今日はふと自分に還帰ることがあったので
そのことを少し。
▲5月はお花スプーンワークショップやります
昨日は痛いことがありました。
椅子が壊れていて、ちょっと動かした時に
外れた座面と椅子の本体に指を挟み
その上に座ってしまったのです。
0コンマの出来事で指は瞬殺
中だけ剥がれたような状態になったのか不安定な爪
微妙にぺったんこなシルエット
久しぶりだったので、
「そうだ。人間は怪我もするし、死ぬんだな」と改めて考えました。
ただ、隣にいる人はこの痛みを全くわからないし興味もないのだなというのを
感じる時間があって、ものすごく騒いで暴れまくったらわかるのかなとか、
壊れていた椅子に文句をつけるように怒るふりをしてみたりすると
自分の痛みなのに「周りを巻き込む」ことが出てくるのだなとか
痛いのにそんなことを考えているんだからまだまだ余裕があるな・・・とか
騒ぐことも怒ることも特に自分の感覚ではないので
黙々もごはんを食べながら痛みを感じていただけとなったのですが。
その選んでいる感情もどこからきたのかな?
地球という上には沢山のモノがくっついている
何億?いやいや、数えられないモノモノモノ。
そのモノの一つの私。
溢れ出て混乱させる沢山の流れ込んでくる情報。
その中から知ってか知らずか選んだ情報を自分の解釈で中に入れる。
すんなりは飲み込ませない。
外部からの情報で出来上がってきた自分
「自分らしく」は情報からの選択の塊
例えば映画館に行って同じ映画を観る
例えば右隣の人は画面に広がる空を
例えば左隣の人は建物の看板を
例えば後ろの人は私の髪の毛の生え際を
みんな違ったことを考えている
それが積み重なる
気持ちが合えばいろんなモノと一緒に積み重なることもある
丁寧に何層にも重なったミルフィーユ
間間に挟まったクリームが重くなくて
ペロリと食べられてしまう
もう一個食べたい!
そんな時間や感覚を重ねたい
知ってか知らずか選んできた感覚
その気持ちいいところが「自分らしい」
まずは自分の気持ちいいところを肯定しよう
そして重ねていこう
「どうだ?美味しそうになってるか?」
味見したっていいんだよね。
死ぬまでにあと何層のクリームを重ねることができるのかな
丁寧に塗っていこう
そのことを少し。
▲5月はお花スプーンワークショップやります
昨日は痛いことがありました。
椅子が壊れていて、ちょっと動かした時に
外れた座面と椅子の本体に指を挟み
その上に座ってしまったのです。
0コンマの出来事で指は瞬殺
中だけ剥がれたような状態になったのか不安定な爪
微妙にぺったんこなシルエット
久しぶりだったので、
「そうだ。人間は怪我もするし、死ぬんだな」と改めて考えました。
ただ、隣にいる人はこの痛みを全くわからないし興味もないのだなというのを
感じる時間があって、ものすごく騒いで暴れまくったらわかるのかなとか、
壊れていた椅子に文句をつけるように怒るふりをしてみたりすると
自分の痛みなのに「周りを巻き込む」ことが出てくるのだなとか
痛いのにそんなことを考えているんだからまだまだ余裕があるな・・・とか
騒ぐことも怒ることも特に自分の感覚ではないので
黙々もごはんを食べながら痛みを感じていただけとなったのですが。
その選んでいる感情もどこからきたのかな?
地球という上には沢山のモノがくっついている
何億?いやいや、数えられないモノモノモノ。
そのモノの一つの私。
溢れ出て混乱させる沢山の流れ込んでくる情報。
その中から知ってか知らずか選んだ情報を自分の解釈で中に入れる。
すんなりは飲み込ませない。
外部からの情報で出来上がってきた自分
「自分らしく」は情報からの選択の塊
例えば映画館に行って同じ映画を観る
例えば右隣の人は画面に広がる空を
例えば左隣の人は建物の看板を
例えば後ろの人は私の髪の毛の生え際を
みんな違ったことを考えている
それが積み重なる
気持ちが合えばいろんなモノと一緒に積み重なることもある
丁寧に何層にも重なったミルフィーユ
間間に挟まったクリームが重くなくて
ペロリと食べられてしまう
もう一個食べたい!
そんな時間や感覚を重ねたい
知ってか知らずか選んできた感覚
その気持ちいいところが「自分らしい」
まずは自分の気持ちいいところを肯定しよう
そして重ねていこう
「どうだ?美味しそうになってるか?」
味見したっていいんだよね。
死ぬまでにあと何層のクリームを重ねることができるのかな
丁寧に塗っていこう
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