雪も大分溶け、神社の雰囲気も変わり初めている。側に建ち並ぶ木々にとってみれば、それはとても好ましいことなのだろう。心なしか、いつもより生き生きとしている気さえする。
しかし、僕にとってみれば、それは憂鬱の始まりに他ならなかった。何故なら、春が来るということは、夏という季節も、すぐそこに迫っているということなのだから。
「ああ……気が重い……」
ポツリと、心に溜まったモヤを吐き出してみる。本当に、夏など来なければ良いのに。
────────────
突然だが、僕はポケモンが好きだ。とりわけ、ゴーストタイプと呼ばれるそれが、とても好きだ。幼少期から慣れ親しんだ生き物だから、というのも理由かもしれない。しかし、何より、僕には、彼らがとても愛らしく見えるからだ。
勿論僕の相棒もゴーストタイプである。石に縛り付けられたモヤモヤが特徴的なこの子がそれだ。周りの友人達は、怖いだの、危ないだの、縁起がどうだのと喧しく言い立ててくるが、何てことはない。僕にとっては、大切な、そして特別な、一匹だけの相棒である。
……特別な。そう。この子は特別なのだ。何せ、この僕になついてくれる……近寄っても大丈夫な、唯一のゴーストタイプなのだから。
────────────
「それ」に気が付いたのは、もうずっと昔のことだった。神社に生まれたこともあって、ゴーストタイプのポケモンと接する機会は、普通の人よりも多かった。僕の親や親戚達も、皆総じてゴーストタイプ遣いであった。ゴーストタイプと心を通わせ、友人のように、家族のように。僕が生まれるずっと前から、彼らはそう在った。
「新しく生まれた『命』だもの、やっぱりみんなまだ慣れないのね。大丈夫、お前の母さんも、お祖父さんも、みんなそうだったから。そのうち仲良く遊べるわ……」
親たちのように、僕も彼らと触れ合いたい。その一心で彼らに近寄ると、いつも、誰も彼も姿を隠してしまった。そうさて悲しんでいる僕に、祖母はそう言ってくれたのだ。だから、僕もいつしか、彼らと仲良くなれると、一緒に遊べると、心待ちにしていた。
しかし、違った。僕は、ゴーストタイプからは嫌われる体質を持ってしまった。除霊体質、というそうだ。その言葉の通り、僕に近寄られたゴーストタイプは、魂同士が磁石のように反発しあい、その場所から追い出される。非道い場合、そのゴーストを弱らせ、やがては瀕死の状態へ、追いやってしまう。その先は……考えたくない。
物心が付く前から、僕はゴーストタイプに近寄らないよう、細心の注意を払い、生きてきた。そんな僕が10歳の誕生日を迎えた時、僕を不憫に思った祖母から、ある石を受け取った。
「この石には、あるポケモンが住んでいる。けれど、私達やお前のお父さん、お母さんにはこの子を目覚めさせてあげられなかった。伝説の霊遣いと言われた、お前のお父さんでさえ。だから、あの子はもう、ここには居ないって、お祖父さんも言っていたわ。そんな物でごめんなさい。けれど、この石は、間違いなくゴーストタイプのポケモンだった、この家の宝物。せめて、これをお前に渡すわ。大切にしてあげてね……」
それは、僕に唯一許された、ゴーストタイプとの触れあいであった。幼心に仲間外れにされていると思い、傷心していた僕にとって、これほど嬉しいことは無かった。
だから、それを受け取った時に聞こえた声も、錯覚か何かだと思った。
『……何百年ぶりだ。アイツのような魂に出逢うのは……』
────────────
「……はぁ」
どうしようもなく気が滅入る。やはり春は苦手だ。というより、夏に来てもらいたくない。何故なら、夏は、ゴーストタイプの季節だから。
『好きなものから忌避されるってのは、ツラいよなァ。お前はどうだ?そう思わねぇか?ヒヒヒ』キ
「え、何、君今の前半部分は独り言だったの?怖っ」
『ヒヒヒヒ……切り返しも上手くなったじゃねぇか。気にすんな、単なる嫌みだよ』
