柳条湖事件
満州事変
文科省、教育委員会は、「日の丸」「君が代」の強制に必死だ!!
公務員の思想・信条の自由は許されない?
国会では「思想・信条の自由を侵さないと言っていたはずだ!!
また、過去の戦争の史実を教科書から次々消している!!
(以下転載)
みなさまへ
東京都教育委員会をはじめ、大阪府・市、神奈川県・横浜市教育委員会などによる、特定教科書排除の暴挙は、実教出版だけの問題でも、日本史教科書でだけの問題でもありません。安倍「教育再生」政策を先取りしたものであり、教育・教科書問題であるだけでなく、憲法問題でもあります。
下記集会をご案内いたします。どうぞご参加下さい。
「教育委員会の考えとちがう教科書は使っちゃダメ!」これって許される?
東京都教育委員会は、実教出版『高校日本史A』『高校日本史B』を「都教委の考えと異なる」ので「都立高等学校等において使用することは適切ではない」という「見解」を議決して、学校現場の教科書選定に不当・不法に介入し、全都立学校に圧力をかけました。その結果、「見解」で取り上げられた実教出版の日本史教科書は、都立高校で全く採択されませんでした。
同様の動きが大阪府・市や神奈川県・横浜市、埼玉県などの教育委員会でも行われています。
文科省の検定に合格した教科書を教育委員会が「二重検定」し、教科書採択に介入・妨害するのは前代未聞の不法行為であり、絶対に容認できないものです。
今年の教科書採択は8月末に終わりました。私たちは採択結果をふまえ、今年の教科書採択の現場で起こったことを明らかにし、教育委員会の責任を追及するため、以下の抗議集会を開催します。
また、この教科書採択問題は、安倍政権の教育政策のひとつの表れであり、教育全般の問題でもあります。さらには、憲法を変えようとする動きとも通底しています。
教育の民主化はもとより、平和で安心して生活することができる社会を築くためにも、多くの方々に、いま教育をめぐって何が起こっているのか、そして何が問題なのかを広く知っていただくことが重要です。
多くの方のご参加を呼びかけます。
集会名 高校教科書採択妨害抗議9・18集会
「教育委員会の考えとちがう教科書は使っちゃダメ!」 これって許される?
日時 2013年9月18日(水) 18時30分~
会場 文京区民センター2A会議室
(都営地下鉄春日駅下車すぐ、東京メトロ後楽園駅下車徒歩3分)
講演 山田 朗さん(明治大学教授)
「改憲の動きと教科書への攻撃」
報告 採択結果と全体状況
現場からの報告 東京都
現場からの報告 神奈川県・横浜市・埼玉県
大阪からのメッセージ
実教出版高校日本史教科書執筆者代表 執筆者の見解
「採択妨害を許さない会」のこれまでの運動と成果
地域・分野などから
行動提起
資料代 500円
主催 都教委の高校教科書採択妨害を許さない実行委員会
(略称「採択妨害を許さない会」)
◇呼びかけ人
池田香代子(翻訳家)、井上恵美子(フェリス女学院大学教授)、岡本 厚(『世界』前編集長)、小森陽一(東京大学教授)、斎藤貴男(ジャーナリスト)、嶋伸欣(琉球大学名誉教授)、田代美江子(埼玉大学教授)、鶴田敦子(元聖心女子大学教授)、西野瑠美子(子どもと教科書全国ネット21代表委員)、本田由紀(東京大学教授)、山田 朗(明治大学教授)(以上11人)
連絡先 TEL:03-3265-7606(子どもと教科書全国ネット21)
(以上転載)
日本政府は、過去の史実を消し去っている!!
人体実験被害者、細菌戦被害者の悲鳴が聞こえませんか?
731部隊の犯罪(生体実験、生体解剖、細菌戦等)は、アメリカ政府が免罪しても、世界の目が許さない!!
