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鼓曲萬来

鼓絆1st ECHO

1980年代から鼓絆の母体とも言える太鼓チームは国内の演奏、

そして海外での演奏と活動を続けておりました、
ハワイ、サンフランシスコ、中国、モンゴル、
勿論、他にそれぞれ仕事を持ちながらの活動ではございましたが..
我々の師、御諏訪太鼓の小口大八宗匠の指導を受けながらですが、
独自の活動も展開していた訳です。
 
このチームは総勢20名以上、オ-ケストラに合唱団も付くと言った、
西野のイメージをそのまま形にしたような編成で各地で絶大な賞賛を頂き、
遂には国立劇場での演奏に迄発展して行った訳で、
外国での和太鼓の評価ともあいまってかなりの実動を重ねていた訳です,が..
やはり伝統芸能の枠、
そしてなにより私には一つの前々から持っていた考えもありまして、
それは..、太鼓の演奏に触れた人は
外国でも日本でも必ず我々にこう言って下さる...
「太鼓はいいですね」「感動しました..」。
勿論有り難かったのですが...
必ず太鼓がいいのであって、私共がいいのではないのですね。
 
例えば外国の楽器、そうヴァイオリンやピアノを例にとってみますと...
演奏を聞いた後
ヴァイオリン奏者に「ヴァイオリンはいいですね...」とは言わないですよね、
「誰々さん!貴方の演奏素晴らしかった」と誉めて行く物ですよね...?
まわりくどい言い方でありますが、要するに演奏する人よりも、
演奏形態としての太鼓であり、伝統楽器としての和太鼓の評価が
打ち手個人の評価を上回ってしまう事に少しずつ、
純粋にいらだちを感じていたのが本音であった訳なのです。
 
「顔のない太鼓」..そう、どんな演奏会へ行っても和太鼓を演奏する、
その内容やテクニック、パワーに感動しても、演奏者の顔は殆ど思い出せない。

そしてもう一つ、維持の問題が、やはり総勢100名以上と成ると
海外等の演奏は勿論、国内に於いても動くだけで、
つまり各自のボランティア参加と言う形しかあり得ぇない訳で、
となりますと、練習、技術の向上、
そして演奏の内容も次第に無理が起きて来まして..

西野とは前々から少人数で和太鼓の将来、
そして今迄には無い太鼓の演奏、
そして普及にも動きやすい形で対応して行きたい、
そんな考えから..丁度その頃、
毎年ドイツのメールスで催されるJAZZ FES'への招聘の話を期に、
4人位でチームを結成して演奏してみよう..との意見が一致し、
西野、私、田中博信、岩切啓造のラインナップで臨む計画が進んでいったのです。
 
と同時に一枚目のアルバムを制作しようと言う話も持ち上がりまして..
今迄の太鼓のモチ-フに歌やメロデイを加えてみようという感じで、
そのチームは動き出して参りました。

チーム名は鼓絆..これは西野が命名した訳で..
絆.という文字を使ったのには意味もありました。

さてボストンのハートフォード音楽学校でパーカッション科の生徒達に
客演教授として約2時間の講議を行った時の事である、
さて後半の実技に移り、僕は生徒達にこう尋ねたのだ..。
「どこでも好きな太鼓のポジションに付いてください」
すると一人を除き全員が大太鼓の前に整列したのである。
(他にも〆太鼓や相撲太鼓、色々な宮太鼓が並んでいるにも関わらずだ)
彼等が選んだのは大太鼓。これは制作に当たって大きな参考となりました。
 
で、私は太鼓だけの演奏による....いわゆる太鼓のアルバムにはしたくなかった。
何故なら世界共通言語としての和太鼓の可能性を見い出したかったからであり、
そしてなにより各種の楽器と標準レヴェルで向き合いたいという趣旨もあり、
しかしながらいわゆるワールドビート的なパーカッションとしてのアプローチではなく、
精神的な意味での太鼓、特徴にもこだわりたかった訳です。
 
1stアルバム
ECHO

1st album ECHO


 
以前PEGMOの頃に一緒に演奏していた長沢ヒロに書いて貰った
2曲のデモテープの最初の1曲で、かなりのテンポの早い曲だったのだが、
練習の時テンポを落としてやる事に決めた。
 
