涙もろくなったのでしょうか
私の姉つ子の話ですが 感動と 感謝で これは秘密の宝箱にしまって置くのが 勿体ないお話しで・・・
姉つ子が 当時 某輸入自動車販売会社に勤めておりました
その会社で 先輩にあたる男性、細身の背の高い方と結婚の話になりま、 せんでして、違う 方と 結婚の運びになりました
細身の背の高い方とは 対照的に、中肉中背の、少し お堅く感じられるのが 印象な方でした
まさか 本当にテレビドラマの様な 舞台がスタートするなんて 1ミリも思ってもいませんでした
お目出度い話はトントン拍子に進み あっというまに 私の実家の方へ お相手の ご両親が ご挨拶に来てくださる日になりました
私は 当時 まだ子ども(?)少女(?)でしたので どの様な席になるのかは全く知りませんでした
ただ 姉つ子からは、お相手のご両親に 失礼の無いように まるで 【取り扱い説明書】を 出された感覚でした
その時に 《 結婚とは 個人ではなく 両家の結び 》 と 知りました
私の実家と 姉つ子の彼さまの ◯◯家の結婚
なんだか もの凄いコトだな、と 張り詰めた空気から読み取れました
空気が張り詰めなくとも 私の実家の庭に 彼さまのご両親が クルマで入ってこられた時から 少々ですが 私たち家族は頭を下げてそのまま静止し のお出迎えでした
そんなのは 天皇さまの 執事方々をTVで 観た以来 或いは 今では マチナカの 自動車販売会社で 目にします お客さまが見えなくなるまで、頭を下げている光景
それを その当時に 私 家族が していた光景でした
全く どんなお方がやってきたん?!
正直 心の中では ずっと呟いてました
私の父は アマチュアですが ゴルフのレッスンプロを仕事としていました
いつも お礼を言われる立場で ワシャワシャされての仕事でしたから、 ヨメにくれてやるのに 何を 我 邸にやって来て、手前が頭を下げてのお出迎えなんぞ、 と 恐らく不服だつたのでしょぅ
度肝ぬかれました
象徴的地位の 此の差
彼さまの ご両親が 車から出られて 此方に向かって 一礼されました
何コレ 天皇陛下さまか! ホントにそう感じました
ご両親の、 白髪がお似合いで とても 柔らかい印象のそれは、 真似をしたくも 持っている “ 品の良さ ” は 真似ができません
でも 柔かな笑顔は ありません
その頃のお歳が 何才でしたのかは 置いといて、玄関で 脱がれた 靴が お歳を召した割りには とてもステキな黒の “ シャネル ” のパンプス だったのは 忘れません
少女の私には シャネル を踏んでしまうなんて! くらいの感覚でした
私は 根っからの田舎ムスメですので 私の価値観は 社会に出ている 姉つ子とは 月とすっぽんデシタ
それは 大人になっても 大層変わりはなく appearances と中身が 反比例している 姉妹でしたから どちらかと言うと 【 損 】をしてきたのはワタシ 【 得 】をしていたのは姉つ子 デシタ
要は 派手🔙🔜地味 の バランスが良くないのですね
路線がズレましたが
いつの日か 父は この結婚に 姉つ子のシアワセが 見えないかもしれない、なんて 想像したのでしょうか
父の前で 彼さまの御家の話をすると 険しい表情なコトが多かったのは忘れていません
そうは言っても言わなくても、お二人の華麗なる結婚式が無事 迎えられまして
ワタシの姉つ子が こんなに美しい お姫さまだったなんて✨
そのとき初めて 思いました✨
月日は流れ 流れ 流れ 流れ 流れ
姉つ子夫妻には カワユイ息子が 誕生しました
姉つ子の旦那さまは 大阪の ひとり息子 坊々でしたので、こんな 田舎町の オタクの娘が ◯◯家のヨメになるだなんて!
