かりんとう日記

禁煙支援専門医の私的生活

注染浴衣

2008年06月29日 | 気になる人々
Nさんが病室でクッション代わりにしていた座布団に、はっと目がいった。
浴衣地を利用した手製の座布団。
病院のベッドの冷たい白に、とても暖かな、くつろいだ雰囲気を与えてくれている。
おわわず『素敵ですね』と、Nさんに体調を尋ねるよりも前に、その座布団を誉めた。

「ああ、うちの工場で染めたものなんですよ」

たしか紺地で、鉄線がデザインされていたと記憶している。
何度も洗われ、なんともいえない独特な風合い。
一瞬にして心を奪われ、記憶に残る浴衣地というのは、後にも先にも、ない。

Nさんは創業1905年という、染物工場の若旦那。
「注染」という方法で手ぬぐいや浴衣を染めている。
この方法を続けている工場は、今では全国で10軒にも満たないのだそう。

Nさんが肺がんを患い、ワタシが担当医となったのは今から数年前。
残念ながら1年も闘病しないうちにNさんは亡くなってしまった。

Nさんは生涯忘れられない患者さんのひとりだ。
忘れられない理由はそれぞれ・・・
患者さん、あるいはワタシの側に色々あるのだけれど・・・


数が少ないのか、それともひやかしではとても入れないような高級呉服屋にしか置いていないのか、Nさんの工場で染められた浴衣とはなかなか出会えないが、手ぬぐいは近所の店で手に入れることができ、何枚か持っている。
海外の友人への土産にもしたことがある。

新聞で、Nさんの工場が特集で紹介されていた。
息子さんが後継者となって頑張っていらっしゃるらしい。

もう7月だ。
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