この曲は4つのパートで完成されている。
まずイントロの部分は田中が教会音楽のようなメロディを考え、
続いて西野の大太鼓ソロ、そして篠笛のソロ、
最後長沢の書いた曲に僕が日本語と英語の歌詞を仮に付けて
RECORDINGに望む事となった。
 
つまりこれが鼓絆FIRST RECORDINGになる訳であるが、
録音は他の4曲と並行して行われ完成はそれからずっと後の事になる訳である。

理由は鼓絆はまだ実験段階であった事、
スタジオに運ぶ太鼓の運搬、
下谷の六本木鯛スタジオでの開き時間に録音していた為のスケジュール調整等、
色々な問題が重なったが、
「新しい靴はその人を新しい所へ連れて行ってくれる」と言うように
此の曲の録音中に我々は最初の仕事、
ドイツで行われる
メールスNEW JAZZ FESTIVALへの出演が決定されて行ったのである。
イントロのピアノは有名なJAZZピアニスト松居慶子さんが弾いてくれている。
 
豊穣のまつり
 
豊穣のまつりは西野が作った太鼓曲で
我々の基礎的な演奏を基本的なスタイルにアレンジしながら制作されていった。
 
まず、私の二丁囃しのソロ、
続いて飛鳳会というお神輿の団体の為に作った「ねりこみ囃し」
そしておけ胴と鉄鐘の掛け合いから砂切り口上のパート、
最後に「豊穣のまつり」という各パートから成り立っている。

太鼓の裏表にマイキングそしてOFFマイクを四方に吊るして録音した。
出来たおけに西野が篠笛、鉄鉦
そして田中が鳴りものをダヴィングして完成させて行った。
 
前半の私のニ丁囃しのソロは左右の太鼓を振り分けて録音している、
伝統的な神楽の奏法ではあるが、
稲虫送り、越後獅子といった古典をモチーフに
4分の4拍子から8分の6拍子そして8分の7拍子といった変拍子で成り立っている。
 
このアルバムの中では最も伝統的な曲でもあり、
長く我々が演奏してきたスタイルでもある。

太鼓はどこで打つか?心という人もいる、腰でという人もいる。
すべてその人也のポリシーを持って打ち込んで行くのだが、
僕は太鼓は首で打つもの、そう自分に言い聞かしている。
 
撥の先が皮に当たるその瞬間、どれだどれだけの距離感を首との間に保てるか...
そしてその撥を虚空に振り上げられるか...。
それこそが打つという事の根本だ....
己のまわりの見えない空間にある太鼓を打つ!

 
天地のめぐみ
 
西野が「慶祝打ち」という3打5打7打のおけ胴を提示した、
その大太鼓のフレーズに長沢がメロディを付けて完成していった。
そして前半に西野が住む川口の方の木遣り、
間奏に以前演奏に行ったモンゴルの
大草原と青空をイメージして完成した次第である。
いわば此れは鼓絆のボレロともいえる構成であって、
一つのテーマが繰り返され次第に大きな広がりを見せるといった手法をとっている。

森のめざめ
 
時代はスピードを求め更に複雑な仕様を呈しているのだ。
 
情報は更に世界のリズム、タイム感を即座に提示する時代になった。
それなのに和太鼓奏者のリズムはあまり複雑なリズムは合わないと
長い間閉鎖的にならざるを得なかった。
 
何故かというと和太鼓という楽器の特異性とでもいおうか、
撥で皮を打つと音が出る迄、若干のタイムラグが生じる、
従って細かいグルーブ感やフレーズにはジャストに対応しきれなかった、
というのがその理由である。
 

西野の作った太鼓曲に長沢がエスニックなリフを考え、
リズムを16に直して録音した。中近東、インド、アフリカをイメージさせる曲でもある。
 
ところで柿は秋になると赤く色ずいて本当に美味しい、
しかしこの柿が実は世界のスーパースターである事を
今迄知らなかったのは本当に恥ずかしい......。
何故なら例えば葡萄はグレープであり、りんごはアップルだが、
なんとカキはカキなのである、
サンジェルマンでもモンマルトルでもニユーヨークでもカキはカキなのである。
これはすっごい事なのだ。
 
