馬屋記ーヤギとクリの詩育日誌

04.02お花見、百間川源流、永忠堤

花見に行った。自転車で、リュックにおにぎり入れて。

百間川源流の碑が立ててある、桜と水辺の公園。

この隣に、ここは「永忠堤」と呼ばれているという説明があった。

この説明によると、岡山平野を洪水から守るために、津田永忠(1640-1707)によって構築された人造川「百間川」の水取り入れ口がここである。最近ここに桜が植えられ、公園として整備された。

「荒手」という流れを超えさせる堤が3段設けられている。上の写真、土手だからこれが「荒手」だと喜んだら、どうやら違うみたい。「荒手」は、百間川の中に、旭川が増水すると、自動的に水が越えるしくみの石を積んだものらしい。これは公園の池を仕切っている堤だ。たぶんをこの上を水は越えていかない。もしそうなったら、桜の木も流されてしまう。

この「荒手」を考案したのは、陽明学者の熊沢蕃山である。近江の陽明学者・中江藤樹のもとで陽明学を学んだ蕃山は、1645年から57年までの12年間、池田光政に仕えて岡山に住んで実学としての陽明学を発展させた。岡山市北区に蕃山町という町があるが、ここには彼が設立した藩校があった。

熊沢蕃山は津田永忠とともに岡山の治水工事に携わり、「荒手」を用いた方法を「川除け法」として考案した。この「川除け法」を実際に土木工事した津田永忠は、1669年に着工して、17年かけて1686年に完成させている。ちなみに、「川除け」の幅が百間あったので「百間川」と呼ばれるようになったらしい。

おにぎりを食べて、散策して、帰った。途中、旭川の中原橋にある一本桜に寄った。一本だけの桜も、なかなか風情がある。

 

東風吹きて堤を桜走らせる

桜東風が疾走する川の土手

川の土手東風が桜を疾走す

百間を堤みて東風が土手走る

百間を堤みて桜東風の土手

百間を堤みて桜東風走る

百間の堤を桜東風走る

水辺さへ脆くさゝやく桜東風

お握りを桜東風の手で握り

桜東風まるお握りの鬼切丸

#kigo 桜東風(さくらごち)


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