そっと始まり、やがて夢中に動くカラダ。いい感じのスタートでした。
元は保育園だった古い建物に少し子どもの気配。でピアノをひきつつ話しつつ動きつつ、まあ、あの手この手でダンスを誘発。されなくとも踊る人は踊るのかな、とにかくこのクラスは自然。
話して、踊って、踊り疲れたらまた話して、その話からイメージを膨らませて、また踊って。
そんなリズムを繰り返しながら、金曜日のダンスクラスでは少しづつオドリの身体が生まれていきます。
このクラスはコンテンポラリーダンスの作品創作そして直感や感性を広げるインプロヴィゼーションを中心にしたクラスです。
クラスから生まれてくる作品の雰囲気や世界観は、メンバーひとりひとりの心のなかに在る何かや体験の共振から、ゆるやかに形成されていきます。
振付も、メンバーと対話したり自由に動いてもらったりしながら、僕は発想します。
なので、このクラスでは、さりげない対話も大事な要素。コンテンポラリーダンスは日々の暮らしから生まれてくるダンスですから、何気ない会話にも作品の種やイメージのヒントが含まれている事が、いっぱいあります。そして言葉にうまくできないような感覚的なコミュニケーションや感情表現やイメージや気持ちのダイレクトな解放をインプロヴィゼーションを通じて体験/会得してゆきます。また、これから生まれてくる作品にあわせて色々なダンスのテクニックを抽出して学び身に付けていきます。
表現と技術にバランス良く関わりあいながら、メンバーそれぞれのペースで身体の可能性を引き出す、やりがいのある作業にと常々思います。
経験とか上手い下手を言う前に、オドリたいという衝動が大事。衝動ゆえダンスは始まる。というのがコンテンポラリーダンスの鉄則と僕は思うので、それを実践するようなクラスにしたい。だからワクを外して僕の経験は全部出し切りたいなというテーマをもって関わっています。
伸びやかなバレエ的な動き、感情溢れるモダンの動き、繊細で哲学的な舞踏の動き、名付けようのない自由な動き、、、コンテンポラリーダンスを構成する動きのバリエーションは無限。そして何よりもカラダは誰ひとり同じではない、個性的です。肯定して、受け止めて、活かす。そう思うと、一人一人の身体が宝の山に見えてきます。
長く稽古している人もいれば初めて踊る人もいて、様々なカラダと人生の関わりから、ダンスは生まれていきます。
もちろん、回転が上手くなりたい、とか、リズム感をつけたい、とかいう声を反映して振付に取り入れたりもしますし、波のように動きたい風になりたい、誰それの絵がよかった、あの作曲家に興味を持っている、今の社会でこんな事を感じているんだけど、などなど、声はいつも色々ですが、
やはりその人の魅力そのカラダの魅力を活かすことに、方向は向いていきます。毎週会って踊り話しているうちに、自然とダンスの作品が生まれていきます。
オドリとともに、作品とともに、一人一人の体験が新しく生まれ、自分自身を見直したり自信を深める作業。
教室でありつつアトリエみたいな、創造的なクラスだな、と新年早々感じました。きょうはカラダの動きがというか関わり方がというか、一人一人の気持ちの現在を感じました。
この人に、あの人に、僕はこう関わっていきたい。そう思いながら年頭のダンスを見つめていました。たまたま今日は会えなかった人のことも想像して、たぶんそれは、メンバーの心のどこかに反映されているのでしょう。オドリは共に在る全てを反映しますから。
さて、
新しい作品を創りはじめようかと思ってます。
昨年暮れに少し実験したのが良かったので。
音楽はアーノルド・シェーンベルク作曲の『浄められた夜』から。
何度か皆で聴きました。凄い曲です。お読みの方ご存知かもしれないけれど僕らの時代を代表する音楽の一つ、これをカラダを通して骨で血で味わいたい。
動きのスケッチをしたり、モチーフを探ったり、いろんな実験/遊び/エクササイズをしながら、ゆっくりゆっくり踊りを生みだしていきたいです。
踊りやアートに興味ある方、どんどん加わって下さい。一緒に新しいダンスを創りましょう!
