山梨県丹波山村高尾・墓地入口の一石六地蔵
甲州街道の裏街道・青梅街道は奥多摩の小河内、丹波山の村を通って塩山に出ました。その道筋にあった丹波山村高尾の墓地入口に一石六地蔵が立っています。丁寧な造りで上に三角の破風がつき、地蔵はそれぞれ何かも持っていますがよくわかりません。この一つの石に地蔵菩薩を六体並べる形は山梨独特のもので、県内のほとんどの地方に散見されます。
高尾の墓地入口には一石に地蔵を3体ならべ二つにして並べる地蔵もありましたが、この形は山梨風ではありません。
ところで丹波山村の位置は奥多摩の西の山梨県です。いまでは東京圏の印象が強い村という印象です。しかしこのような一石六地蔵を見ると、ここは山梨だと気づきます。ただ山梨特有の丸石が見当たりませんでした。青梅街道の山一つ越えた塩山には沢山見られるのに、こうなると丹波山村は奥多摩文化圏なのかも知れません。
戦国時代の丹波山村は甲斐の領地で、村の西の同じ奥多摩の丹波川の奥、塩山市にある黒川金山は甲斐武田の軍資金となった鉱山でした。この鉱山跡はこのブログの番外「鶏冠山」で案内しています。
(地図は国土地理院ホームページより)