と 結婚式が 済んでから 御両親の心の声が 本当の生声となり 幾度となく 聞こえてきました
初めてお会いしたときの とても品のある 彼さまのお母さまから、 その様な言葉が出るとは 想像もできませんでした
でも 私の姉つ子の 辛抱強さは、 生半可では無く よい意味での 長所は その 【 辛抱強さ 】です
そのお母さまたちは 大阪で 御夫婦二人で 生活をされています
けれども まるで 観視下のもと、姉つ子が 使いに出ても 玄関ドアから 外に出ても、 電話が 何度も鳴っては 「 ◯時頃 何方へお出かけ?!!? 」 などの どーでもぃぃ 話の電話が 毎日あったそうで・・・
ワタシだったら 何か違う生き物に 変わってしまっていたかもしれない
よくもまぁ 姉つ子は 人間続けてこられたかと思う程です
韓国ドラマに似たような、家族愛が 強いので 虐げるのでしょうか
それとも違う、ただ単に、 嫁を認めてくれない事実だっただけなのでした
それが証拠で 嫁と認めていませんから
そんな事も言われていたそうです
姉つ子は ご両親から 《 あーた 》 と呼ばれています
お父さまは 《 貴女 》と呼んでいます
とても 見下された 私の実家
私は 「 なんて人たちだ! 」 と 彼さま(旦那さま)のご両親のことを 良くは思ってあげられませんでした
それでも姉つ子は 100回に1度位しか グチをこぼしませんでした
イイところのお嫁さんになつた姉つ子は 本当に 何時でも頑張っていました
完璧 と 言えるほどの 主婦振りでした
母親振りでした
奥さん振りでした
なにより一番、完璧な お嫁さん 振りでした
結婚するまでの 姉つ子とは 其れほど仲良くもなかったので 結婚すると聞いたときは 早く行ったらええ! と思った程です
余程 旦那さまが 姉つ子の 味方をしてくれるんだな、と、みーんな 家族が思っていました
トコロがドッコイ
大阪のひとり息子の将来 実は『 医者になる 』と約束をした坊々でしたが どうやら 素質が無かったのでしょう
(. . . と! 姉つ子は 言ってました)
医者の夢、医者になれないと判断した彼さまは、姉つ子との 出会った 自動車販売会社に 就職をしたのですから、当然 お母さまたちは ◯◯家の 御子息(姉夫妻のお子)を 医者さま にしたいのですね
だつてお父さまが 大阪の ピーピーピー××× の 名誉会長ですから
な 訳で 御子息も 成長をし 小学校に 入学するんですが これもまた 長くなるので 掻い摘んで お話 しますと 近所の 《 市立小学校 》へ入学することになりました
そこで おっしゃられたコトが、
『 あーたが ウチに来たお陰で、◯◯家 初の イチリツ小学校へあげるだなんて 』
と 面と向かって 言われてしまったそうです
姉つ子を 可哀想、と思った事も もしかしたら それが初めてだったかも知れない
私は 勉学が好きではなかった
でも 姉つ子は とても 努力家で 勉強がキライキライ 大キライ、と言いつつも 机に向かっている人でしたから
姉妹でも こんなに差があるものか と思う程 姉つ子は 優秀な人でした
そんな姉つ子が そんな言い様されるのが 私は イヤだった
地位や名誉だけの柵 息苦しくて 居心地の悪さに 姉つ子の結婚自体 残念に思ったりしました
せめて 優しいコトバと 優しい瞳 そして 字
姉つ子に敵うものがナイ
私の取り柄は せめて それにしよう と 小さい頃から 思っていたの
まさか 姉つ子夫妻の事で 関係のない私という人間が こんな場面で 知恵比べをし始めた
ワタシの姉つ子は、 それでも旦那さまを攻めず 御両親を攻めず イチリツ小学校には あげたが 立派に育てよう と 決意をしていたそうです
そんな 御子息たち 二人は、 まぁまぁ 其れなりに立派に 育ち ・・・・・・
これまた 此処の話をしましたら 恐らく誰ひとり この画面の前から居なくなってしまう事を予想して、 此処は端折って みます・・・
と まぁ お父さまお母さまの納得される名門大学にあがりました
ほんとは ここも スゴイ 波瀾万丈な 彼たちの生き様がおもしろいんです
やはり ここ 面白いので 端折るのやめます
そして 第1章は 一先ず 終わります
渡る世間は鬼ばかり みたいに そんな 感覚で、実写化されたら ハードで いいと思うけれど、あくまでもコレは 感動のノンフィクションなのですから ✨
see ya!