クラス参加のご案内
元は保育園だった古い建物に少し子どもの気配。でピアノをひきつつ話しつつ動きつつ、まあ、あの手この手でダンスを誘発。されなくとも踊る人は踊るのかな、とにかくこのクラスは自然。
話して、踊って、踊り疲れたらまた話して、その話からイメージを膨らませて、また踊って。
そんなリズムを繰り返しながら、金曜日のダンスクラスでは少しづつオドリの身体が生まれていきます。
このクラスはコンテンポラリーダンスの作品創作そして直感や感性を広げるインプロヴィゼーションを中心にしたクラスです。
クラスから生まれてくる作品の雰囲気や世界観は、メンバーひとりひとりの心のなかに在る何かや体験の共振から、ゆるやかに形成されていきます。
振付も、メンバーと対話したり自由に動いてもらったりしながら、僕は発想します。
なので、このクラスでは、さりげない対話も大事な要素。コンテンポラリーダンスは日々の暮らしから生まれてくるダンスですから、何気ない会話にも作品の種やイメージのヒントが含まれている事が、いっぱいあります。そして言葉にうまくできないような感覚的なコミュニケーションや感情表現やイメージや気持ちのダイレクトな解放をインプロヴィゼーションを通じて体験/会得してゆきます。また、これから生まれてくる作品にあわせて色々なダンスのテクニックを抽出して学び身に付けていきます。
表現と技術にバランス良く関わりあいながら、メンバーそれぞれのペースで身体の可能性を引き出す、やりがいのある作業にと常々思います。
経験とか上手い下手を言う前に、オドリたいという衝動が大事。衝動ゆえダンスは始まる。というのがコンテンポラリーダンスの鉄則と僕は思うので、それを実践するようなクラスにしたい。だからワクを外して僕の経験は全部出し切りたいなというテーマをもって関わっています。
伸びやかなバレエ的な動き、感情溢れるモダンの動き、繊細で哲学的な舞踏の動き、名付けようのない自由な動き、、、コンテンポラリーダンスを構成する動きのバリエーションは無限。そして何よりもカラダは誰ひとり同じではない、個性的です。肯定して、受け止めて、活かす。そう思うと、一人一人の身体が宝の山に見えてきます。
長く稽古している人もいれば初めて踊る人もいて、様々なカラダと人生の関わりから、ダンスは生まれていきます。
もちろん、回転が上手くなりたい、とか、リズム感をつけたい、とかいう声を反映して振付に取り入れたりもしますし、波のように動きたい風になりたい、誰それの絵がよかった、あの作曲家に興味を持っている、今の社会でこんな事を感じているんだけど、などなど、声はいつも色々ですが、
やはりその人の魅力そのカラダの魅力を活かすことに、方向は向いていきます。毎週会って踊り話しているうちに、自然とダンスの作品が生まれていきます。
オドリとともに、作品とともに、一人一人の体験が新しく生まれ、自分自身を見直したり自信を深める作業。
教室でありつつアトリエみたいな、創造的なクラスだな、と新年早々感じました。きょうはカラダの動きがというか関わり方がというか、一人一人の気持ちの現在を感じました。
この人に、あの人に、僕はこう関わっていきたい。そう思いながら年頭のダンスを見つめていました。たまたま今日は会えなかった人のことも想像して、たぶんそれは、メンバーの心のどこかに反映されているのでしょう。オドリは共に在る全てを反映しますから。
さて、
新しい作品を創りはじめようかと思ってます。
昨年暮れに少し実験したのが良かったので。
音楽はアーノルド・シェーンベルク作曲の『浄められた夜』から。
何度か皆で聴きました。凄い曲です。お読みの方ご存知かもしれないけれど僕らの時代を代表する音楽の一つ、これをカラダを通して骨で血で味わいたい。
動きのスケッチをしたり、モチーフを探ったり、いろんな実験/遊び/エクササイズをしながら、ゆっくりゆっくり踊りを生みだしていきたいです。
踊りやアートに興味ある方、どんどん加わって下さい。一緒に新しいダンスを創りましょう!
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