はりえんじゅの道

立ち止まっても歩いても・・何時までたっても見付からない・・・・

どんぐりと山猫のお話 おしまひ

2009-06-14 | Weblog


そのとき、一郎は、足もとでパチパチ塩のはぜるやうな、音をきゝました。びつくりして屈(かが)んで

見ますと、草のなかに、あつちにもこつちにも、黄金(きん)いろの円いものが、ぴかぴかひかつてゐる

のでした。よくみると、みんなそれは赤いずぼんをはいたどんぐりで、もうその数ときたら、三百でも

利かないやうでした。わあわあわあわあ、みんななにか云(い)つてゐるのです。

「あ、来たな。蟻(あり)のやうにやつてくる。おい、さあ、早くベルを鳴らせ。今日はそこが日当りが

いゝから、そこのとこの草を刈れ。」

やまねこは巻たばこを投げすてて、大いそぎで馬車別当にいひつけました。馬車別当もたいへんあわてて、

腰から大きな鎌(かま)をとりだして、ざつくざつくと、やまねこの前のとこの草を刈りました。そこへ

四方の草のなかから、どんぐりどもが、ぎらぎらひかつて、飛び出して、わあわあわあわあ言ひました。

 馬車別当が、こんどは鈴をがらんがらんがらんがらんと振りました。音はかやの森に、がらんがらん

がらんがらんとひゞき、黄金(きん)のどんぐりどもは、すこししづかになりました。

見ると山ねこは、もういつか、黒い長い繻子(しゆす)の服を着て、勿体(もつたい)らしく、どんぐり

どもの前にすわつてゐました。まるで奈良(なら)のだいぶつさまにさんけいするみんなの絵のやうだと

一郎はおもひました。別当がこんどは、革鞭(かはむち)を二三べん、ひゆうぱちつ、ひゆう、ぱちつと

鳴らしました。

 空が青くすみわたり、どんぐりはぴかぴかしてじつにきれいでした。

「裁判ももう今日で三日目だぞ、いゝ加減になかなほりをしたらどうだ。」山ねこが、すこし心配さうに、

それでもむりに威張つて言ひますと、どんぐりどもは口々に叫びました。

「いえいえ、だめです、なんといつたつて頭のとがつてるのがいちばんえらいんです。そしてわたしが

いちばんとがつてゐます。」

「いゝえ、ちがひます。まるいのがえらいのです。いちばんまるいのはわたしです。」

「大きなことだよ。大きなのがいちばんえらいんだよ。わたしがいちばん大きいからわたしが

えらいんだよ。」

「さうでないよ。わたしのはうがよほど大きいと、きのふも判事さんがおつしやつたぢやないか。」

「だめだい、そんなこと。せいの高いのだよ。せいの高いことなんだよ。」

「押しつこのえらいひとだよ。押しつこをしてきめるんだよ。」もうみんな、がやがやがやがや言つて、

なにがなんだか、まるで蜂(はち)の巣をつゝついたやうで、わけがわからなくなりました。そこで

やまねこが叫びました。

「やかましい。こゝをなんとこゝろえる。しづまれ、しづまれ。」

 別当がむちをひゆうぱちつとならしましたのでどんぐりどもは、やつとしづまりました。やまねこは、

ぴんとひげをひねつて言ひました。

「裁判ももうけふで三日目だぞ。いゝ加減に仲なほりしたらどうだ。」

 すると、もうどんぐりどもが、くちぐちに云ひました。

「いえいえ、だめです。なんといつたつて、頭のとがつてゐるのがいちばんえらいのです。」
「いゝえ、ちがひます。まるいのがえらいのです。」
「さうでないよ。大きなことだよ。」がやがやがやがや、もうなにがなんだかわからなくなりました。
山猫(やまねこ)が叫びました。
「だまれ、やかましい。こゝをなんと心得る。しづまれしづまれ。」
 別当が、むちをひゆうぱちつと鳴らしました。山猫がひげをぴんとひねつて言ひました。
「裁判ももうけふで三日目だぞ。いゝ加減になかなほりをしたらどうだ。」
「いえ、いえ、だめです。あたまのとがつたものが……。」がやがやがやがや。
 山ねこが叫びました。
「やかましい。こゝをなんとこゝろえる。しづまれ、しづまれ。」
 別当が、むちをひゆうぱちつと鳴らし、どんぐりはみんなしづまりました。山猫が一郎にそつと
申しました。
「このとほりです。どうしたらいゝでせう。」
 一郎はわらつてこたへました。
「そんなら、かう言ひわたしたらいゝでせう。このなかでいちばんばかで、めちやくちやで、まるでなつて
