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この世の地獄!731部隊・南京大虐殺

2009-11-25 11:25:11 | Weblog
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     「怨」

きけ!「マルタ・アジアの犠牲者」の叫び!

「日の丸」・「君が代」反対!!

(侵略のシンボル)(天皇賛美の歌)

新しい日本!!

「世襲の天皇制から選ばれし大統領制へ!」

(昭和天皇の戦争責任を問う。)

(時効なき戦争責任)



『死の工場』(隠蔽された731部隊)
(シェルダン・H・ハリス著、近藤昭二訳:柏書房)

日本語版前書き

戦後の倫理的退廃

 1930年代および第2次世界大戦中のアジアにおける日本の暗部を知る日本の政治家、社会科学者、歴史家たちは、その問題を完全に無視するか、国家主義者として否定するか、最も汚い部分をその研究から除外するという極めて慎重な態度を取るかのいずれかの方法を適用してきた。1990年代になるまで、日本の戦争犯罪を公に語るのは、学者が真剣に分析するテーマとしては適当ではないと考える向きもあった。1946年以降、日本政府がアメリカの高官と結託してこの態度を推し進めてきたからだ。マサチューセッツ工科大学のジョン・ダワー教授の言葉を借りれば、彼らは一致団結して日本の歴史を「浄化」しようとしてきたのである。日本の中学・高校の社会科教科書では、戦争に関して日本に否定的なイメージを与える表現は文部省によってほとんど許可されなかった。教科書執筆者が微妙な話題を教科書に導入しようとすると、官僚はその項を削除した。このような官僚の介入による犠牲者の1人が、優れた教育者として知られる家永三郎である。家永は教科書裁判に13年間を費やし、1997年にやっと731部隊の記述については勝利を勝ち取ったのである。3対2で、日本の最高裁は日本軍が過去において細菌戦に関わる人体実験を行ったことは、学界では定説化していたと認めたのである。家永は83歳になって初めて、自らの教科書に官僚に削除された文章を載せることができるようになったのである。(明日に続く)

※上の文では、最高裁で細菌戦に関わる人体実験を認めたと書いてあるが、私は国の今の公式見解は知らない。また、私は、今現在、中学や高校の教科書に731部隊のことがどのように書かれているかも分からない。とにかく国は隠ぺいしようとしていることは間違いない!!

戦後補償
・中国人強制連行裁判で2007年4月に最高裁西松判決では、「日中共同声明第5項により、個人賠償請求権は放棄された」と判示された。しかし、中国外務省は直ちに「国の戦争賠償請求権は放棄したが、被害者個人の請求権は放棄していない。最高裁判決は『違法』、『無効』である」と非難している。

・中国人強制連行の背景
日中戦争が深まり、太平洋戦争も迫った1940年頃、日本は深刻な労働不足に陥っていました。重要な戦略物資の生産拠点である炭坑や金鉱鉱山、港湾荷役、飛行場建設などには既に朝鮮人が強制連行され、奴隷労働を強いられていましたが、それでも労働力は決定的に不足していました。そこで企業は、政府に中国人労働者の強制連行・強制労働を願い出、政府はこの要請に応じて、1942年の閣議決定で中国人の強制連行を決定しました。時の内閣は東條内閣、商工大臣の
岸信介  の係わりが大きい。「華人労務者内地移入ニ関スル件」及び「華人労務者内地移入ノ促進ニ関スル件」
※満州で辣腕をふるい、東條内閣でも商工大臣として中国人の強制連行に係わった岸が戦後総理大臣になるとは、どういうことか?その外孫の
安倍晋三  も首相になるとは?
 

