はりえんじゅの道

立ち止まっても歩いても・・何時までたっても見付からない・・・・

水燈路

2008-09-29 | Weblog

     
      昨夜水燈路を見に行った
     
 

  雨は降りだすし
  こんなブレブレしか撮れなくて残念!

 
   
  船から岸の灯篭の列を見て楽しもうという趣向で
  客席に明かりを点けない遊覧船が、暗い水面を
  往来する。 
   
   この次は遊覧船に乗って、もう少し
   ちゃんとした写真を撮ろう。

  


桔梗とトルコ桔梗

2008-09-27 | Weblog

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付け加えた画像が何故か裏へまわりこむ。 どの部分を修正すればいいのかわからなくて、 随分長い 時間を費やしてしまった。 桔梗の花言葉は「清楚、気品」 「朝顔は 朝露負ひて 咲くといへど 夕影にこそ 咲きまさりけれ」 (朝顔=桔梗) 万葉集

どんぐり様のソースをお借りしています。


JTrim

2008-09-21 | Weblog

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<最初の画に戻る

画面をクリックしてください

JTrim を使っての画像作りはなかなか根気の要る仕事で、いつも中途で投げ
出してしまい成功しません。
この加工は簡単でしたがどうもあまり上出来とは言えません。・・が一応完成
したのでUPしました。
拡散レベルなど変えてみたら少しは良くなるかも知れません。

書体を変えてみた

2008-09-18 | Weblog
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      行乞記    種田山頭火

 
  このみちや
  いくたりゆきし
  われはけふゆく

  しづけさは
  死ぬるばかりの
  水がながれて


     九月九日 晴、八代町、萩原塘、吾妻屋(三五・中)

  私はまた旅に出た、愚かな旅人として放浪するより外に
  私の行き方はないのだ。七時の汽車で宇土へ、宿におい
  てあつた荷物を受取つて、九時の汽車で更に八代へ、
  宿をきめてから十一時より三時まで市街行乞、夜は餞別の
  ゲルトを飲みつくした。
  同宿四人、無駄話がとり/″\に面白かつた、殊に宇部の
  乞食爺さんの話、球磨の百万長者の慾深い話などは興味
  深いものであつた。

  
       九月十日 晴、二百廿日、行程三里、日奈久温泉、
       織屋(四〇・上)

  午前中八代町行乞、午後は重い足をひきずつて日奈久へ、
  いつぞや宇土で同宿したお遍路さん夫婦とまたいつしよ
  になつた。方々の友へ久振に――ほんたうに久振に――
  音信する、その中に、――
  ……私は所詮、乞食坊主以外の何物でもないことを再発
  見して、また旅へ出ました、……歩けるだけ歩きます、
  行けるところまで行きます。
  
  温泉はよい、ほんたうによい、こゝは山もよし海もよし、
  出来ることなら滞在したいのだが、――いや一生動き
  たくないのだが(それほど私は労(マヽ)れてゐるのだ)
  
      
 
  分け入っても 分け入っても 青い山   
   
  雨ふる ふるさとは はだしで歩く 
    
  ふりかへらない 道をいそぐ 
    
  すすきのひかり さえぎるものなし 
   
  岩かげ まさしく水が沸いている 
     
  ここで泊ろう つくつくぼうし             


      


                 
                                    種田山頭火 



字体を変えてみた

2008-09-18 | Weblog

     
        雁の童子   宮沢賢治
     
  流沙(るさ)の南の、楊(やなぎ)で囲まれた小さな泉で、私は、
いった麦粉を水にといて、昼の食事をしておりました。
そのとき、一人の巡礼のおじいさんが、やっぱり食事のために、
そこへやって来ました。私たちはだまって軽く礼をしました。
けれども、半日まるっきり人にも出会わないそんな旅でしたから、
私は食事がすんでも、すぐに泉とその年老った巡礼とから、別れて
しまいたくはありませんでした。
 私はしばらくその老人の、高い咽喉のぎくぎく動くのを、見る
ともなしに見ていました。何か話し掛けたいと思いましたが、どうも
あんまり向うが寂かなので、私は少しきゅうくつにも思いました。
けれども、ふと私は泉のうしろに、小さな祠のあるのを見付けました。
それは大へん小さくて、地理学者や探険家ならばちょっと標本に持って
行けそうなものではありましたがまだ全くあたらしく黄いろと赤のペンキ
さえ塗られていかにも異様に思われ、その前には、粗末ながら一本の
幡(はた)も立っていました。
 私は老人が、もう食事も終りそうなのを見てたずねました。
「失礼ですがあのお堂はどなたをおまつりしたのですか。」
 その老人も、たしかに何か、私に話しかけたくていたのです。
だまって二、三度うなずきながら、そのたべものをのみ下して、低く言
いました。
「……童子(どうじ)のです。」
「童子ってどう云う方ですか。」
「雁(かり)の童子と仰っしゃるのは。」老人は食器をしまい、
屈んで泉の水をすくい、きれいに口をそそいでからまた云いました。
「雁の童子と仰っしゃるのは、まるでこの頃あった昔ばなしのようなの
です。この地方にこのごろ降りられました天童子だというのです。この
お堂はこのごろ流沙の向う側にも、あちこち建っております。」
「天のこどもが、降りたのですか。罪があって天から流されたのですか。」
「さあ、よくわかりませんが、よくこの辺でそう申します。多分そうで
ございましょう。」
「いかがでしょう、聞かせて下さいませんか。お急ぎでさえなかったら。」
「いいえ、急ぎはいたしません。私の聴いただけお話いたしましょう。
 沙車(さしゃ)に、須利耶圭(すりやけい)という人がございました。
名門ではございましたそうですが、おちぶれて奥さまと二人、ご自分は昔
からの写経をなさり、奥さまは機を織って、しずかにくらしていられま
した。
 ある明方、須利耶さまが鉄砲をもったご自分の従弟のかたとご一緒に、
野原を歩いていられました。地面はごく麗わしい青い石で、空がぼうっと
白く見え、雪もま近でございました。
 須利耶さまがお従弟さまに仰っしゃるには、お前もさような慰みの殺生を、
もういい加減やめたらどうだと、斯うでございました。
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  やっぱり縦書きの方が読みやすい。新聞や本もそのうち
  全部横書きになっていくのだろうか?