えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

年上のあなたへ③合格祈願

2018-08-11 21:50:35 | 書き物


花火大会から帰ってしばらくの間、優ちゃんに送ってもらったことが、忘れられなくて。
ぎゅっと握られた手。
そっと涙を拭ってくれた指。
いつもみたいにぶっきらぼうな言葉だけど、泣いてる私をなだめてくれた優しい声。
キスされたショックで泣いたのは本当のこと。
でも、優ちゃんが側にいてくれて、好きな気持ちが溢れてしまって。
あとからあとから、涙が出て来たの。
優ちゃんは、気づいてないかもしれないけど。
あの夜。
ショックなことはあったけど、初めて手を繋いで、初めて女の子として扱ってくれた。
…それが嬉しかった。


2学期になって学校が始まると、僚くんはすまなそうに謝って来た。
改めて、付き合って欲しいとも。
僚くんのことはいいバンド仲間だと伝えたら、バンドは解散になった。
しようがないよね、振られた子とバンドなんか出来ないもの。
いきなりキスしてごめんって言われたけど、今さら元には戻れないよ。
最初のキスは、優ちゃんとしたかったのに。
キスされて泣いてる私を、優ちゃんが見つけるなんて。



それからまた、会えない日々。
でも。
たまに近況を知らせるメッセージを送ると、ちゃんと返事が来るようになった。
聞かなきゃいいのに、気になって彼女は元気?って聞くと、元気だよって教えてくれる。
前は教えてくれなかったのに。
優ちゃんとの距離が近くなったのか、遠くなったのか…
よくわからなかった。

高3になり、今度は大学へ行くための受験生。
さすがに家庭教師じゃなくて、予備校に通った。
私の成績だと、第一志望はまあまあ大丈夫なレベル。
でも、何があるか分からないから、夏休みも必死に勉強した。
予備校の夏期講習が終わるともう、秋。
受験の準備に、バタバタと忙しくなる前に有名な学問の神様に、合格祈願に行こうと決めた。
行くなら、10月の始めにしよう。
そう決めたら、なんとなく本番の試験への覚悟もついた気がした。
そのことを、なんとなくだけれど優ちゃんへのメッセージに書いた。
「合格祈願、行って来ます」程度の言葉。
一応、家庭教師の先生だった人だから、受験準備が進んでる報告みたいなつもりだった。
ただ、報告したはいいものの、なかなか行く時間がない。
授業が終わると予備校、週末も予備校で補習。
受験のための書類を提出もしなければならないし。
そうこうしてる内に10月になってしまった。



10月に入った週の金曜日。
いつも通り、予備校に行き苦手科目の勉強に励む。
担任の先生には、まず大丈夫と言われたのに、私はまだ心配だった。
…心配と言うより、焦っているのかもしれない。
予備校を出てスマホを見ると、21時。
家に帰ったら22時か…
ふうっとため息をついた時、新着メッセージに気づいた。
…優ちゃんだ。
優ちゃんからメッセージが来るなんて、珍しい。
いつも、私からなのに。
「予備校お疲れ。合格祈願行けたのか?」
…気にしてくれてたんだ。
「お仕事お疲れさま。実は、まだ行けてないの。なかなか都合がつかなくて」
返事を打つと、すぐピコッと返信。
返事が早い。
今、どこにいるんだろう。
「これから行かないか。俺の職場近くに割りと有名な神社があるから」
意外な言葉が返って来た。
「一緒に行ってくれるの?」
「結が良ければ」
急に、胸の中が落ち着かなくなって、きゅっと締めつけられるような感覚。
花火大会のあの夜から、また会いたかった。
優ちゃんの手が忘れられなかった。
それが、こんな急に叶うなんて。
「俺の職場の最寄り駅で待ってるから」
「うん、今から行く」
予備校のある駅から優ちゃんが待ってる駅まで、二駅。
目の前に見える駅の改札を、私は急ぎ足で通り抜けた。