ゐないやうなのが、いちばんえらいとね。ぼくお説教できいたんです。」
 山猫(やまねこ)はなるほどといふふうにうなづいて、それからいかにも気取つて、繻子(しゆす)
のきものの胸(えり)を開いて、黄いろの陣羽織をちよつと出してどんぐりどもに申しわたしました。
「よろしい。しづかにしろ。申しわたしだ。このなかで、いちばんえらくなくて、ばかで、めちやくちやで、
てんでなつてゐなくて、あたまのつぶれたやうなやつが、いちばんえらいのだ。」
 どんぐりは、しいんと
してしまひました。それはそれはしいんとして、堅まつてしまひました。
 そこで山猫は、黒い繻子の服をぬいで、額の汗をぬぐひながら、一郎の手をとりました。別当も大
よろこびで、五六ぺん、鞭(むち)をひゆうぱちつ、ひゆうぱちつ、ひゆうひゆうぱちつと鳴らしました。
やまねこが言ひました。
「どうもありがたうございました。これほどのひどい裁判を、まるで一分半でかたづけてくださいました。
どうかこれからわたしの裁判所の、名誉判事になつてください。これからも、葉書が行つたら、どうか
来てくださいませんか。そのたびにお礼はいたします。」
「承知しました。お礼なんかいりませんよ。」
「いゝえ、お礼はどうかとつてください。わたしのじんかくにかゝはりますから。そしてこれからは、
葉書にかねた一郎どのと書いて、こちらを裁判所としますが、ようございますか。」
 一郎が「えゝ、かまひません。」と申しますと、やまねこはまだなにか言ひたさうに、しばらくひげを
ひねつて、眼をぱちぱちさせてゐましたが、たうとう決心したらしく言ひ出しました。
「それから、はがきの文句ですが、これからは、用事これありに付き、明日(みやうにち)出頭すべしと
書いてどうでせう。」
 一郎はわらつて言ひました。
「さあ、なんだか変ですね。そいつだけはやめた方がいゝでせう。」
 山猫は、どうも言ひやうがまづかつた、いかにも残念だといふふうに、しばらくひげをひねつたまゝ、
下を向いてゐましたが、やつとあきらめて言ひました。
「それでは、文句はいままでのとほりにしませう。そこで今日のお礼ですが、あなたは黄金(きん)
のどんぐり一升と、塩鮭(しほざけ)のあたまと、どつちをおすきですか。」
「黄金(きん)のどんぐりがすきです。」
 山猫は、鮭(しやけ)の頭でなくて、まあよかつたといふやうに、口早に馬車別当に云ひました。
「どんぐりを一升早くもつてこい。一升にたりなかつたら、めつきのどんぐりもまぜてこい。はやく。」
 別当は、さつきのどんぐりをますに入れて、はかつて叫びました。
「ちやうど一升あります。」
 山ねこの陣羽織が風にばたばた鳴りました。そこで山ねこは、大きく延びあがつて、めをつぶつて、
半分あくびをしながら言ひました。
「よし、はやく馬車のしたくをしろ。」白い大きなきのこでこしらへた馬車が、ひつぱりだされました
。そしてなんだかねずみいろの、をかしな形の馬がついてゐます。
「さあ、おうちへお送りいたしませう。」山猫が言ひました。二人は馬車にのり別当は、どんぐりのます
を馬車のなかに入れました。
 ひゆう、ぱちつ。
 馬車は草地をはなれました。木や藪(やぶ)がけむりのやうにぐらぐらゆれました。一郎は黄金(きん)
のどんぐりを見、やまねこはとぼけたかほつきで、遠くをみてゐました。
 馬車が進むにしたがつて、どんぐりはだんだん光がうすくなつて、まもなく馬車がとまつたときは
あたりまへの茶いろのどんぐりに変つてゐました。そして、山ねこの黄いろな陣羽織も、別当も、
きのこの馬車も、一度に見えなくなつて、一郎はじぶんのうちの前に、どんぐりを入れたますを持つて
立つてゐました。
 それからあと、山ねこ拝といふはがきは、もうきませんでした。やつぱり、出頭すべしと書いても
いゝと言へばよかつたと、一郎はときどき思ふのです。



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マーキー

2009-06-14 | Weblog
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      どんぐりと山猫(続)               
                  