最近の裁判の動き【「Suopei(すおぺい)」=中国語で「索賠」(賠償請求)を意味します。№66より】
中国人強制連行:長野訴訟、控訴審判決(2009年9月17日:東京高等裁判所第19民事部)

 被害事実・企業の安全配慮義務違反は認定するも請求権放棄で切る

 判決では、強制連行強制労働の事実認定について第1審判決をそのまま維持し、国と企業の共同不法行為であることも認めた。第1審では認められなかった企業の安全配慮義務違反については控訴審ではこれを認定したものの、第1審に続き、国の安全配慮義務違反についてはこれを否定した。時効と除斥期間については判断せず、結局、日中共同声明により個人賠償請求権は放棄されているとして西松最高裁判決と同様の判断をした。

 賃金支払いについては退ける

ただ、「自発的な対応の余地があるとしても、裁判上訴求することは認められない」とし、広島西松建設判決と同様に実態法上の権利としては存在することは否定しなかったこと、自発的な対応の余地があるとしたことは、むしろ積極的に評価し、今後の運動につなげていくべきではないかと考える。
 また、企業に対して安全配慮義務違反を認定したこと、賃金は支払ったとする企業側の主張は明確に退けたことは、企業に解決を迫る上での力にしたい。


戦後補償裁判の成果を全面解決の戦いにどう生かすか(Suopei №66より)
                         松岡 創(弁護士)
 ・・・・これまでに20件以上の強制連行裁判が行われてきたわけですが、福岡訴訟第1陣の裁判官は、裁判を重ねるごとに態度が変わっていきました。裁判官は一生ののうち2回心からの判決を書くと言われています。この裁判官はこの判決を書くとき、手が震えたといいます。
 長野の1審の裁判官もそうです。本当は勝たせたい・・・・。悩みを持った裁判官もいます。
 最高裁判決では訴求権はない、となりましたが、このままでは許せないということで、私たちが付言と呼んでいる「当事者同士の解決」に言及したのです。その後、福岡高裁、宮崎の高裁などが「解決への期待」を表明しのたです。
 中国人の強制連行は4万人といわれています。38935人ですが、中国の港から出発した時は39385人です。途中の船で、港で、列車で亡くなり、事業所が受け入れたのが、先の人数です。そして6800人以上が事業所などで亡くなっています。
 今後どういう解決をしたらいいのでしょうか。例えばスペインでは「歴史記憶法」が制定され、独裁者フランコの銅像を壊すなどの動きがあります。ドイツでは「包括的名誉回復法」が制定されたといいます。ヨーロッパにはこういう動きがあります。日本では全くありません。 日本の企業はどうかというと、三菱マテリアルは、和解したいという姿勢です。法的安定性を求めています。三井は、国が変われば・・・、と言っています。西松はかたくなに和解を拒否していましたが、不祥事があり、全役員が交替しました。そして「解決したい」と言ってきました。西松は2つの現場があります。広島の安野に360人と、新潟の信濃川に183人です。それぞれが別の裁判を起こしていました。
 中国の中でも動きがありましす。全国人民代表大会でも意見が出されるようになっています。政治的解決に道が拓かれてきました。
 今、この日本で民主党が政権を取ったことの意味はとても大きいです。鳩山氏はアジア重視、東アジア共同体、中国・韓国との友好を言っています。私たちはこれに働きかける必要があります。それが市民運動の進むべき方向です。 
中国人戦争被害者の要求を支える会
南京大虐殺     

「この事実を・・・・」


(「南京大虐殺」生存者証言集:侵華日軍南京大遇難同胞紀念館/編 加藤 実/訳) (発行:ストーク、発売:星雲社、定価2000+税)

