Yuumi Sounds and Stories

シンギング・リン®️セラピスト「藍ゆうみ」のブログ。日々の覚え書き、童話も時々書いています💝

地上天国③

2022-07-21 19:02:23 | 本・小説・エッセー

3.8歳のフィロソフィー

うちに白い犬が来て初めての春。
私は小学三年生になった。

それまで楽しかった学校生活が、がらりと音を立てて変わっていったのを覚えている。

普通の小学生だった私。目立ちもせず、おとなしすぎるわけでもなく、身近なお友達と楽しく遊んでいたのだけれど、何がいけなったのかわからない。ボタンを掛け違ったみたいに学校生活が上手くいかなくなった。

私は新しい学年とそのクラスになじむことが出来ずに、いつも一人でどこかにいることが多くなった。休み時間や自由時間は、こっそり誰にもわからないようにトイレとか、校舎の端っことか、倉庫の裏側とか・・・。それで良かったし、別に寂しくなく、逆に安心だった。騒がしい子どもたちに付いていけず、自然と離れていったという方が正しい。だから、誰が悪いわけでもない。

みんなも特に構わずほおっておいてくれたのだと思う。

ところが、担任の教師がそれを壊した。
私は気づかれずにいたと思っていても、教師は見ていて、私のいないところでクラス全員に心無い発言をしたのだ。

「藍は変わったやつだが、みんな仲良くしてやってくれ!」

そう、先生にとっては生徒をフォローしたつもりだろうが、

それをまた私に告げ口する女の子がいた。

「藍は変わったやつだって、言ってたよ~」

友達がニヤ着いた顔で言う。

そんな風に先生がみんなに言ったこと、そんな風に先生やみんなに思われていること。それがショックだった。

多分その頃から、家に帰っても暗い顔をして、体育座りをして泣いていたのだ。
休日も家から出ないで、ゴロゴロばかりしていた。
リビングの掃き出し窓とつながるデッキでは、くうが気持ちよさそうに昼寝をしていた。夏の始めの大らかな南風がカーテンを大きく揺らしている。それは波のようでもあり、何か言いたげな形のないメッセージのようだ。

私も風のように透明で何もせず、風のようにただ周りを吹き抜けて、何も考えずぼんやりしていたい。

友達っていないといけないのかな?
私はみんなと同じように遊ばなきゃいけないの?
この風や空や空気と同じようにゆっくりとありのままでいてはだめなの?

そんなことを考えていたように思う・・・。

そんな私の心もまた、風のように姿を変えどこかに消えていった。夏休みが始まる頃には、私はクラスメイトになじむようになり、みんなと同じように遊ぶようになり、お友達とたくさんの約束が出来て、家でも学校でも暗い顔でいることはなくなった。

覚えているのは、母さんがイチゴのケーキを作ってくれたこと。
料理の上手い母さんじゃないから、買ってきたスポンジケーキの上に買ってきた生クリームをたっぷり乗せて、その上にイチゴを大量に乗せてくれた。それを登校前の朝ごはんの時に出してくれたのだ。小3の私はそれが母さんの目いっぱいのエールだったことに気づかなかった。

「なんで朝からイチゴケーキ⁈」
母さんはちょっと困り気な笑い顔で、
「イチゴ好きでしょ?」
と。

私は怪訝な顔をしてイチゴを一つ二つ頬張った。

それが私の大きな転換点になった。

真っ赤なたくさんのイチゴと朝食のミスマッチ!!

赤は元気の色だ!

あの時、私はこの世でヒトとして生きることを自分の中で肯定したのだと思う。

母さんとくうの朝散歩。一緒にランドセルをしょって元気よく走る私。
友達がいるところからはバイバイ!
母さんとくうに背中を押されて、私はもう大丈夫。

あの無神経な担任教師のセリフとは裏腹に、煩わしいことを一言も言わなかった母さんに心から感謝している。

小3でも生きることに戸惑う時があるのだと、そして、人は一瞬一瞬「生きる」ことを繰り返し繰り返し決めながら生きるものだということを、私は今も噛みしめている。

母さんがイチゴケーキを作ったのは後にも先にもあれ一回。
しかも、朝に出すなんて!
やってくれるよね。
( ;∀;)






地上天国②

2022-07-21 10:53:51 | 本・小説・エッセー

2,宇宙に一匹の白い犬

白い犬は思ったよりも大きくて、人間に例えれば小学校一年生くらい。
「名前どうする?」
「クリスマスに来たからクリちゃんは?」
まだ飼うかどうか決めかねていたこともあり、名前はあっさり『クリ』になった。

結局なし崩し的にくりは我が家の犬になっていった。
そうして、クリから『くう』になったというわけ。

大変だったのは母さん。
朝晩の《お散歩》が始まった。
元気もののオスの子犬は、走る走る、引っ張る引っ張る。
しつけの「し」の字も知らない母さんは、元気なくうにすっかり引きずり回されて、空き地ではくうと思いっきり走って、あり得ない転び方をしていた。(母さんは散歩中に右足の小指の骨を折ったこともあるし、いきなり引っ張られて左肩関節を外したこともある。)
でも、母さんはくうとの散歩のとき、笑顔が子供みたいだった。
散歩から帰った後の母さんの顔が綺麗だった。

くうはご近所のアイドルにもなっていった。
住宅地の道路に面した我が家の小さなデッキに犬小屋を置き、そこがくうの居場所になったので前の道を通りがかる犬好きの人の心の癒しにくうはとても貢献した。

くうは可愛がってくれる人に吠えることはなかったし、なじみの人が来ると必ず起き上がって挨拶し、撫でられていた。

通勤や買い物や散歩の行きかえりに必ず訪れる人も何人もいた。

そうそう。
くうは生まれつき左目の周りに黒のアイラインがなくて肌色だった。
よく「あれ、左目悪いの?」「あら?目が・・・」と言われた。ただの見た目のことであって目が悪いわけではない。そんな風に気にする人の言葉が私の心に軽く刺さった。

そして私も、左目にも綺麗に黒のアイラインが入っていたらもっと可愛かったのね、くうは出来損ないないんだって思った。

ある日、茶色の雑種の老犬を散歩させてるおじさんが通りかかった。
おじさんはくうを「いい犬だなぁ、立派立派!」とほめてくれた。
私はおじさんに目のことを気付かれる前に自分から、でも「目の周りがね…」と残念そうに言った。

すると、おじさんは
「それがこの犬のユニークな個性じゃろうが!」
と大きな声で笑い飛ばした。

おじさんの言葉は私の杞憂を吹き飛ばした。
そうだ!くうはこの宇宙にたった一匹の素晴らしい犬。
左目のノーアイラインはくうがくうであることの証なんだ!って却って誇らしくなった。
おじさんのお蔭で私はもっとくうを好きになった。

くうは左目がノーアイラインでも、1000%の愛嬌で通りかかる人たちに絶大な人気となっていく。

もちろんくう自身は、目がどうだとか、散歩中に母さんが足を骨折しようがなんのお構いもなしに、まさにマイペースそしてあるがままだった。