MESSAGE
 
大きなくりぬき胴大太鼓を作って下さった、浅野太鼓の社長にこんな話しを聞いた、
此の太鼓や鼓絆の太鼓一式は一本の大木から作って行くのだと、
そしてこの大木の産地はアフリカで、此の一本の大木を抜くと
辺り周囲1キロ範囲の木々は枯れてしまうのだと。
 
僕はこの話を聞いて少しショックを受けた。
自分なりに地球に優しい環境作りというのにも配慮して来たつもりだ、
自然の環境破壊行為にも時々怒りを覚えた事もある。
しかし我々の此の太鼓がその一連の行動の一部でもあるのだという事さえ知らなかった....。
 
我々はアルバムのタイトルをECHOとする事にした、
勿論直訳すれば、反響、響き、といった意味で
和太鼓の音の鳴りをイメージさせるものではあるが、
前の話から、僕等はこう意味を付け加えた、
それはよく仏教の法要等で使われる言葉「回向」(えこう)である。
亡き先人の土台に感謝、その偉業に心を運び
自らの心と技をもって他向けて行く、演奏の底辺にその想いを置く事、
それが、命捧げ、太鼓に姿を変えた大木への返礼であるべきなのだ。
 
そして21世紀、地球に生き、次の時代に繋げて行く、
その心を持って演奏し、新しい音を創造し、
和太鼓の音を持って人々に感動を打ち与える事が出来たなら、
それはせめてもの我々が今出来る小さな営みでもあるのだ。


#1 ECHO
(長沢ヒロ.恒田義見)
The silence of the voice and the sound curry us to the future
The ancient of the rythums rise and fall they bring us through the past
ECHO cryin' in my tears ECHO whisper in my ears
How can I be sure Now that I'm in sure Here me callin'

#2 豊穣のまつり
(西野恵.恒田義見)
口上:精気湧成 瞬機尊重
楽するは永々と 打鳴らせるは
命の鼓動 真の躍動
それは時を駆け抜け空間を照らす
身体一如 四天一体
護体は踊り芳香を詠う
奏上するは 鼓絆なり
奏上するは 鼓絆なり

#3 MESSAGE
(田中博信.恒田義見)
Flyin' to the air we can reach at the sky
Wheels of the fortune turnin' on
Flyin' to the air we can touch at the sky
Wheels of the fortune turnin' on



*メ-ルスjazzfestival

Germany "Moers Jazz Festival"出演
[25'MOERS FESTIVAL PFINGSTEN]
SET1: ADAM NOIDIT RRANZENDENTALE 14:30
SET2: SLIDERIDE 15:45
RAY ANDERSON(Tb) GEORGE LEWIS(Tb) GARY VALENTE(Tb) CRAIG HARRIS(Tb)
SET3:TYRON BROWN(B)17:00
SET4:COHAN 18:30
SET5:MACEO PARKER 20:00

meceo
MACEO PARKER(As) TYRON JEFFERSON(Tb) DARLIENCE PARKER(Vo) BRUNO SPEIGHT(Tb) KELLIS PARKER(G)WILL BOULWARE(Org) JEROME PRESTON(B) JAMAL THOMS(Dr)
6/24~27 JAM SESSION WITH FEDYNE & SHIBUSA-SI-RA-ZU
鼓絆を結成して最初の仕事はドイツのメールスNewJAZZ Festivalだった。


 

moers festival 1996

 Freitag, 24. Mai 1996 / Freizeitpark - Zirkuszelt

*第2期鼓絆


メールスjazz fes'から戻って若干のメンバ-移動をしました。
岩切啓造が抜けて、正式に長沢ヒロが加わり、

そしてドラマーに下谷和夫を加え5人編成となり、

そのラインナップでフランス公演に向かいました。


西野恵
恒田義見
長沢ヒロ.
下谷和夫
田中博信

[MELA-MUSIQUE]

CARTE BLANCHE A LA DES CULTURES DU MONDE
GRANDE HALLE LA VILLETTE

SET1: Mariachi Dos Mundos (Mexique)20:30
SET2: Gandab Gulieva-Trio jabbar Karyagdi Ogly (Azerbaidjan) 21:00
SET3:Kathakali (Inde)21:30
SET4:Diaba koita (Mali) 22:00
SET5:COHAN (Japon)22:30
5/31,6/1.2.3 Centre Cultune Franco Japonais
そして帰国後2枚目のアルバムの録音に。


 


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