2、日本軍の狂暴な個人的虐殺

父や母の被害

謝長栄(男、62歳)の証言

 1937年の暮れには、私は16歳で、江寧県の秣陵鎮に住んでいて、家には父と兄と弟とで4人いました。日本軍が来てからは、家中で防空壕に隠れ、出られませんでした。飢えが堪えられなくなり、父が私たちの腹ぺこなのを見て、心中忍びがたく、危険を冒して飯をたきに家に戻ろうとしたところ、何と穴から出るなり鬼の奴等に出っくわし、日本軍は有無を言わせず、顔を会わせるなり1太刀見舞いましたが、その時は急所には傷は及ばず、父は粟幹の堆に隠れました。3日にして又もや日本軍に見つかり、3発おまけされて、父は血がどくどく流れ、恨みを呑んで死んでいきました。
 私はそれに日本軍がお隣の唐良如や卜老五を惨殺したのをこの眼で見ましたが、それとゴム輪の人力車ひきの金大牙もで、彼らはみんな銃剣で突っつき殺されたのです。父が惨死したちょうどその日に、日本兵は幼い弟も傷つけました。この仇と言いこの恨みと言い、永久に忘れません。
(項如常と萬恵華と夏龍生が記録)

南京大虐殺に加わった元陸軍伍長栗原利一さんの息子さんから大変貴重なコメントを頂いた!!
本当にありがとうございます!!「南京大虐殺」の真実が日本人の1人でも多くの方に理解していただけたらと強く思います!!以下:コメント


南京大虐殺は世界的に誤解されています。 中核的な出来事は南京陥落時の城外における大規模な捕虜の殺害です。 父親(栗原利一)のスケッチブックでも7万余人と書かれています。 非戦闘時の7万余人の捕虜の殺害ですから、当然、日本陸軍が軍の組織として行なったものです。 捕虜の多くは蒋介石軍兵士などです。 ただ、中国側の言う30万人説は戦闘時の犠牲者も含めた数として合理的な数です。 昭和12年7月の南京の人口は135万人です。 11月末の人口は50万人で、これに南京防衛軍15万が加わった65万人が日本軍の攻撃に晒されました。 否定派の言う20万人は逃げ場の無い貧民の数です。 小平市の警察学校と小平団地を合わせた(昔の警察学校の広さ)10万坪の安全区に押し込められた貧民の数です。 (65連隊のシャーカンおける2千人斬首は父だけが日本側の証人です。名古屋市の河村市長は無知なだけです。「ジョン・ラーベ」は城内での出来事しか書かれていないので日本人には誤解を与えます。)

※日中戦争は、戦時国際法(戦争法)として国際慣習法が条文化されたハーグ陸戦条約に拘束されていた。同条約は、国家間の戦争を合法としながらも、国際人道法の理念からその惨禍をできるだけ軽減するために、直接の戦闘外に置かれた者の苦痛や殺傷を防止しようとしたものだった。そのために、戦争の手段と方法が規制され、非戦闘員である文民及び非軍事目標への攻撃を禁止し、さらに戦闘員を人道的に保護するために、直接の戦闘外におかれた捕虜、投降兵、敗残兵などの殺傷も禁じられた。捕虜についてはその保護と待遇改善を一層明確化して存在した。(日本は調印したが、批准はしなかった。しかし、欧米に対しては「同条約の規定を準用する」と表明した)。【『南京事件』:笠原十九司著:岩波新書】より

栗原利一資料集

※皇族と南京大虐殺
・・・・大報道陣によって日本国民に報道される「未曾有盛事、敵の首都への皇軍の入城」一大セレモニーの日に、式場はもちろん、場内、場外においても、敗残兵や便衣兵によるゲリラ活動のたぐいがあっては皇軍の威信が損ねられることになる。そのうえ、上海派遣軍司令官・朝香宮(あさかのみや)鳩彦王中将は皇族で、「宮殿下」「宮様」である。天皇の軍隊の象徴である皇族の司令官の身に、もしもの不祥事が発生することになれば、天下の一大事で当然関係者の引責問題につながった。南京城内の首都飯店に司令部をおいた朝香宮にたいして、各部隊から立哨を派遣して厳重な警戒体制をとったし、「中山門のすぐ手前の所にて宮殿下(朝香宮)が入城するため一時通行禁止となり」(「牧原日記」)という特別警備体制がとられることもあった。
 こうして、17日に入城式を挙行するために、南京城区だけでなく近郊農村にまでおよんで過酷な「残敵大掃蕩作戦」が展開され、虐殺される軍民の犠牲をいっそう大きなものにした。
(『南京事件』笠原十九司著:岩波新書)