「ああ、うん。わかってるよ。流石にこんだけ一緒に居れば、返し方もわかってくるっての」
『あァ、お前からしたら、何だかんだ長ぇ付き合いってなるんだもんな?人間ってなぁ慣れるのが早ぇよな』
「君からしたら刹那の時でも、こっちからしたら、もうすぐ人生の1割を君と過ごすことになるんだ。早いもんか」
『へいへい。どうせ俺らは老いぼれだよ。ところで、そんな老いぼれと、呑気に話なんてしてていいのか?今日も何か頼まれてんだろ?』
「自分で話振っといてそれだもんなぁ。大丈夫、丁度話を切り上げて、爺さんの力借りようと思ってたところだから」
『力なんて貸さねぇよ。お前のソレで十分だろうが』
「いやいや、わからないよ?この前だって……って、これ話長くなるヤツだね」
『ケッ。一寸くらい長話しても良いじゃねぇか。何も、ゴーストに命喰われるって話じゃないんだろ?ソイツ』
「うん。だけど、他の人からしたら、やっぱり怖いんだよ。行ってあげないと……その子らの説得、またお願いね」
『……へいへい。まあ、同族が虐げられるのも、面白くねぇからな。ホレ、さっさと俺らを運んでくれや』
「ヤだよ。浮けるでしょ、君」
『ったく気に入らねぇなァ』キ
「ほら、行くよ。……『みんな』を、助けにね」
────────────
今日も今日とて、除霊のアルバイト。でも、それはほんの建前。本当は、困っているゴースト達を助けに行くんだ。僕には『弾く』ことしか出来ないけれど、弾いた先で、この子が受け止めてくれる。誰より多い魂を持つから、誰よりゴーストタイプを受け止められる。本人はそう言っていたけれど、真相はわからない。
その子達は、どんな遊びが好きなのだろう。どんなお菓子をあげようか。そんなことを考えながら、僕はコイツと、仕事へ向かう。
しかし、僕にとってみれば、それは憂鬱の始まりに他ならなかった。何故なら、春が来るということは、夏という季節も、すぐそこに迫っているということなのだから。
「ああ……気が重い……」
ポツリと、心に溜まったモヤを吐き出してみる。本当に、夏など来なければ良いのに。
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突然だが、僕はポケモンが好きだ。とりわけ、ゴーストタイプと呼ばれるそれが、とても好きだ。幼少期から慣れ親しんだ生き物だから、というのも理由かもしれない。しかし、何より、僕には、彼らがとても愛らしく見えるからだ。
勿論僕の相棒もゴーストタイプである。石に縛り付けられたモヤモヤが特徴的なこの子がそれだ。周りの友人達は、怖いだの、危ないだの、縁起がどうだのと喧しく言い立ててくるが、何てことはない。僕にとっては、大切な、そして特別な、一匹だけの相棒である。
……特別な。そう。この子は特別なのだ。何せ、この僕になついてくれる……近寄っても大丈夫な、唯一のゴーストタイプなのだから。
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「それ」に気が付いたのは、もうずっと昔のことだった。神社に生まれたこともあって、ゴーストタイプのポケモンと接する機会は、普通の人よりも多かった。僕の親や親戚達も、皆総じてゴーストタイプ遣いであった。ゴーストタイプと心を通わせ、友人のように、家族のように。僕が生まれるずっと前から、彼らはそう在った。
「新しく生まれた『命』だもの、やっぱりみんなまだ慣れないのね。大丈夫、お前の母さんも、お祖父さんも、みんなそうだったから。そのうち仲良く遊べるわ……」
親たちのように、僕も彼らと触れ合いたい。その一心で彼らに近寄ると、いつも、誰も彼も姿を隠してしまった。そうさて悲しんでいる僕に、祖母はそう言ってくれたのだ。だから、僕もいつしか、彼らと仲良くなれると、一緒に遊べると、心待ちにしていた。
