心と心をつなぐ絆の強さは、
信頼し合っているかどうかにかかっているように思います。
信頼を失うのは易しいけれど、 失った信頼を取り戻すのは大変です。
どうしたら信頼を保てるでしょう。 私には自信がありません。
近頃、HPで多くの方とお知り合いになれたことを、素直に喜べないのです。
心のこもっていないことばや、その方の心を正しく理解しないで、
書き込んでしまうことばが多くなって来ているように思います。
自分にすら信頼させることが出来ないこのわたしが、
人に信頼されるのは、どだい無理なことのように思ってしまいます。
しかし友達であるなら、信頼したいし、信頼されていたいと思います。
妻はどれだけ信頼してくれているだろうか。 子供達はどうだろうか。
けれどもみんな愛している人々ですので、精一杯、
心と、思いと、力を尽くして接してゆこうと思っています。
そのように努めてもなお、信頼できないと思われれば、
それは諦めるしかたないことなのでしょう。
もともと、無いに等しいような小さい存在の私ですから。
しかし、もしこんな私に信頼の思いを抱き続けてくださる方があれば、
わたしは、その方と、神さまに、無条件で”ありがとう”というでしょう。
電灯のない山奥での幼き日、無垢の心で眺めていた星、星
いつしか、都会の星のない空の下で
私の心の中の星も一つまた一つと消えていった
多くの希望と夢もまた消え去った。 <セラ>
闇がわたしを覆っていたある日一つの小さな星が、
わたしの心に輝き始めた。
わずかな輝きであったが
しかし希望の輝きであった
その輝きは増し、次第に大きな明け星となった
やがてわたしの心の闇に多くの星が輝きだした
それらの星は人のかたちを取り始めた
喜びに輝く無数の人々、
とこしえに輝く人々になった。 <セラ>
わたしに希望をくれた明け星はわたしに言った
「あなたも星となれ。希望と喜びをあたえる星となれと。
(※セラは聖書詩篇にある黙想のための休止記号です。
明けの明星は聖書では、しばしばイエスキリストを指します。)
次第に頭を垂れる稲穂を観ながらの会話・・「実るほど頭を垂れる稲穂、と言うけれど、私たちは、どうかしら。」
「まだ実りには、ほど遠いのかしら、年毎に頑固になってゆくようで・・・」
「ほんとうに。〈年毎に、項【ウナジ】強ばる老夫婦〉だね。」
「ふふっ」
笑いごとではないのだけれど。