優太


結から合格祈願に行くつもりだと聞いたのは、夏の終わり。
こうしてメッセージやらメールやらをたまにやりとりしてるけれど、花火大会の時以来顔を合わせていない。
年中仕事は忙しいし、そもそも結は受験生だし。
それに…
長く付き合って来たいた彼女と、この夏に別れてしまったのだ。
職場の後輩だった彼女。
付き合いが長いから、些細なことでは揺るがないと思っていた。
それが、去年の花火大会の時のことを、一緒に行った誰かが彼女に喋ったらしい。
帰りがけ、俺と結の様子がおかしかったと…
彼女に問い詰められたから、本当のことを話した。
結がキスされた、と言うこと以外を。
以前から、結の存在をあまり良く思ってかったようで、前からあの子がイヤだったとゴネられた。
家庭教師をしてたのは1年程で、後は滅多に会ってもいないのに…
なのに、彼女は頑なに
「あの子は優のことが好きなのよ。だからメッセージなんか寄越して気を引いてる」
と、言い続けた。
はじめは宥めていたけれど、だんだん嫌になって来てしまって…別れよう、と口にしていた。
結は妹みたいなものだ。
たまに来るメッセージだって、気を引くとかそんなんじゃ…
ないはず、だよな。
そんな揉め事に気を取られていたら、もう10月。
結のヤツ、合格祈願は行ったのか。
予備校でいっぱいいっぱいになって、行けてないんじゃないか。
幸い、職場の近くに有名な神社がある。
夜も明るくて、参拝客も多い。
あそこなら、と俺から連絡を入れた。
「今から行く」
と、跳ねるような返事が来たから、俺は駅前のカフェで待つことにした。
「優ちゃん!」
結の声ではっと顔を上げると、目の前にいたのは満面の笑顔。
「早かったな、もうちょっと時間かかると思った。取り敢えず、神社に行くか」
「うん!」




駅前から100メートルほど歩くと、大通りに面して大きな鳥居があり、そこが参道の入り口。
幹線道路が近いとは思えないほど、しんと静まりかえっている。
所々に灯籠があるから、ぼうっと明るい。
けれど、参道の脇はこんもりとした森のよ
うに木が植えられて、思いの外暗かった。
お参りをしている結をそっと見ると、目を瞑ってじっと動かない。
自分の合格祈願なんだから、そりゃあ必死にお願いするよな…
御守りとお札を手にして参道へ戻ろうとした時、結がおみくじを引くと言い出した。
女の子はいつでもおみくじが好きだ。
嬉々として引いて吉が出たのを喜んでいるのを、ボーッとして見ていた。
「ねえ、優ちゃんも引けば」
結の一言で現実に戻った。
「俺が?いいよ、べつに」
「いいじゃん、せっかく来たんだから」
「せっかくって…」
おみくじなんて億劫だったが、結に急かされて100円払い、のろのろと封を開けた。
「凶、かよ」
せっかくと言われて引いたのに。
しかも。
「男女の揉め事…」
終わってはいるが当たっていたのを、思わずぼやいた。
「こんなこと、当たるなんて…良いことで当たりたいよ」
ボソボソと呟いたのが、結に聞こえたようだ。
「今、揉め事って言った?」
俺に近づいて凶の結果を覗きこんでくる。
「優ちゃん、彼女さんと揉めてるの?」
真顔で聞いて来るから、思わず
「…そうだよ、揉めてる、じゃなくて揉めたから別れた、だけどな」
「え…そんな、なんで」
なんだそのびっくり顔。
結がショックを受けることじゃないだろう。
「信じられないよな。アイツ、結が俺のこと好きだから、いつまでもメッセージとか寄越してくるって。気を引いてるだなんて言うんだ。そんなこと無いって、何回も言ってるのに」
一気に捲し立ててしまった。
俺は何に慌ててるんだろう。
気づくと、結が唇をきゅっと結んで俺のことを見てる。
「どうした」
声を掛けると、俺をじっと見たままだ。
「結、何を…」
「優ちゃん、本当にそう思ってるの?それとも私を牽制したくて、そんなこと言ってるの」
「牽制…?」
おみくじを結びつける場所の脇、灯籠の灯りもあまり届かない暗がり。
2人で突っ立って、言い合っていてもしようがない。
「結、神社から出よう」
「本当のことだよ」
突っ立ったままの結。
「本当のことって、何の?」
「彼女さんの言ったこと。私は優ちゃんが好きだから、子供扱いされても好きだから。返事が来ないメッセージを、勝手におくってたんだよ、優ちゃんの気を引きたくて」
結の顔を見ると、目尻に涙を溜めて今にも落ちそうだ。
「去年の花火大会のとき、なんで泣いたか分かる?初めてのキスが、優ちゃんじゃなかったからだよ、ずっとずっと、初めては優ちゃんとって願っていたのに」
言い終わると、頬に涙がひとすじ、流れた。
こんな状況で、その涙は反則じゃないか。
俺は腕を突っ張って立っている結を、そっと包んだ。
背中をぽん、ぽんとしてやると、力んでいた腕がだらりと下がる。
「ごめんな、そんな泣きながら言わせて」
耳元で呟くと、結が顔を上げた。
俺を見上げている潤んだ目は、もう子供扱いしてた結じゃない。
ふっくりした頬に挟まれた赤いくちびるに、吸い寄せられるように、口づけた。





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