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コツコツと60代を突き進んでおります

高三最後の文化祭 1978.11.4

2012-11-04 12:32:15 | あの日、あの時、あの場所で (LIVE編)

この夏。
高校時代のクラブ仲間と
mixiで再会(?)したことで、
少々、高校時代に
思いを馳せることが増えてます。

ですので、
高校三年生の文化祭(1978年)
から
想い出を少々。


ウチの高校では毎年、
近隣のヤンキー(当時はツッパリって言ってたな)
たちが訪れ、
校内で喧嘩騒ぎなど、
問題が発生したこともあって、
学校が発行した招待券を
持っていないと入れなかったのです。

保護者の方々も、です。
担任が印鑑押して、
生徒が自分の名前を記名して
招待者に事前に渡すのです。


それがコレ。


知る人ぞ知るってなモンです。
同級生なら、
 「まだ、こんなの持ってんのかよッ!」
とか、
 「こんなのだったっけ?」
だと思います。

ハハハ、
想い出を溜め込むワタシのクセです。
でも、スキャンしてデジタル化しちゃったから
もう現物はないかなあ…。


さてさて、
その年の4月に、
同好会からクラブに昇格した、
我らが「フォークソング部」。

4月と6月に、
校内で定例コンサートはありましたが、
やはり活動発表の場のメインは、
秋の文化祭です(^_^)v


ワタシももちろん、
男二人組のグループで出演でした。

題して「冬のはじめのコンサート」から。

左がワタクシ、
右は相棒のY君。

いやー、楽しかったですねえ。
34年前ですぜ。

長いこと生きていると、
どうしても、
 「あの頃が良かった」
と思える日々が絶対あると思いますが、
ワタシにとっては、
この高校の3年間が、
いちばん楽しかった日々です(*^_^*)

大人になってからも、
楽しいことはたくさんありましたが、
一人暮らししたりして、
日々の経済的なことも
考えなきゃいけなくなったり、
仕事の休みを利用しなくちゃいけないなど、
“作り上げた”楽しみでもありましたからね…。

何も考えずに、
毎日音楽聴いたり、ギター弾いたり、
友達とダラダラ過ごしたり、
なんて暮らしができた日々、
それが“楽しかった”理由でも
あるんですけどね。


文化祭に話を戻すと…。

確か、この年。
前年までは教室を縦に使い、
いわゆる教壇側をステージにしていたのを
ステージの間口を広げるためか、
窓側を背に、
教室を横に使いました。

PA機材は例年のように
高井戸東にある、
グヤトーン(社名はグヤ→東京サウンド)
(追記:この記事を書いたあと、2013年2月に倒産(T_T))
にリヤカーで借りに行きました。



この文化祭では、
11月3日にも時間をもらって1ステージ。
体育館では
フォークソング部ではない後輩と1ステージ。
そして、
11月4日のトリ、と
合計3回も歌ったわけです。

とりわけ、
この11月4日の最後のステージは
フォークソング部のみんなの協力もあり、
後輩や同級生が大勢集まってくれて、
すごく盛り上がることができました。


その日のセットリスト(曲目)は…
・のがすなチャンスを (オフコース)
・愛の光 (アリス)
・冬の稲妻(アリス)
・Ventura Highway (America)
・Rainy Day (オリジナル)
・走っておいで恋人よ (アリス)
・もし俺が死んだら (堀内孝雄)
<アンコール>
・遠くで汽笛を聞きながら (アリス)
・君のひとみは10,000ボルト(堀内孝雄)
 ~ジョニーの子守唄(アリス)

という、
基本的にはアリスが中心のものでした。
そう、アリスが全盛期の頃でしたから。
言ってみれば、
難しい曲ではなかったからですけどね。
ま、自分たちの、
テクニック的な実力もそこそこでしたし(^_^;)

ま、
当時、見たり聴いたりしてくれた人には、
音源もないだろうし、写真もないだろうし、
それぞれの心の中で、
良い想い出になってくれていたら、
それでいいのです。

なんせ、
やり直しが効かないんだからサ(^_-)-☆

って、
いかん、いかん、
結局、“実は昔に戻りたい症候群”
になっていました。


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