戦後マッカーサーと昭和天皇の極秘会談は11回行われ、その中で沖縄や731のことも話し合われたのだろう。GⅡと731部隊幹部との話し合いは鎌倉で行われ、731部隊員の戦犯免責と引き換えにアメリカに情報を提供するということで合意した。
東京裁判では、天皇と731部隊員は戦争犯罪人から外されたが、その人たちの行った中国をはじめとするアジアでの加害行為は、消し去ることはできず、子々孫々まで語り継がれるだろう!!
今の安倍自民は、過去の史実をことごとく消し去ろうと必死になっている!!
「731部隊展開催20周年記念シンポジウム」
731細菌戦部隊 1(前編:プライム10) よりの書き起こし
石井式培養器
細菌兵器の実用化のためには、より強力な菌とその感染方法を開発することが必要だった。
この実験のために生きた人間が使われたのである。
実験材料とされたのは、現地の中国人やロシア人、朝鮮人だった。
本部の傍らに敷かれた引込線。
実験材料となった人間を運び込む目的でも使用された。
部隊に働かされていた方さんはそのときの様子を目撃している。
「列車が止まるとロ号棟の4つの門が開きました。白い帽子、マスク、白衣、ゴム靴を身につけた日本人が、荷車を押して出て来ました。列車からは2人ずつ頭と足が交互に縛られた人間たちが次々に下ろされ、ロ号棟の中に運ばれて行きました。私が見たところでは、彼らはまだ息をしていました。」
ロの字型をした研究棟はロ号棟と呼ばれた。
このロ号棟の内側には、実験材料となった人々を監禁するための監獄があった。
終戦時、731部隊は、特にこの監獄を徹底的に破壊した。
「この一帯が731部隊の特設監獄の跡です。」
ここに監禁された人々は、マルタと呼ばれ、その数は常時百人を超えていたという。
1人1人のマルタには番号が付けられ、様々な人体実験に使われていったのである。
・・・・・
1950年2月1日、ソビエトはアメリカのアチソン国務長官に裁判結果をまとめた文書を渡した。
ソビエトはその文書で「日本の細菌戦部隊の行為は天皇を頂点とする日本軍部の組織的な犯罪であることを指摘し、改めて国際軍事裁判を開くことを要求している。そして、直接人体実験を行った科学者である石井たち731部隊幹部を新たに訴追し、これを裁くことを求めた。
アメリカはこの時までハバロフスク軍事裁判に表面上は無関心を装っていた。
しかし、その裏で裁判の情報を盛んに集め、分析を進めていた。
ソビエトのアピールを受け取った2日後アメリカ国務省は記者会見を開き声明を発表した。
「今回のハバロフスク軍事裁判は37万人の日本人抑留者の問題から目をそらすためのソビエトのカムフラージュに過ぎない。」
731部隊の行為を国際軍事法廷で改めて裁くことを求めたソビエトのアピールは無視された。
アメリカは、このときすでに人体実験の詳細なデータを入手していたのである。
731部隊の人体実験の事実を世界に初めて告発したハバロフスク軍事裁判。
この裁判には、戦後世界の主導権を握りつつあったアメリカを牽制するという政治的意味合いも込められていた。
しかし、その政治性ゆえに、ハバロフスク軍事裁判は黙殺され、幻の裁判として忘れ去られていく運命をたどったのである。
こうして米ソ対立のはざまで日本の細菌戦部隊が行った人体実験の罪は闇に葬り去られた。
当事者である日本はその責任を自ら問うことなく半世紀が過ぎようとしている。
(1992年放送、NHK[プライム10 731細菌戦部隊後編〕より)
この墓地の一角に柄沢が眠っていた。
柄沢はソビエトに抑留されていた細菌戦部隊員の中で人体実験の事実を最初に認めた1人である。
告白を始めるとき、柄沢はその心境をこう語っている。
「このことは、いずれ誰かが語らねばならないと思って、苦しい思いをしてきた。今、私は医者としての良心をかけてすべてを語ろう!!(柄沢十三夫軍医少佐:731部隊第4部細菌培養課課長・・・帰国前自殺)
良心の呵責を起こし、苦しんで自決したのは柄沢だけではない!!
優秀な医学者の中には、自分の犯した罪に苦しみ、自決した人もいた!!