                  宮沢賢治

  「みなみへ行つたなんて、二とこでそんなことを言ふのは
 
 をかしいなあ。けれどもまあもすこし行つてみよう。りす、
 
 ありがたう。」りすはもう居ませんでした。たゞくるみの

 いちばん上の枝がゆれ、となりのぶなの葉がちらつとひかつた

 だけでした。

  一郎がすこし行きましたら、谷川にそつたみちは、もう細く

 なつて消えてしまひました。そして谷川の南の、まつ黒な榧

 (かや)の木の森の方へ、あたらしいちひさなみちがついて

 ゐました。一郎はそのみちをのぼつて行きました。榧の枝は

 まつくろに重なりあつて、青ぞらは一きれも見えず、道は大へん

 急な坂になりました。一郎が顔をまつかにして、汗をぽとぽと

 おとしながら、その坂をのぼりますと、にはかにぱつと明るく

 なつて、眼がちくつとしました。 そこはうつくしい黄金

 (きん)いろの草地で、草は風にざわざわ鳴り、まはりは立派な

 オリーヴいろのかやの木のもりでかこまれてありました。
 
 その草地のまん中に、せいの低いをかしな形の男が、膝

 (ひざ)を曲げて手に革鞭(かはむち)をもつて、だまつて

 こつちをみてゐたのです。

  一郎はだんだんそばへ行つて、びつくりして立ちどまつて

 しまひました。その男は、片眼で、見えない方の眼は、白くびく

 びくうごき、上着のやうな半纏(はんてん)のやうなへんなもの

 を着て、だいいち足が、ひどく曲って山羊(やぎ)のやう、

 ことにそのあしさきときたら、ごはんをもるへらのかたちだつた

 のです。一郎は気味が悪かつたのですが、なるべく落ちついて

 たづねました。

 「あなたは山猫(やまねこ)をしりませんか。」

  するとその男は、横眼で一郎の顔を見て、口をまげてにやつと

 わらつて言ひました。

 「山ねこさまはいますぐに、こゝに戻つてお出やるよ。おまへは

 一郎さんだな。」

  一郎はぎよつとして、一あしうしろにさがつて、

 「え、ぼく一郎です。けれども、どうしてそれを知つてますか。」

 と言ひました。するとその奇体な男はいよいよにやにやして

 しまひました。

 「そんだら、はがき見だべ。」

 「見ました。それで来たんです。」

 「あのぶんしやうは、ずゐぶん下手だべ。」と男は下をむいて

 かなしさうに言ひました。一郎はきのどくになつて、

 「さあ、なかなか、ぶんしやうがうまいやうでしたよ。」

 と言ひますと、男はよろこんで、息をはあはあして、耳のあたり

 までまつ赤になり、きもののえりをひろげて、風をからだに

 入れながら、

 「あの字もなかなかうまいか。」ときゝました。一郎は、

 おもはず笑ひだしながら、へんじしました。

 「うまいですね。五年生だつてあのくらゐには書けないで

 せう。」

  すると男は、急にまたいやな顔をしました。

 「五年生つていふのは、尋常五年生だべ。」その声が、

 あんまり力なくあはれに聞えましたので、一郎はあわてて

 言ひました。

 「いゝえ、大学校の五年生ですよ。」

  すると、男はまたよろこんで、まるで、顔ぢゆう口のやう

 にして、にたにたにたにた笑つて叫びました。

 「あのはがきはわしが書いたのだよ。」

  一郎はをかしいのをこらへて、

 「ぜんたいあなたはなにですか。」とたづねますと、男は急に

 まじめになつて、

 「わしは山ねこさまの馬車別当だよ。」と言ひました。

  そのとき、風がどうと吹いてきて、草はいちめん波だち、

 別当は、急にていねいなおじぎをしました。

  一郎はをかしいとおもつて、ふりかへつて見ますと、そこに

 山猫(やまねこ)が、黄いろな陣羽織のやうなものを着て、

 緑いろの眼をまん円にして立つてゐました。やつぱり山猫の

 耳は、立つて尖(とが)つてゐるなと、一郎がおもひましたら、

 山ねこはぴよこつとおじぎをしました。一郎もていねいに挨拶

 (あいさつ)しました。

 「いや、こんにちは、きのふははがきをありがたう。」

  山猫はひげをぴんとひつぱつて、腹をつき出して言ひました。

 「こんにちは、よくいらつしやいました。じつはをとゝひから、

 めんだうなあらそひがおこつて、ちよつと裁判にこまりました

 ので、あなたのお考へを、うかがひたいとおもひましたのです。

 まあ、ゆつくり、おやすみください。ぢき、どんぐりどもが

 まゐりませう。どうもまい年、この裁判でくるしみます。」

 山ねこは、ふところから、巻煙草(まきたばこ)の箱を出して、

 じぶんが一本くはへ、

 「いかゞですか。」と一郎に出しました。一郎はびつくりして、

 「いゝえ。」と言ひましたら、山ねこはおほやうにわらつて、

 「ふゝん、まだお若いから、」と言ひながら、マツチをしゆつと

 擦(す)つて、わざと顔をしかめて、青いけむりをふうと吐き

 ました。山ねこの馬車別当は、気を付けの姿勢で、しやんと

 立つてゐましたが、いかにも、たばこのほしいのをむりに

 こらへてゐるらしく、なみだをぼろぼろこぼしました。