しずかに?はじまった「令和」
初春(しよしゆん)の令月(れいげつ)にして、
気淑(きよ)く風和(やはら)ぎ
梅は鏡前(きやうぜん)の粉(こ)を披(ひら)き
蘭は珮後(はいご)の香(かう)を薫をらす
<『万葉集』巻五より(梅花の歌 三十二首)>
(春の訪れを告げ、見事に咲き誇る梅の花のように、一人ひとりが明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることが出来る。そうした日本でありたいとの願いを込め、決定した。<日経新聞2019年4月2月号より>)
わたしは、TVをリアルタイムで見ないこともあって、音や感じのパッと見で、どんな意味なんだろうなと想像していました。
ただ「和」が入っているのは、いい感じが入ってよかったなと。
いろいろ情報を見てみると、いろんな初めてがあったり「令月」というのが<何事をするにもよい月><めでたい月>という意味があるらしく、また日本が好きな「ハル」を象徴する年号になったのはちょっとうれしいです。
わたし事ですが、30代最後に「有終の美」にすてきな年号になったこと、そして、同じ学年のみんなはすてきな年号のスタートに40代をスタートさせてると思うと、なんかうれしいんですよ。
たぶんだけど、わたしたちタメの年代は「2000年に成人式」だったことに誇りみたいな、自慢みたいな、勲章みたいなことを思ってたりしてたり、すると思うんです。
それでね、二度目の成人式で、年号も変わるし、来年は東京オリンピックだしね。
20代はけっこう荒波の世の中だったけど、わたしたち10代のときはIT高度成長みたいな時代だったから、いろんなことが骨太だったり、酸いも甘いも感じながら、悪いことも知りながら善い行いをしたいとココロから願って生きてきてるんですよ。
大きな座布団にドスンとしている大人にジャマもされながら、まっとうにね。
時代がわたしたち年代の味方になってきてると、勝手に感じちゃいました。