砂蜥蜴と空鴉

ひきこもり はじめました

♯131 彼と彼女

2006年07月28日 | ログ
彼はロボット。
鋼鉄の体を風に吹かれ、今日も旅を続けます。

彼女は人間。
柔らかな肌を風に吹かれ、今日も旅を続けます。

彼と彼女は同じ道を歩いています。
しかし彼と彼女は友達ではありません。

何故なら彼はロボットであり彼女は人間だったから。
同じ道を行き同じ風に吹かれても、彼と彼女は違うのです。

ある日彼女は彼に言いました。
「あなたは歌も歌えないのね。
 優しい音色を、そこから生まれる想像の世界を
 あなたは知らぬままガラクタになるのね」

またある日。彼は彼女に言いました。
「あなたは悲しい人ですね。
 千年に遠く及ばぬ寿命に縛られ
 万里を見通す瞳も持たず
 あなたはやがて土に還るのでしょうね」

彼と彼女は友達ではなかったけれど
共に歩き、共に下らない喧嘩をして旅を続けました。

彼と彼女は友達ではなかったけれど
彼も彼女も互いを嫌いではなかったのです。

彼と彼女は違う生き物だったけれど
彼と彼女は互いを嫌いではなかったのです。

風が吹き、月日は回り、旅も半ばを迎えました。
彼女は病に倒れました。
街中でなら助かる病。
けれどここは旅路の途中。医者も薬もありません。

彼は彼女に言いました。
「引き返しましょう。
 これまでの歩みは無駄になるけれど
 私とあなたは友達ではないけれど
 私にはあなたが必要です」

彼女は彼に言いました。
「いいえ、あなたは前に進みなさい。
 私とあなたは友達ではないのだから
 あなたは私を助ける必要はありません」

彼女は続けて言いました。
「私とあなたは友達ではないけれど
 同じ風に吹かれ同じ道を歩いてきたものとして
 あなたは旅を果しなさい。
 私の道を歩きなさい。
 この道の続く限り、この大地に風が吹く限り
 旅を続けなさい、あなた。
 私達がこれまでしてきたように。
 私達がこれからもしたかったように」

最後に彼女は彼に歌を贈りました。
彼女の故郷の、緑の森の歌でした。

彼はロボット。
歌を知る事は出来ません。

けれど彼は彼女に向って誓いました。
「私は歌を知る事は出来ません。
 けれど私は千年に届く悠久の時
 あなたの歌を忘れずに生きましょう」

風が吹き、月日は回り、旅はまだまだ続きます。

彼はロボット。
今日も独り、荒野の道を進みます。

彼女は人間。
今はもう星へと還り、その姿は見えません。

けれど彼が時々思い出したように立ち止まり
万里を見通す瞳で振り返り、懐かしいあの歌を口ずさむ限り

彼と彼女は共に在り、共に歩んで行く事でしょう。

この物語に意味はなく。
あるのは風と優しい優しい歌声だけ。