※1946年の中国国民政府の司法行政部が作成した戦犯リスト1位の朝香宮鳩彦王こそ上海派遣軍司令官として南京大虐殺の直接の責任者であったが、アメリカ政府とGHQが天皇の免責を決めていたことから、皇族であるがゆえに南京軍事裁判でも免責とされた。・・・(『「百人斬り競争」と南京事件』笠原十九司著:大月書店)・・・これもおかしくありませんか?裏で取引があった?(ノブ)


■ 南京・史実を守る映画祭 ■
(転載)
http://jijitu.com/filmfestival2009/  
○日時 2009年12月13日(日) 10:00開場
○場所 東京都世田谷区区民会館ホール
○料金 前売券900円、当日券999円。
1作品ごとに入れ替えを行います。前売券の購入方法は下記のURLをご参照ください。
http://jijitu.com/filmfestival2009/2009-09-28-06-41-10

○プログラム・上映作品
10:30-『南京』(88分)
13:00-『アイリス・チャン』(103分)
15:00- シンポジウム
  ※ゲスト:鈴木邦男さん、武田倫和監督さん(詳細はHPで)
  ※映画祭チケットご購入のすべての方が入場いただけます。
16:30-『南京・引き裂かれた記憶』(85分)
18:30-『チルドレン・オブ・ホァンシー 遥かなる希望の道』(125分)

主催:南京・史実を守る映画祭実行委員会
お問合せ:nankin-eigasai-owner@yahoogroups.jp


「南京大虐殺」と聞いて、どれだけの人々が具体的に事件のイメージを語ることができるでしょうか。日本では、南京大虐殺という事実は、公の場であまり語られることはなく、学校教育でもほとんど取り上げられず、どこか、事件に触れることがタブーであるかのような空気が作られているようでもあります。

 事件をめぐっては、戦後になっても何度かの裁判が提起されてきました。その中には、事件の証言をする人々に対する「偽者」呼ばわりがきっかけになったものも多くありました。
 中国人の被害者である夏淑琴さん、李秀英さん。事件そのものの証言を報じた本多勝一さん。

 事実は必ず勝つ、という言葉のとおり、これらの裁判では真実が勝利し、事件はなかったとする人々の主張はすべて、疑似科学や単なる読み物レベルの俗論に過ぎない、ということが白日の下に晒されてきました。

 しかし、事件はなかったとする勢力が沈黙することはなく、それどころか、事件について公の場で触れることそのものにまで、攻撃の手を伸ばしてきました。

 事件を描いた「南京1937」は、その上映が右翼によって暴力的に妨害され、上映する劇場のスクリーンは、右翼によって切り裂かれました。

日本の大手映画会社によって、日露戦争や太平洋戦争の映画が次々と作られる中にあっても、日本軍による中国大陸での残虐行為を描いた映画はほんのわずかしかなく、南京大虐殺を描く映画は皆無、という状態です。

 この間、諸外国では南京大虐殺をテーマにした映画が数多く制作され、公開されているのに、事件の当事者である日本の国内では、南京を描く映画は作られていないのです。

 映画【靖国】の上映に至るまでの経緯を振り返るとき、このような状況は「暴力と、それを恐れるが故の自粛」によってもたらされる、言論の自由の危機だとはっきりいえます。これは、断じて容認することはできません。

 そこで私たちは、映画配給会社がやらないのなら私たちがやってしまおうと決意し、南京大虐殺をテーマとする映画を集めて映画祭を開催することにしました。
 ぜひお越しください。


1つの家族をずっと、国民の税金を使って、意味のよく分からない象徴としてあがめるのではなく、日本の国を良い方向に進めるリーダー(大統領)を選挙で選んだ方がいいのではないのかな?


●「怨」旗は、水俣病原告団が掲げた旗である。
水俣病  も、国・県・チッソは10年以上もその責任を認めず患者を増やし続けた。
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