病からの「プレゼント」
彼は死ぬほどの病気にかかりましたが、神は彼をあわれんでくださいました。(ピリピ人への手紙二章)
血液検査で「値が高いですね。生検をしましょう」と告げられたのは、五週間余り前のことだった。それから三週間ほど待って、生検(針をさして細胞を採取し、顕微鏡で調べる検査)が行われた。明日、その結果を聞くことになっている。検査の針の痛みがまだ残っているので、採血はもうずっと前に終わったことなのだが、「前立腺がんの検査」はまだ継続中なのだ。
比較的軽い気持ちで受けた定期健診からとつぜんコマが回り出し、思いがけない(望まない、というほうが気持ちに合っているか)展開をしてきた。「前立腺がん」であるかそうでないか、という診断が下されるまで、この流れは終わらない。
いま「望まない」と書いた。だが、その気持ちの一方、生検を受けるとき、「正確に診断してもらえますように」という思いも湧いた。痛い思いをして行う検査なのだから、前立腺の組織をしっかり採って、じっくり検査し、はっきり判定してほしい、という思いである。臆病なわたしなのに、変なふてぶてしさもあるようなのだ。
生検は今回が二度目である。最初の検査は四年ほど前。そのときの結果は「大丈夫でしたよ」だった。ただそのときは、PSAという腫瘍マーカーの値が、今回より低かった(上限値を少し超えた値だった)。今回は、これまで幾度か検査してきたなかでいちばん高い値が示されている。その分心配の上乗せがある。「がんでないことを望むが、もしもがんの場合は、どこの大きな病院を紹介してもらおうか、どのような治療法があるだろうか」などと、探る気持ちが起こっている。
結果はすでに出されている。外部の検査機関から、クリニックに届いているはずだ。医師も確認しているかもしれない。知らないのはわたしだけである。それが何とももどかしく、ドキドキを誘う。「病気は辛いな、いやだな」と思う。「こうなってみると、健康ってありがたいものだ」とも思う。
そう思いながら、別のこころが、「病気をした己を見つめてみよう、病を負うという生き方のことも考えてみよう」とささやく。「いま、子どもも病み、妻も病を負っている。それなりに日常生活を送っているが、当事者にしかわからない苦しみや悩みなどが、きっとあるにちがいない。わたしも病む者となれば、ともに生きていく心構えや実際の支え方を学ぶことができるのかもしれない」と言うのだ。
―とは言っても、という思いもある。単純な頭なのに、複雑なことを考えたがるわたしなのだが、「わたしが病で寝込んだりしたら、子どもも妻も助けられないではないか。支えるなどと殊勝なことをいっても、かえって心配をかけ、暮らしの場面で迷惑をかけてしまうことになるかもしれないではないか」と思ってしまうのである。それなら、健康でなくては、という考えに頭が行くのだ。
病からの「プレゼント」は、ズッシリと重たい。が、どうであれ、わたしの全身で受け止めなくてはなるまい。