しかし、違った。僕は、ゴーストタイプからは嫌われる体質を持ってしまった。除霊体質、というそうだ。その言葉の通り、僕に近寄られたゴーストタイプは、魂同士が磁石のように反発しあい、その場所から追い出される。非道い場合、そのゴーストを弱らせ、やがては瀕死の状態へ、追いやってしまう。その先は……考えたくない。
物心が付く前から、僕はゴーストタイプに近寄らないよう、細心の注意を払い、生きてきた。そんな僕が10歳の誕生日を迎えた時、僕を不憫に思った祖母から、ある石を受け取った。
「この石には、あるポケモンが住んでいる。けれど、私達やお前のお父さん、お母さんにはこの子を目覚めさせてあげられなかった。伝説の霊遣いと言われた、お前のお父さんでさえ。だから、あの子はもう、ここには居ないって、お祖父さんも言っていたわ。そんな物でごめんなさい。けれど、この石は、間違いなくゴーストタイプのポケモンだった、この家の宝物。せめて、これをお前に渡すわ。大切にしてあげてね……」
それは、僕に唯一許された、ゴーストタイプとの触れあいであった。幼心に仲間外れにされていると思い、傷心していた僕にとって、これほど嬉しいことは無かった。
だから、それを受け取った時に聞こえた声も、錯覚か何かだと思った。
『……何百年ぶりだ。アイツのような魂に出逢うのは……』
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「……はぁ」
どうしようもなく気が滅入る。やはり春は苦手だ。というより、夏に来てもらいたくない。何故なら、夏は、ゴーストタイプの季節だから。
『好きなものから忌避されるってのは、ツラいよなァ。お前はどうだ?そう思わねぇか?ヒヒヒ』キ
「え、何、君今の前半部分は独り言だったの?怖っ」
『ヒヒヒヒ……切り返しも上手くなったじゃねぇか。気にすんな、単なる嫌みだよ』
「ああ、うん。わかってるよ。流石にこんだけ一緒に居れば、返し方もわかってくるっての」
『あァ、お前からしたら、何だかんだ長ぇ付き合いってなるんだもんな?人間ってなぁ慣れるのが早ぇよな』
「君からしたら刹那の時でも、こっちからしたら、もうすぐ人生の1割を君と過ごすことになるんだ。早いもんか」
『へいへい。どうせ俺らは老いぼれだよ。ところで、そんな老いぼれと、呑気に話なんてしてていいのか?今日も何か頼まれてんだろ?』
「自分で話振っといてそれだもんなぁ。大丈夫、丁度話を切り上げて、爺さんの力借りようと思ってたところだから」
『力なんて貸さねぇよ。お前のソレで十分だろうが』
「いやいや、わからないよ?この前だって……って、これ話長くなるヤツだね」
『ケッ。一寸くらい長話しても良いじゃねぇか。何も、ゴーストに命喰われるって話じゃないんだろ?ソイツ』
「うん。だけど、他の人からしたら、やっぱり怖いんだよ。行ってあげないと……その子らの説得、またお願いね」
『……へいへい。まあ、同族が虐げられるのも、面白くねぇからな。ホレ、さっさと俺らを運んでくれや』
「ヤだよ。浮けるでしょ、君」
『ったく気に入らねぇなァ』キ
「ほら、行くよ。……『みんな』を、助けにね」
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今日も今日とて、除霊のアルバイト。でも、それはほんの建前。本当は、困っているゴースト達を助けに行くんだ。僕には『弾く』ことしか出来ないけれど、弾いた先で、この子が受け止めてくれる。誰より多い魂を持つから、誰よりゴーストタイプを受け止められる。本人はそう言っていたけれど、真相はわからない。
その子達は、どんな遊びが好きなのだろう。どんなお菓子をあげようか。そんなことを考えながら、僕はコイツと、仕事へ向かう。
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