□本日落語一席。
◆三遊亭志う歌「あはれ浮世(上)」(寄席チャンネル『鮮 あざやか』)。
新橋内幸町ホール、令和4(2022)年12月23日(三遊亭歌太郎独演会「乾坤一擲」冬萌)。
『レ・ミゼラブル』を落語化したものという。マクラでの志う歌の言によれば、これを作ったのは幕末から明治にかけて活躍した初代談洲楼燕枝とのこと。
明治33(1900)に他界した初代燕枝の時代に録音技術がまだ追いついていなかったので、この燕枝が演じた音などもないと志う歌は言った。明治期に活躍した落語で三代目柳家小さんなどの音は残っているが、若干だが、三代目小さんは初代燕枝よりもあとである。だから、残念ながら初代燕枝の時代は録音にはまにあわなかったようだ。ただ、かりに録音技術がまにあっていたとしても、全体を演じれば三四時間にもなろうというこの落語を初期の録音技術で実現するのは難しかったのではないだろうか。
また、志う歌によれば、初代燕枝の演じた「あはれ浮世」の速記も残っていないのだとか。しかし、これを歌舞伎として演じたことがあり、その明治期のだろうか、歌舞伎台本が札幌の古書店でなんとか入手できたので、それをもとに志う歌が落語として再構成したとのこと。
それにしても、『レ・ミゼラブル』だけあって、やはり登場人物がとても多い。登場人物が多いことでは、三遊亭圓朝の落語(『牡丹燈籠』や『真景累ヶ淵』など)も同様だが、圓朝の作品ではプロットごとの登場人物はそんなに多くない。全体のストーリーを把握しなおそうというときに、この登場人物の多さがちょっとしたストレスになるというだけだ。
だが、「あはれ浮世」は一二のプロットをまたいで演じられるだけでも、ものすごく人物が次から次と出てくるので、ちょっと混乱する。
今回、志う歌はこれを「上」として約一時間半ほどで演じたが、もしかすると、これを三分割くらいにして演ってもらったほうが、多少はわかりやすくなるのではないだろうか。
◆三遊亭志う歌「あはれ浮世(上)」(寄席チャンネル『鮮 あざやか』)。
新橋内幸町ホール、令和4(2022)年12月23日(三遊亭歌太郎独演会「乾坤一擲」冬萌)。
『レ・ミゼラブル』を落語化したものという。マクラでの志う歌の言によれば、これを作ったのは幕末から明治にかけて活躍した初代談洲楼燕枝とのこと。
明治33(1900)に他界した初代燕枝の時代に録音技術がまだ追いついていなかったので、この燕枝が演じた音などもないと志う歌は言った。明治期に活躍した落語で三代目柳家小さんなどの音は残っているが、若干だが、三代目小さんは初代燕枝よりもあとである。だから、残念ながら初代燕枝の時代は録音にはまにあわなかったようだ。ただ、かりに録音技術がまにあっていたとしても、全体を演じれば三四時間にもなろうというこの落語を初期の録音技術で実現するのは難しかったのではないだろうか。
また、志う歌によれば、初代燕枝の演じた「あはれ浮世」の速記も残っていないのだとか。しかし、これを歌舞伎として演じたことがあり、その明治期のだろうか、歌舞伎台本が札幌の古書店でなんとか入手できたので、それをもとに志う歌が落語として再構成したとのこと。
それにしても、『レ・ミゼラブル』だけあって、やはり登場人物がとても多い。登場人物が多いことでは、三遊亭圓朝の落語(『牡丹燈籠』や『真景累ヶ淵』など)も同様だが、圓朝の作品ではプロットごとの登場人物はそんなに多くない。全体のストーリーを把握しなおそうというときに、この登場人物の多さがちょっとしたストレスになるというだけだ。
だが、「あはれ浮世」は一二のプロットをまたいで演じられるだけでも、ものすごく人物が次から次と出てくるので、ちょっと混乱する。
今回、志う歌はこれを「上」として約一時間半ほどで演じたが、もしかすると、これを三分割くらいにして演ってもらったほうが、多少はわかりやすくなるのではないだろうか。