旅行で訪れた思いでの場所でもある南の島に来たまりあ。まりあが妊娠しているうえ色々と溜め込んでいることを察した亀子は、まりあに声かけて、助産院でのランチパーティーに誘い、パーティー後に診察して妊娠しているとまりあに告げた。南の島には日帰りで来たまりあだったが、天候悪化で帰りの船が欠航となったので、亀子の勧めで助産院に宿泊することに。宿泊当日夜に産気づいた住民の出産をなりゆきで見学することになった。数日後に運航再開した船で本州に戻ったが、亀子に持たされた手紙を船で読む内に島に戻りたい気持ちが強くなり、本州に戻って本州の宿を引き払い、翌日の船で島に渡り、つるかめ助産院での出産を決意した。

この物語も、島の小さな助産院を訪れた主人公のまりあと、助産院を経営する亀子さんと、助産院を取り巻く、ひと癖もふた癖もありながら、それぞれ魅力的に生きる人々たちとの交流を描き、まりあの人生が大きく変わっていく姿を描いた作品だ。助産院で作る料理や、島の美しい景色が想像出来る作品となっている。本来助産院を舞台にした小説など、全く興味の無いプロットであったものの、小川糸さんの描く作品は、興味の無かった世界が一気に身近なものになっていく。『つるかめ助産院』もそんな作品となった。NHKでドラマ化されているのだが、ドラマは見ていないので今度チェックしてみたい。

そして、現在のところ小川糸さんの最新長編小説で、2020年に出版されていた『とわの庭』という作品があるのだが、実は出版されてすぐに単行本を購入していたものの、結局読まないで保管した状態となっていたことを思い出し、『つるかめ助産院』を読んで再び小川糸さんの小説にハマったこともあって、ついに『とわの庭』を読んでみた。

(あらすじ) 主人公・とわは、母と二人暮らし。二階建てに屋根裏部屋、地下室、そして庭がついた一軒家で、幸せに暮らしていた。とわは生まれつき目が見えない。そのため母の『あい』ととわは、常にベッタリ一緒だった。二人の間には名前の通り、「永遠の愛」があるといつも話してくれた母。母だけがとわを一番に安心させてくれる存在だった。ところが母が働き始め、とわが一人留守番する日が少しずつ増えていき、生活が変化し始める。一人では生活できないとわは、オムツを履かされ、母の外出前は必ず「ネムリヒメグスリ」という魔法の薬を口の中に入れてもらい眠りにつく。働く時間が増えるにつれ母の様子が変わり、ネムリヒメグスリの量も増えていく。そして、ある日突然とわは一人になってしまう。何も見えない暗闇の中、一人ぼっち。どうして一人になってしまったのか。疑問に思いながらも、とわは母の帰りを信じてただ一人、とわと母の家で待ち続ける。とわの世界に存在するものは、とにかく限られていた。とわにとっての時計は、朝と夕方に鳴く鳥たちの合唱と、朝昼晩の食事だけ。毎週水曜日に食料や日用品を玄関の外に置いて行ってくれる「オットさん」。曜日は水曜日から一日ずつ数えることで把握する。母が焼いてくれる美味しいパンケーキの香りや、母が読んでくれる本で旅をする幸せ。どれもとわにとって、幸せのしるしだった。とわのお気に入りの庭は、植物でいっぱい。植物の香りから、とわは季節のうつり変わりを感じ取っていた。ほかには、屋根裏部屋で耳をすませる窓の外からのピアノの音。目で見ること以外にも、とわが自分の世界を知る方法はたくさんあった。それは、とわだけが持っている才能だった。そんなとわに、やがて想像を絶する試練が訪れていく。

最初は、愛に溢れた小さな一軒家で、ほのぼのと物語が始まるのだが、更に小説を読んで行くと、畑ととわの異常な関係や、とわが置かれていた状況がとんでもない環境であったことを知ることになり、物語の中盤で印象が180度変わっていく。とわが家を出て、外の世界に出たとたん、実に衝撃的な事実が次々と明らかになっていく。この、とわの壮絶な経験が、物凄いリアリティをもって描かれていく。

 物語の後半は、次第にとわちゃんに真の幸せが訪れて行く。友人のスズちゃんや魔女のマリさん、短い交際期間ながら初めてできた恋人のリヒト、生活に欠かせない相棒となった盲導犬のジョイ。ときどき傷つくこともあり、初めての経験に戸惑うことも多くあるが、とわはそのすべてをしっかりと受け止めていく。必要以上のものをほしがらず、今身近にあるものを大切にすること。日々の暮らしを大切に、一つ一つ丁寧にこなしていくこと。 美味しいごはんを食べられることの幸せ。誰かと会話することの幸せ。毎日朝が来ることの幸せ。ただ毎日を平和で過ごせることがどれだけ素晴らしいか、ハッとさせられてしまう。

『とわの庭』は、今日現在、小川糸さんの小説の中では一番の衝撃作だろう。その意味で、小川糸さんらしくないようにも思ったが、それでもやっぱり細部の丁寧な描写や、食事などの描写に彼女らしさが随所に見られる作品だ。最後は、とわが幸せになって本当に良かったという仄かな余韻をもって物語は終わるが、中盤の衝撃や悲惨な事実からすると何とも救われるハッピーエンドで良かったと思える作品であった。

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